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「涼しいだろ」  ドヤ顔でそう告げる虎徹の額にはびっしり汗が浮いている。首筋もシャツの襟ぐりも、汗のせいでじっとり濡れているのが目に入る。

 バーナビーは苦笑しつつ、やんわりと彼の手を止めてやる。しなる下敷きを指先で止めると虎徹がむっと微妙な顔をした。

「虎徹さん、僕のことは気にしなくていいですから、自分のことに集中して下さい」
「わーってるって……」
 しぶしぶそう答えてデスクに戻る。はぁ……とまたも漏れたため息が、彼の心境を如実に表しているようだ。

 背中を丸めながらどうにかモニターと向き合ったのを確認してから、バーナビーも自身のパソコンに意識を戻す。中途半端に入力していたデータを一旦消して、気を取り直して作業を再開した。

 会話も途切れ、パソコンを操作するささやかな音だけがオフィス内に小さく響く。

 普段は電話の音であったり、隣室にあるモニターから流れてくるテレビの音だったりといった雑音にあふれている室内も、今はひたすらひっそりとして静かだ。普段も割と静かな方だと思っていたが、こうして何もない状況になると改めて生活雑音というのは案外溢れ返っているのだと気付く。普段は慣れてしまっているから、気付かないだけなのだろう。
 だが、その静寂も長くは続かなかった。

 バーナビーがキーを叩く音と虎徹がマウスを動かす音の他は何の音もしないオフィスに、やおら場違いな電子音が響く。
「っだ!」
 それに続く焦った虎徹の声。どうやら何かエラーを出してしまったらしい。

 ちら、と目だけを動かして隣を見ると、がりがりと頭を掻きながらそれでも必死に画面と向き合っているのが見えた。浮かべたしかめっ面から察するに、単なる操作ミスといったものではなさそうだ。

 手助けした方が良いか、それともしばらく様子を見るか――バーナビーが逡巡している間にも、虎徹はそれでもどうにかエラーを解消しようと躍起になっている。たどたどしくキーを入力し、恐る恐るマウスを動かす。
だがそのたびにまた別のエラーが出ているのか、先ほどからビープ音とともに「うわっ」だの「だっ!」だの「くそー!」だのとぶつぶつ呟いている。

「っだ!」
 パソコンが幾度目かの悲鳴のようなエラー音を鳴らした。
「あーくっそ、何がダメだってんだよ」
 毒づく虎徹の集中力はもはや限界だ。指先が神経質にデスクをとんとんと叩いているところを見ても、相当ストレスが溜まっているのがわかる。焦った表情の浮かんだその額に、苛立ちに筋張ったうなじに、幾筋も汗の流れた跡ができている。

 そして――バーナビーの忍耐も、とうに限界だった。

「――虎徹さん」
 手元のパソコンをスリープモードにして立ち上がると、デスクを回り込んで虎徹の席の後ろに立つ。
 そして上からそっとモニターを覗き込んだ。

「何が、わからないですか?」
「んん? 手伝ってくれんの?」
「だってこのままだといつまで経っても終わらせられないでしょう、貴方」
「……」
 ほんの少し嬉しそうな顔をした虎徹にわざと冷たい言葉で返せば、すぐにムッとした顔に変わる。くるくる変わる表情を見ているととても一回りも年上とは思えない。

 虎徹はそんなバーナビーの内心になど全く気付く様子もないまま、それでも素直に助けを借りようと思ったらしく、手元にある紙に目を落とし、画面と見比べながら直接指で指し示す。

「ココとココにコレを入れて、んでコレ押せばいいはずなんだけど、どーしても上手くいかなくて」
「……ああ、なるほど」
 画面を覗き込んで、すぐにエラーの原因がわかった。セキュリティで書込不可となってしまっている部分にデータを入力しようとして、エラーになっているのだ。

「ここは――」
 すっ、と自然な動作で手を伸ばし、虎徹が握っているマウスをその掌ごと触れる。
 ひゅっと虎徹が小さく息を呑んだのがわかった。





















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