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「『シュテルンビルト市長公認・総合リゾートカジノ』……って何だこりゃ」
 アニエスから受け取った紙に書かれた内容を読み上げながら、虎徹がさっぱり意味がわからない、と肩を竦めた。
 ジャスティスタワー内に設けられたヒーロー専用のトレーニングセンター、そこに併設された休憩室である。
 アニエスからの召集を受けて集まったヒーローたちは、彼女から渡されたそのチラシを手に一様に眉をひそめていた。
 チラシには豪勢な建物の概観と店内写真、そして客を集めるためのアオリ文句がでかでかと印字されている。
 見た目からして、派手だ。
「『ホテルに映画にプール付き……一週間でも遊びきれない至高のアミューズメント!』……ヘー、これ遊園地か何か?」
「カジノって書いてるから遊園地とは違うんじゃない? 『イカサマも犯罪もない素晴らしい娯楽のひとときをあなたに』……か。まあ確かにアオリはすごいけど。で、コレが何なの?」
 パオリンとカリーナがそれぞれ手元の紙の内容を読み上げて首を傾げている。
 腰に手を置いたアニエスが「何って、見た通りよ」と彼らの疑問に答えた。
「ゴールドノースの商業地区に新しく出来たリゾートカジノのチラシよ。まだオープンして間もないけど、それなりに盛況って話」
「いやだから、それが私たちと何の関係が?」
「だから、仕事よ仕事。ヒーローと街のイメージアップキャンペーンの一環として、あなたたちにここで広報活動をやってもらうの」
「広報?」
「そうよ」アニエスが胸を張る。
「書いてある通りリゾートホテルに映画館、ゲームセンター、カジノ……それぞれに分かれてPRキャンペーンをやってもらうわ。割り振りとやることはもう決まってるから。その二枚目、目を通しておいてね」
「PR? 私たちが? カジノの?」
 カリーナがあからさまに厭そうな顔をした。
 彼らヒーローはテレビ出演やら歌やら踊りやらバラエティやら活動こそ様々だが、一応彼らの役目はシュテルンビルトの治安維持である。カジノと癒着した犯罪組織の掃討なら話はわかるが、カジノそのものの宣伝とは。
「なんか、すっごいイメージじゃないんですけど」
「大丈夫よ。書いてあるでしょ、シュテルンビルト市長も公認って。そこらの安っぽい店とは違うわよ」
 そもそも都市が公認していないカジノなど、とどのつまりは違法カジノということになるのだが。
 そんなところを宣伝した時点でヒーローの名折れ、どころかバッシングでヒーロー業界破綻である。
 カリーナの懸念を引き継ぐようにバーナビーも顔を曇らせる。
 ここのところ来る仕事は拒まずといったスタイルの彼だが流石に気になったらしい。
「ですが、ホテルや映画館なら兎も角……いくらなんでも僕たちがギャンブルをするというのは」
 懸念を示すバーナビーに、アニエスがにやりと笑みを浮かべた。
 如何にも何か企んでいそうな、敏腕プロデューサーの艶笑。
「あら、誰がお客さんになれなんて言ったかしら?」



「……だからってヒーローがカジノでディーラーはねーだろ、どういう組み合わせだよ、ったく……」
 客のいないポーカー台の上でおざなりにカードを切りながら、虎徹ははぁ、とため息をついた。
 だがヒーローといえど会社員、仕事とあらば断れない立場の彼らは結局アニエスの思惑通り、リゾートカジノで営業活動をする羽目になった。
 年齢的に中に入れないブルーローズやドラゴンキッド、折紙サイクロンは外で広報活動、虎徹以下青年組は中でそれぞれ割り振られた持ち場につき、従業員に混じってカジノの仕事を手伝うのが今回の仕事である。所謂『一日○○』のカジノ版だ。
 そして虎徹に与えられた持ち場がカジノ内のカードゲーム・コーナーだった。
 今身に着けている濃緑(ディープグリーン)のカッターシャツに濃茶をベースにしたチェック地のベスト、店のロゴがあしらわれた黒のネクタイはこのカジノの制服だ。
 制服はディーラー自身がイカサマをすることがないよう七分袖になっており、ベストについたポケットはダミーの飾りポケットになっている。ヒーロー事業の一環であるため、顔にはいつものマスクを装着していた。
 とりあえず見た目だけはカジノのディーラーらしくなってはいるが、肝心の手許が全く覚束ない。
 先ほど指導係に一通りゲームの進め方を教わったのだが、その指導係にも「とりあえずそれらしく見えれば充分ですから」と苦笑されてしまう始末だった。
 現に今も、周囲に客の姿はあれども彼のテーブルに客の姿は一人もいない。
 客とて手つきもたどたどしいようなディーラー相手にゲームをしようとは思わないわけで、要するに彼の覚束なさなど早々に見破られているのだった。
「そもそも根本的におかしいだろ俺たちがカジノとか」
 ぼりぼりと頭を掻きながらはぁ、ともう一度ため息をつく。
 と、実に狙ったかのようなタイミングで「何? 私の企画(プラン)に何か文句でも?」と棘のある声が背中に刺さった。
 慌てて振り返るとそこにはカメラクルーを従えたアニエスの姿。
 虎徹は如何にも驚きました、と言わんばかりの顔を何とか引っ込めると、この状況のそもそもの元凶である彼女に文句をつけるべく胸を張って対峙した。
「大有りだっつーの! 何で俺たちがこんなカッコしてカジノ手伝わなきゃならねーんだよ」
「あら」
 だがアニエスはそんな彼の文句などどこ吹く風といった体でさらりと受け流す。
「言ったでしょ? このカジノのコンセプトは『イカサマも犯罪もない楽しいカジノ』なの。確かにカジノなんて犯罪の温床になりやすいし、元のイメージは良くない……けど、だからこそヒーローがそのイメージを払拭するのよ。店側はイメージアップにもなるし、ヒーローにも活躍アピールの場が出来る。一石二鳥じゃない」
「だからって俺らにも出来ることと出来ねーことがあるっつの! いきなりディーラーやれっつったってゲームのルールも――」
 ロクにわかんねーのに、と続けようとして、身振りの拍子にカードデックが手からすっぽ抜けた。
「あ」
 カードを手に持っていたことをすっかり失念していた虎徹が思わず間抜けな声を上げる。
 バラバラバラッ、と五十三枚のカードが派手に散らばった。
「っだ!」
 アニエスが深刻なため息をつきながら頭を抱える。
「……カメラ止めて。ダメ、こんなの流せないわ」
「〜だーかーら、いきなりやれっつったってできるわけねーっつってんだろっ……」
 手振りでカメラを止めさせるアニエスに毒づきながらカードを拾い集める。
 と、横合いからすっと伸びてきた手がカードを拾って渡してくれた。v 「お、サンキュ……」
「ったく、何やってるんですか」
「って、バニー!」
「あら、バーナビー」
 虎徹とアニエスが同時に声を上げる。
 カードを持った手の先――立っていたのは虎徹のパートナーであるバーナビーだ。



















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