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 夏。
 一年で最も高温・多湿とされるこの時期、どこの街もうだるような暑さと日々戦いを繰り広げていた。
 大都市シュテルンビルトとて勿論その例外ではない。特に今年は例年以上の猛夏に襲われ、容赦なく照りつける太陽がコンクリートジャングルと化した三層の街並みを灼熱地獄へと変えている。
 そんな中でもたくましく生きる人々はどうにかこの暑さを乗り切ろうと実に多彩なアイディアを以って夏へ立ち向かっていた。
 例えば夏季限定の冷たい氷菓(アイス)や食事(メニュー)。夏の海を満喫する水着。少しでも涼しく過ごすためのアイディア・グッズ――エトセトラ、エトセトラ。実に多種多彩なメーカーが、業界が、暑さを逆手に様々な商品戦略を展開。
 そしてそれは勿論グラビア・アパレル業界も――更にはアポロンメディア社ヒーロー事業部も例外ではなかった。



『異国文化に触れる夏〜各国の『夏』スタイルを取り入れてお酒落に涼しく過ごす』
『異文化交流促進プロジェクト・オリエンタルサマーナイト』
『特集 日本の夏スタイル/極東の小国に学ぶ和の文化『涼(ryo)』――キモノ・スタイル』
『巻頭グラビア タイガー&バーナビー ヒーロー界の超カッコイイ(スーパークール)コンビが夏の暑さを撃退!』



 テーブルに投げ出された様々な提案書――そのどれもに『和』とか『涼』とか『夏』といった漢字が、無駄に流麗な筆文字でこれでもかとばかりに印字されている。
 そのテーブルを囲む室内――提案書の涼しげでレトロな雰囲気とは対照的に、最新式デジタル・グラビア撮影用カメラが数台・等間隔に並んだ投光(フラッシュ)機材・反射(レフ)板・撮影チェック用モニター・エトセトラ・エトセトラ……それら最新機器を電源に繋ぐ夥しいケーブルの束が一斉に放熱。
 結果有り得ないほどの室温上昇に、レトロな和の文化も涼も知ったこっちゃないといった雰囲気が漂っている。
 どちらかというと『電脳世界(サイバーワールド)温暖化現象促進なう』とでも銘打ったほうがよっぽどそれらしい室内で、だがその一角だけはやたらと『涼しげ』な雰囲気を漂わせていた。

「バーナビーさん、視線こちらにお願いしまーす!」
「笑って笑ってー」
「今の角度でもう一回! あー手はもう少し下げて!」
 それが生業で生きがいです、といった雰囲気のカメラマンたちが最新のデジタル・一眼レフカメラを覗き込みながら右往左往する。そして連続で響くシャッター音。
 複数の視線が交差する先に、文字通り『涼』しげな浴衣姿の青年がモデル立ちでにこやかな笑顔を浮かべている。
 日に焼けない白い肌を唐草の模様も鮮やかな濃藍色の和装――日本伝統の涼装『浴衣』で包み、黒灰縞の角帯が腰骨の辺りでしっかり締められている。ふわふわとカールした金色の髪は韓紅の髪結い紐で緩く括り、浴衣の襟から覗く項を悩殺的にアピール。藍染の扇子を手にしたその手首には最高級ヴェネチア製のトンボ玉を使用した装身具が覗く。さながらお忍びで古都を散策するどこぞの国の皇太子といった風情だ。
 眼鏡の奥から覗く翠の瞳がカメラに向かって柔らかく微笑めばその奥に控えていた取材担当の女性がくらりとたじろいだ。
「バーナビーさん、今の! 今の表情もう一回お願い!!」
 シャッターチャンスを逃したらしいカメラマンが慌てて声を上げて駆け回る。
「はい、ああ――カメラはこっちですか?」
 それに合わせて再び営業スマイルを浮かべる浴衣の青年――ヒーロー界期待の新星(ルーキー)、バーナビー・ブルックスJr。
「そうそう! そこで涼しげにちょっと顔上げて――そうそうそうっ! そのままっ!」
 涼しげに、と叫びながら汗だくになっているカメラマンの姿が暑苦しいことこの上ない。
 そう言うならまず先に室温の方を涼しくしたらどーなの、と内心で愚痴を零しながら、機材の奥にある控えの椅子で溶けかけたコンニャクみたいになっている男がひとり。
 緑青色の『浴衣』に似た形をした裾の短い上着と半ズボン――所謂『甚平』に、手には団扇――竹製の骨に和紙の羽が張られた割と本格的なもので、筆文字で大きく『祭』と書かれている。頭にはプラスチック製の安っぽいお面――向こう側が半分透けて見えるちゃちなつくりのそれは、今をときめくヒーロー、ワイルドタイガーの形を模している。
 ヒーロー界初のコンビ。タイガー&バーナビー――バーナビーの相棒、ワイルドタイガーこと鏑木・T・虎徹。
 今日はコンビのグラビア撮影ということで(そもそもヒーローなのに何故グラビアなのだろう、という疑問はすでに自宅の燃えないゴミに混ぜて棄ててきてしまった)呼び出されたは良いものの、メインはやはり若くて・見目良く・人気のあるバーナビーであり、片割れの虎徹は思い切りヒマを持て余しているような状況だった。
とは言えさっさと帰るわけにもいかないのでとりあえず撮影が終わるのを待っているわけだが。
 空調は一応効いているがそれも撮影スタジオの一部だけ。山と積まれた機材や照明は存分に放射熱を辺りに撒き散らし、それに中てられ完全に伸びている虎徹の姿はヒーローというよりまるっきり日曜日のだらけた父親のそれだ。
「……大丈夫ですか、タイガーさん?」
 水揚げされたタコのように椅子の上で伸びきっている虎徹に不意に心配げな声が掛けられた。
 ぐりん、とどうにか首だけ動かして声の方向へ視線を向ける。そこに立っていたのは色白金髪碧眼に水色の法被とねじり鉢巻というものすごくちぐはぐな組合せの少年だった。
「折紙、お前まだ着替えてなかったの」
 虎徹がぐりん、と中途半端な体勢で首を向けた格好のまま呆れた声を返す。だが折紙、と呼ばれた少年はそんなことなど意にも介さず嬉しそうに「ニホンのハッピ、着やすくて動き易くてサイコーでござるっ!」と返した。
「や別にそのまんまでいいならいいと思うけどよ……暑くねーの?」
「全然! ハッピは着たらハッピーになれるからハッピと呼ぶのでござるなッ!」
 スタジオの暑さなどものともせずはしゃぐ彼――折紙サイクロンことイワン・カレリンは名実ともに立派な 『日本マニア』だ。
 そのマニアっぷりがヒーロースーツにも如何なく反映されている彼は、今回のグラビアテーマである『和』にぴったりだということで特別ゲストとして呼ばれていた。
 もっともバーナビーを除くヒーローは基本的に顔出しNGで通しているから、イワンもまたマスクをつけたまま撮影に臨んでいたわけなのだが。撮影が終わってしまってからは最早気にしていないのか、色白の素顔ににこにこと上機嫌な笑みを浮かべている。どうやら『日本の伝統』というやつがよほど嬉しくて仕方がないらしい。
「そーかそーか……俺は法被よりも冷たいモンがあったほうがよっぽど幸せ(ハッピー)だよ」
「冷たいもの?」
 だれきった虎徹にイワンが首を傾げ――そして「そういえば」と思い出したかのようにあるモノを取り出した。



















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