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 だとしたら――やはりこれは臨也による手の込んだ悪戯ということだろうか。

「ちょっ、あのッ!」
 帝人の半ば悲鳴めいた叫びに二人の言い争い(片方は文字だが)が止まる。
 その隙に改めてディスプレイに向き直ると、内蔵マイクに向かって――正確にはその先にいるであろう臨也に向かって叫んだ。
「臨也さんッ! この人一体誰なんですかッ!? それにあんなメール送っておいて臨也さんは一体今どこに――」
【ココだよ。見てわからない?】
「ここって……」
 やはり端的な文字列だけがチャットウィンドウに並ぶ。そのあまりにも不親切極まりない回答に、流石に帝人も苛立ち気味に言い返した。
「池袋?」
【残念、不正解】
「って言われてもそのマップはイケブクロシティじゃないですか……まさかパソコンの中に居るとかいうわけじゃあるまいし、今冗談なんか言ってる場合じゃ――」
【正解】
「……は?」
 新しく打ち出されたその二文字に、帝人の文句が止まる。
 チャットウィンドウは――臨也は更にとんでもない言葉を続けた。
【俺は今、言わば仮想世界の中にいる状態なの】
「……ちょっと待って下さい。何言ってるんですか」
 仮想世界の中にいる?
 某有名SF映画でもあるまいし、人間が電気信号で作られた空間に行けるはずが――
【そして俺の代わりにそっちに居るのが、そいつだよ】
「は――……」

 帝人の思考が、そこで完全に停止した。
 とうとう考えるのを放棄した、というのが正しいかもしれない。
 だって、意味がわからない。
 いつも理解の及ばない言動でもって自分を翻弄してくれる彼だが、今日はいつも以上に理解できない。

「あーあ。気付くのにもうちょっとだけかかるかなーと思ってたのに」
 フリーズする帝人の耳元で、不意にそんな声が聞こえた。
「っ!」
 瞬間、意識から完全に失念していた存在から帝人は慌てて身体を離す。
 そこにいるのは――臨也とそっくりな、どこから現れたかも何者かもわからない、女性。
 本来ここにいるはずのない存在。
 彼女は――臨也とそっくりな笑みを浮かべて、言った。

「改めて、初めまして、太郎さんのマスターさん。甘楽ちゃんでっす、宜しくねっ」
 きゃぴきゃぴした年齢不詳な言動にくらくらする。
「……かんら、って……」
【アバターだよ】
 チャットウィンドウが臨也の『声』を表示する。
【そいつは俺をこっちに押し込んで、外に出て行きやがった】

「……」
 表示された文字列を見て、読んで、その意味を理解するのに、数秒。
 それまでの会話ログを読んで、更にそれを理解するのに、数秒。
 そして。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」

 今度こそ帝人は――今起こっている事態を把握した帝人は、心の底から絶叫した。

 絶叫して、そして肺の中の酸素を全部出し切って再度深呼吸すると、改めて臨也の姿をしたアバター……つまり今の臨也本人を食い入るように見つめて、叫ぶ。

「いやいくら臨也さんの思考回路がちょっと一般常識からズレた所にあったりするとしても、臨也さんはそれでもまだフツーの人間じゃないですか!」
【帝人君さりげなく酷いこと言うね】
「それなのにインターネットの中の、パソコンの中に入ったとか、それで代わりにその中にいたアバターが現実(こっち)に出てきたとか、そんな」



















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