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 虎徹が喰らったのは、ただのNEXT能力ではない。

『――バーナビー? 聞いてる?』
「……ええ、聞いています」

 どこか上の空のようにも見えたバーナビーからちゃんと返答があり、アニエスが『そう。ならいいんだけど』と嘆息する。

 正直、彼女の言葉が全て耳に入っていたかといえば少々怪しい。最低限必要なことは聞いていたはずだが、それよりもやはり心労の方が上回っていてそれどころではないというのが今の心境だった。表面上は平静を貫いているが、胸の内ではメディカルルームに送り出した彼の戻りを今か今かと待ち構えている。
 そんな彼の焦りを聞き届けたものか、不意に部屋の扉が開いた。
 バーナビーが振り返ったのを見てアニエスも誰かが来たことに気付いたらしい。
『それじゃ、これからのスケジュールについてはこっちで調整して回しておくから』
 一方的にそう告げて、アニエスからの通信が途切れる。
 こちらもPDAの通信を切り、バーナビーは改めて室内に入ってきた人物に目を向けた。

「やあバーナビー、待たせてしまったね」
「いえ」
 最初に入ってきたのはいつも通りぴしっとしたスーツに身を包んだロイズだ。いかなる時でも平静な態度を崩さない彼はこの事態においてもまるで平然とした体を見せている。まがりなりにも巨大企業の一事業部を受け持っているだけはあるということだろう。
 そしてその後ろにつき従うようにして部屋に入ってきたのは――

「……虎徹さん」
 思わず小声で呟く。

 ロイズの背に隠れ、そっと中を伺うように顔を覗かせたのは紛れもなく虎徹その人だ。一通りのメディカルチェックの結果が出たのだろう、ロイズの手には彼の写真が貼付された資料がある。
 バーナビーは虎徹から不自然にならないように視線を外すと、改めてロイズの方へ向き直った。メディカルチェックの結果も気になるが、まずは仕事の話が優先だ。
「さっきアニエス君から連絡があったんだけど、ちょうどあの時カメラは別のヒーローを撮っていたから問題ないって」
「ええ、僕も先ほど伺いました」
「あっそう。まあ怪我の功名といったところかな。おかげでウチのヒーローの失態を流されずに済んだわけだし」
 あっさりとしたロイズの言葉に頷く。ヒーローの外聞、強いては所属するアポロンメディアの名声も勿論だが、あの時虎徹は素顔を晒した状態だったのだ。そんなものが流されてしまっては困る。非常に困る。
 改めてほっと胸を撫で下ろすバーナビーを他所に、ロイズは半身をずらすと後ろに隠れていた虎徹を目の前に無理矢理引きずり出した。
 よろめいた虎徹が「うあっ」と小さく悲鳴を上げるが、そんなことはお構いなしにロイズは淡々と事実を告げる。
「ああそれと彼ね。メディカルチェック自体は問題ないって。ただ――」
 ロイズの言葉を遮るようにして、不意に「あのっ!」と声を上げたのは誰あろう虎徹本人だった。
「ここ……どこなんですか? 僕、なんでこんなトコに連れて来られたんですか? おじさんたちは一体誰なんですか!?」
「おじっ……」
 立て続けに投げかけられた疑問符に(正確にはそこに含まれた単語に)、ロイズのこめかみがぴきき、と音を立てて引きつった。
 怒りのためか小刻みに震える口の端をどうにか弓なりに引きつらせつつ「ご覧のとおりだよ」とバーナビーに告げる。
「中身だけ、子供に戻っちゃってるみたいでね」
 指差された虎徹は――外見だけはそのままで、だがその瞳は存分に怯えと不安の色を滲ませながらその場にいる見知らぬ大人二人を睨みつけている。浮かべたその表情はまさに、未知への恐怖に怯える子供そのものだ。

 見た目は大人。中身は子供。まるで何かのキャッチフレーズのようではないか。
 バーナビーとロイズは思わず同時に深く重いため息をついた。




















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