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 見覚えのあるブルネットにバーナビーは思わず駆け寄った。

「虎徹さん!」
「――バニー!」
 虎徹が驚き振り返って目を見開く。幻ではない、本物だ。
 数日振りに触れた腕はいつもよりほんの少し冷たく、間近で見る顔は僅かに窶れているようだ。
「大丈夫ですか、怪我は」
「俺は平気だよ。バニーちゃんこそ大丈夫か? ……髪、濡れてんじゃねーか。服も」
「僕のことはいいんです」
 首を振り、改めて虎徹の全身を確認する。
 バーナビーの予想に反して虎徹は拘束されていた様子はなく、暴行を受けた気配もない。疲労はあるようだがそれ以外は本当に何ともないようだった。

 久々に触れる恋人の肌に、ほっと息をつく。
 無事で良かった。最悪の可能性を考えていなかったわけではないだけに、自分の名を呼ぶ声が深く沁みた。
 虎徹も、バーナビーの顔を見てほっとしたのだろうか。僅かに緊張をはらんでいた表情がへにゃりと柔らかく崩れている。
「おいおいアンタら感動の再会はその辺で終わりにしといてくんねーか?」
 不意に背後から場違いなほど緊張感のない軽い声が響き、二人の間に水を差した。
 振り返るとそこにはもう一つ室内にあった人影。
「ライアン……」
 険のある視線を隠そうともせず、苦々しくその名を呟く。
 ライアンはまるで悪びれる様子もなく「俺のこと無視するなんていい度胸じゃねーか」と冗談ぽく笑ってみせた。
 よくも彼を危険な目に、と掴みかかりそうになるのをバーナビーはどうにか堪える。
 もしも虎徹がテレビドラマによくあるワンシーンのように拘束されていたり傷つけられたりしていたら、きっと衝動を抑えることもなく殴りかかっていたことだろう。
 だが実際には虎徹は拘束もされておらず、暴行を加えられた気配もない。
 それなのに何故虎徹がここから逃げようとしていなかったのかが気になった。
 逃げる必要はないと思っていたのか、それとも……逃げられない理由が、他にあったのか。
 ライアンとの電話で交わした会話が脳裏を過ぎる。

『このおっさん、今警察とかには会いたくないだろうしなー』

 それは一体どういう意味なのか。
 ライアンは何を知っているというのか。
 彼に訊きたいことは、訊かなければならないことは沢山ある。

「どうして、こんなことを」
 渦巻く感情をどうにか抑え、冷静な声音でそう尋ねる。
 ライアンはそんなバーナビーの内心の葛藤に気付いているのかいないのか、いつも接している時となにひとつ変わらない態度で答えた。
「俺、モデルの他にも色々副業やってんのよ。で、その副業の方でこのおっさんを連れて来いって依頼があったってワケ」
「――……」
 ライアンの言葉に虎徹が小さく息を呑む。だがバーナビーはそれに気付かず「副業?」と眉をひそめた。
 決して長い付き合いがあったわけではないが、彼がそんなことをやっていたなど初耳だ。
「そ。俺ぐらいになると何でもできちゃうからさぁ」
 へらへら笑っているようだが、薄く開いてこちらを睥睨するその目は冷静かつ理知的にバーナビーを観察している。
 彼の言葉は大仰なようで、決して嘘ではないということだ。
「最初はさっさととっ捕まえて連れてって終わりにしようと思ってたんだけどさぁ。聞けばジュニア君のカレシだって言うじゃん? 俺としてはセンパイに華ァ持たせなきゃなーと思ったわけよ」
 相変わらず冗談めいた口振りで上辺ばかりバーナビーを敬ってみせる。
 それでも確かにわざわざバーナビーを呼び出す必要などなかったであろうことを考えると、何か彼なりに思うところがあったということだろうか。
 それとも、虎徹だけではなくバーナビーに対しても何か目的があるということか。
「――それにおっさん誰かから恨み買ってるタイプってワケでもなさそうだったしな」
 小さく囁かれた声はだが、誰の耳にも届くことはなかった。
「でも俺も仕事にはマジメだからさぁ。一回受けた仕事を「やっぱやめまーす」とは言えねェワケよ」
 はぁ〜、とため息をつきながら、わざとらしく困った顔を作ってみせる。
「だからさぁ――」

 次の瞬間、ライアンの眼差しが急に真剣なものに変わった。
 笑みの下に隠していた、先ほど一瞬垣間見せた瞳の奥にあった鋭い光。






















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