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誰もが寝静まった夜のアタラクシア。月明かりが頼りなく辺りを照らす街に、一陣の風が駆け抜けた。
――いや、それは風ではない。
「〜っ、待てぇーッ!!」
まるで風のように走り抜ける黒い影を、怒声を上げながら小柄な影が追いかける。
と、その小柄な影のすぐ耳元でやれやれという声が聞こえた。
「待て、と言って待ってくれるような親切な輩はそうそういないよ」
「っさいなぁ! わかってるよそんなこと!」
呆れた声に怒鳴り返しながら小柄な影は路地を走り抜け――そして小さな袋小路に出る。
ちょっとだけ息を切らしながら、その影は前を行く黒い影に向かってびしっ!と指を突きつけた。
「さぁっ! 観念しろ『テラズナンバー』!!」
「今日も楽勝、楽勝っ♪」
夜の街を見下ろすビルの上で、うーんっ、と小柄な影が大きく伸びをする。
まだあどけない容貌の少年だ。
金色の髪は夜闇の中でも太陽のように明るい。くりくりとした両の瞳は明るいライトグリーンで、芽吹いたばかりの五月の新緑を思わせる色だ。
白金を基調とした不思議な衣装に身を包み、さばさばとした表情で眼下に広がる町並みを見下ろしている。
「途中、逃げられて慌てて追い掛け回す羽目になっていたのは誰だったかな? ジョミー?」
不意にからかうような声が、ジョミーと呼ばれた少年の足元から聞こえた。だが辺りを見渡しても人影らしきものは見えない。
「……あれは! アイツが予想より足が速かったからちょっとびっくりしただけっ! そう言うブルーだって慌ててたじゃないか!」
ジョミーがむっとしながら姿のない誰かに文句をつける。
すると、ジョミーの足元からすっと小さな白い影が姿を現した。
全身真っ白の、小さな獣である。瞳だけが血のように赤い。しなやかな体毛に包まれた身体はちょうど猫ぐらいの大きさ。見た目も猫に近いが風に流れるような長い耳とその周りにあるヘッドギアのようなモノがそれが猫ではないことを示している。
「君が油断しなければ、奴に逃げる隙を与えるような真似はさせなかった。違うかい?」
たしなめるような口調で、その獣は人間の言葉を発した。
だがジョミーはそれに別段驚いた様子もなく、寧ろそれが当たり前であるかのようにじろりとその獣を睨みつける。
「……はいはい、わかったよ。今回は僕が油断してた」
「はい、は一回」
「もー! うるさいなぁ、ブルーは!」
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