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 拝啓、愛しの楓へ。  パパは家がなくなりました。 「ッはァァァァアアア!!!?」
 総合メディア企業、アポロンメディア。
 メダイユ地区・ゴールドステージの中でも一等地にある高級オフィスビル街――その一角を担う巨大企業ビルの一室で、虎徹はこれ以上ないほど素っ頓狂な叫び声を上げていた。

「嘘でしょう!? 冗談ですよね!? 流石に面白くないですよ!?」
 必死に言い募る虎徹に、だが彼の上司であるロイズはさも煩そうに片耳に手を当てながら「残念だが本当だよ」とあっさり切り捨てる。
「君の家が賠償金支払の担保に指定されているんだ。あの家はしばらく裁判所が押さえることになるから、君は当分帰れないよ。っていうか帰らないでね」
「そんな、帰れないってあの家には色々とですね!!」
 にべもなくあっさり言い捨てるロイズに食ってかかる。
 あの家は――ブロンズステージのオンボロ部屋ではあるが、それでも虎徹にとってはここシュテルンビルトで暮らしていくうえでの大事な拠点だ。可愛い娘と離れ離れになる苦しみを味わいながら暮らすあの部屋は、それだけ虎徹の苦労の汗と涙が染み込んでいるといっても過言ではない。

 まあ、実際そんな精神論はともかく、あの部屋には家族の写真やらその他大事なものが沢山あるのだ。突然担保になって取り上げられましたと言われて納得できるはずがない。それに寝床も着替えも全てあの家に置いてある。貯蓄に関する諸々もだ。このままでは文字通りの「着の身着のまま」状態である。

 真っ青を通り越して半ば絶望的な表情を浮かべる虎徹に、ロイズは面倒くさそうに告げた。
「そんなに騒がなくても、ただの形式上の担保だからしばらくすれば戻ってくるよ」
「戻る!?」
 息巻いた拍子にガタンと来客用テーブルを蹴ってしまう。露骨に厭な顔をされながらも虎徹は更に食い下がった。生活の基本要件である衣食住に関わる問題なのだから適当に済ませられるわけがない。
「し、しばらくって、どのくらい」
「まぁもろもろの事務処理が終わるまでだから、早くて一、二週間って所だね」
「いち、にしゅうかん……」
 ロイズの言葉を反芻し、虎徹はがくりと肩を落とす。
 たかが一週間、されど一週間(もしくはそれ以上)。その間楓の顔も見ることが出来ない。声だけなど耐えられるはずがない。いやそもそも根本的に、寝食はどうすれば良いというのか。裁判が終わるまでの間は要するに宿無しである。まさか会社に泊まり込むことになるのだろうか。仮眠室などは一応あるが、占領するのは流石に迷惑だろう。
「あの〜、つかぬ事をお伺いしますが、その間、俺は一体どこに住めば……」
「心配しなくていいよ、それは用意してあるから」
 その時、ロイズのデスクにあるインターフォンが室内に来客があることを知らせた。
 インターフォンに向かいロイズが簡潔に告げる。
「入りたまえ」
「――失礼します」
 礼儀正しい挨拶をして室内に入ってきたのは、
「……あ? バニー?」
 虎徹が眉をひそめた。何故彼がここに。
 ロイズが先程とは打って変わった笑顔を浮かべてバーナビーを出迎えた。流石出世頭は扱いが違う。
「悪いねぇ急に呼び出してしまって」
「いえ……あの、それで、急な用件というのは」
 バーナビーもまた、室内にいる虎徹をちらりと見て小さく眉をひそめる。何故ここに居るのかと聞きたがっている風情だ。
 だがその疑問は寧ろ虎徹も同じである。一応業界初のヒーローコンビなどという名目でタッグを組まされている二人ではあるが、出動やPR活動といった仕事以外の行動は基本的に別々だ。出動後の報告提出でさえ別である。いまや人気も獲得ポイントもうなぎのぼりのバーナビーと、ロートルの崖っぷちを突き進む虎徹を一緒くたに扱うわけにはいかないと判断されているのだろう。
 ましてや今話しているのはあくまで虎徹個人の話だ。パートナーとはいえ、バーナビーが呼び出された理由がわからない。

 互いに怪訝な顔をする二人に、ロイズはまるで「ちょっとコーヒー淹れてきて」と言うぐらいあっさりと、かつ簡潔に告げた――虎徹に向かって。
「君、今日からバーナビー君のところに下宿しなさい」

 ……

『はァッ!?』
 一瞬の間があった後、見事に二人の声がハモった。
 そのまま虎徹は思わずロイズに詰め寄り、バーナビーは険を孕んだ目をロイズに向ける。
「下宿って、もしかして住むところ用意してるってバニーちゃんとこに住めってコトですか!?」
「話が良くわかりませんが、とにかくお断りします!」
「まぁまぁ君たち、よく考えたまえ」
 いきり立つ二人を面倒くさそうに宥め、ロイズはまずバーナビーの方へ向き直る。
「実はこの人、賠償金で家を担保に取られちゃってね」
「……」
 うわぁ、と言わんばかりの視線が飛んでくる。込められているのはあからさまな軽蔑だ。
「一、二週間ぐらいで戻ってくる予定なんだけど、その間ちょっとだけ泊めてあげてほしいんだよ。このまま路上に放り出して我が社のイメージが悪くなるのは困るし」
「一時的なものなのであれば、会社の仮眠室を利用すれば良いのでは」
「それも検討したんだけど、許可が下りなくってねぇ。セキュリティの方から文句言われちゃって」
 ヒーローなのにセキュリティ上の問題が発生するというのも何やら矛盾した話だ。
 黙り込むバーナビーに納得してもらったと思ったか、ロイズはというと今度は虎徹の方へ向き直りちっちっと小さく指を振った。
「君も、いくら家を担保に取られたとはいえ、ほんの一、二週間の間の話なんだから。その間ホテル暮らしというのも中途半端だし、出動にも気を遣うでしょ」
 気遣っているようでいて、言外に「わざわざ宿など用意するのも面倒だ」という声が聞こえるのは果たして気のせいだろうか。多分気のせいではない。
「いやーあの、俺としては寧ろホテルのほうが」
「それに君たちはコンビなの。パートナー同士助け合いながら生活すれば、そのうち息も合ってくるんじゃないかってね。これは私だけではなく、上の判断でもあるんだ」
 反駁を押さえ込むように言い切られ、虎徹はただただ死にかけの金魚宜しく口をぱくぱくさせるしかない。  色々もっともらしい理由をつけてはいるが、要するに「面倒だからコンビで生活すればいい」ということではないのか。
 しかもそこに反論の余地はない。ロイズから「うだうだ言わずに従え」というオーラがにじみ出ている。横暴だ。しかも丸投げだ。
 やがて、虎徹の隣からはあー……と深く長いため息が聞こえた。
「……わかりました」
「ちょっ、バニーちゃん!?」
「但し! この人が僕の生活を脅かすようなら、僕は容赦なく追い出します。構いませんね」
「ってオイ!」
「その辺りは勝手にして。生活の中まで口は出しませんよ」
「ってちいやいやいやいやちょっと待って下さいよ!?」
「何だい、何か文句でもあるのかね?」
 せっかく決まった話に水を差すな、とロイズがぎろりと虎徹をにらみつける。
「宿無しの方が良いというなら私は止めないけど?」
「すんませんお世話になります」



 ――かくして、息の合わないヒーローコンビの期間限定共同生活が始まることとなったのだった。






















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