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「……そろそろ、結婚したいと思ってるんです」

 ぽつりと。
 何の脈絡もなく突然呟かれたその一言に、虎徹は思わず口に含んでいたビールを吹き出しそうになった。
 聞こえなかったフリをしようにも、生憎と部屋の隅にある古い型のテレビは二人だけの時間の邪魔になるだけだからと消してしまっているし、ぴったり閉ざされた窓の外はただただ真っ暗で虫の声ひとつ聞こえてきやしない。
 それに何より反射的に相棒の――バーナビーの顔をまじまじと見てしまった時点で、もう逃れようがない。
 ――結婚? バニーが結婚? 何で? いや誰と? そんな相手いんのかよ?

「……へ、へぇ〜、そぉ〜なの、へぇ〜」
 仕方なく無難で空々しい生返事をしつつ、手にしたビール缶を傾ける。

 結婚。社会的に承認された男性と女性による配偶関係の締結をすること。簡単に言えば、家庭を持つこと。
 結婚するためには相手が必要だ。独りで結婚など冗談どころの話ではない。
 つまりバーナビーには結婚する相手がいるということだ。
 そんな女性の存在など、今の今まで全く匂わせなかったというのに。
 ――ていうか俺たちって、付き合ってたんじゃなかったっけ?

 憧れのMr.レジェンドのロゴが付いた缶の中から流し込んだビールは大分ぬるくなっていて、苦さばかりが際立って喉にごろごろと引っかかる。
 自分とバーナビーは、仕事上の相棒というモノの範疇を飛び越えた、いわゆる恋人同士と呼ばれる間柄ではなかったのか。
 少なくとも自分は、付き合っているものだとばかり思っていたのだが。
 そもそも告白されて付き合い始めたんだっけ? それとも気付いたらなし崩しにそういう関係になっていたんだっけ、と必死に記憶を辿ろうとするが、程良く酔いの回った頭はでは上手く記憶の引き出しを開けられない。
 でもいずれにしても自分から動いたという覚えはない。コイツのことが好きなんだ、という気持ちはぼんやりと自覚していたものの、それは決して悟られてはいけないものだと思っていた。
 性別的な問題もそうだし、何より彼との心地良い関係を、距離感を壊したくはなかったから。
 だからたぶん告白してきたとしたらバーナビーからのはずで、なし崩しにそういう関係になっていたとしても先に手を出してきたのはやっぱりバーナビーからのはずで……

「虎徹さん?」
「うぉあッ!? へ、な、何?」
「いや、何って訊きたいのはこっちですよ。どうしたんですかいきなり黙り込んで」
「え? あ、いやなんつーかそのほら、いきなりケッコンなんて単語が出てきたモンだからびっくりしちまってさぁ」
 怪訝そうな顔をしているバーナビーに対する言い訳が思わず早口になっているのを自覚するが、今更どうすることもできない。

 別に引き止めたいわけではない。自分とのことは遊びだったの、なんてバカなことを言うつもりも毛頭ない。彼の選んだ幸せを邪魔したいとは思わない。が、それでもすぐに切り返せるほど気持ちの整理がすぐにつくわけでもなかった。
 建前と本音はいつだって別物だ。






















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