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「っだーッ!! もう無理だっつーの!!」
 本日何度目かの同じ悲鳴を上げて、虎徹は椅子の上で思い切り仰け反り頭を抱えた。
 目の前にはモバイル型パソコン。ホログラム・ディスプレイに表示されているのは『Error』の文字。正直もう見飽きた。
 背凭れに身体を預けたままだらん、とだらしなく仰向けになりギブアップを宣言する虎徹の元に、キッチンの方から声が飛んできた。
「その台詞、もう五回目ですよ」
「お前の問題が難しすぎるんだっつーの」
「ちゃんと手順と基本を守っていればすぐにできる問題です」
 挙句パソコンのほうが壊れてるんだ、と文句をつける虎徹に、わざわざキッチンから顔を覗かせたバーナビーが「そんなわけありません」と一蹴する。
「自分でも確認しましたから。壊れてなんかいませんよ」
「じゃあ俺に渡すときに壊れたんだろ」
「そんなわけないでしょう。ほら、さっさと戻って」
 せっつかれてしぶしぶ姿勢を正すと、バーナビーもキッチンへ戻っていってしまった。

 今、虎徹が悪戦苦闘しているのは、とあるちょっとしたプログラム――いつまで経ってもパソコン操作での書類作りが苦手な虎徹のために、バーナビーが用意した特別プログラムだ。仕事の片手間にこんなものを作ってしまうのだから、彼の才能推して知るべし、と言ったところか。
 いつも作成する書類がゲーム形式の問題になっていて、全五問用意されている。今はその、最後の五問目に取り掛かっているところなのだが。
 虎徹は先ほどと同じようにまじまじと穴が開きそうな勢いでホログラム・ディスプレイを見つめ――そして深々とため息をつく。

「わっかんねぇ……」
 単純なデータ入力だけなら何となく勘でできる。だがどうしても最後に入力したデータを元に作成する表が作れない。
 ちなみにバーナビーからの助言はない。「このぐらいなら流石に虎徹さんでも出来るかと思って」という売り言葉に買い言葉でつい「お前の助けなんていらねーよっ」と言い切ってしまった手前、今更助けを求めるのも何となく格好がつかない。
 ためしに適当に操作してみる――が、またもや『Error』の文字。
「っだーっ、だから何がダメなんだっつーの!」
 半ば怒り気味に叫びつつ、がちゃがちゃと適当にキーボードを操作する。
 すると――突然ポン! と小さな音とともに、何やらメッセージ・ウィンドウが表示された。

「……んあ?」
 タイトルに『Easter egg』と表示されたそのウィンドウにはこんなメッセージが書かれている――『最後の表作成ができないときは、D列に数字を入力して、「optimization」ボタンを押せ』

「なんだこりゃ? 数字ってコレ……か?」
 画面上のメッセージに従うがまま、計算用に記述されていた数字を指定された箇所に――自分で入力したときは別の箇所に打ち込んでいた――たどたどしく打ち込む。そして画面上に視線を彷徨わせると、なるほど「optimization」ボタンがあった。
 恐る恐るボタンをクリック。
 すると突然画面が動き始めた。
 入力したデータの羅列が瞬く間に最適化され、綺麗な表へ変わっていく。そして最後に『Succeed!』の文字とともに画面上にパッと花火が上がった。芸が細かい。
 時間にしてみれば一瞬の出来事だ。だがその一瞬に、虎徹はえらく感動していた。
 いつもいつもロイズさんに怒られ、経理のおばちゃんに文句を言われ、バーナビーに泣きつきつつ作っていたデータがこんなにも簡単にできるとは!

「おおー……!!」
 自分でやったのに思わず感嘆の声を上げてしまう。

「出来たじゃないですか」
 不意に頭上から降って湧いた声に見上げると、そこには微笑を浮かべたパートナーの姿。
 虎徹もニヤリと笑って答えた。
「バニーちゃんのおかげでな」
「さて、何のことでしょう」
 白々しく空惚けながら、バーナビーは手にしたそれを虎徹の前へ差し出した。
「それでは、無事問題を解けた虎徹さんにご褒美です」
「おっ? ――おーっ!」
 鼻先をくすぐる、胃袋を刺激する良い匂い。
 バーナビーが持っている皿に乗っているのは、やわらかな黄色がふわふわと湯気を立てる、出来立てほかほかのオムレツだ。
「さっきから何やってんのかと思ったら、コレ作ってたんだな! おいおい他にも色々あるんじゃねーか」
 バーナビーのもう片方の手には別の料理の皿が、食べられるのを今か今かと待っている。
「まだまだ、沢山あるんです」とバーナビーは笑った。
「言ったでしょう、今日は僕が夕食を作ります、って」
「いやそーだけどさ、まさかこんなになんて思ってなかったし。何かのお祝いか?」
「まあ、そんなところです。さ、端末は片付けてください。――今日はご馳走ですから」

 何の変哲もなく幸せな毎日を迎えられることを。
 暖かな春の訪れを、貴方と一緒に過ごせることを。

 一緒にお祝いしましょう、とバーナビーは笑った。






















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