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 選択の自由のない結婚。
 周りに誰もいないのをいいことに、ミカドははぁぁ……と重苦しいため息をついた。

 いくら国のためとは言え、勝手に将来を定められてしまうなんて。
 でも国を背負う王族である以上、自分に自由なんて――

「――こんなところで、何やってるの?」

 不意に話しかけられ、ミカドははっとして振り返った。このバルコニーには誰もいなかったはずなのに。
 だが聞こえてきた声は幻聴でもなんでもなく、振り返った先には人影がこちらを向いていた。

 ――そこにいたのは、自分よりずっと年長の青年だ。
 黒曜石のようにつやつやした黒髪に、誰しもが振り返るほど整った顔立ち。涼やかな笑みを浮かべた目元からは極上の紅玉(ピジョン・ブラッド)のように深い紅の瞳が覗いている。

 一瞬で目を奪われた。――それほどに強烈な印象を人に与える青年だった。

「だ、誰……?」

 ミカドは思わずそう問いかけた。
 相手は礼服を身につけているのだし、この披露宴会場にいるのだから招待客に決まっている。だがミカドはさきほどまでうんざりするほど賓客の挨拶に付き合っていたはずなのに、この青年に見覚えがなかった。こんなに目を引く人間なら、覚えていてもおかしくはないはずなのに。
 青年は更に深く笑った。

「俺のことよりも、君」

 彼はすっ――と流れるような所作でミカドに近付く。
 その動きがあまりにも自然すぎたせいで、ミカドは身を引くことも人を呼ぶことも忘れていた。
 真っ直ぐ自分に向けられた紅い瞳が、動くことを許さない。

「目が腫れてる。折角の可愛い顔が台無しだよ」
 優しい声音。白い手袋を嵌めた手が、不意にミカドの頬に触れた。
 そのままつ、と指を滑らせ、目元を優しく拭っていく。
 白い手袋の先にじわりと滲む何か。ミカドはそこで初めて、自分が泣いていたことに気付いた。
 いつの間に――ミカドは顔を真っ赤に染めて俯く。

「あ、の……ありがとう、ございます」
「いいよ礼なんて、気にしないで」
 気さくにそう告げられ、無意識に強張っていた肩の力がほんの少しだけ緩む。優しい人だ――そう思った。
 少なくとも国王やミカドの元へ我先にと挨拶に来た貴族たちのような野卑な下心は感じられない。もしかしたら単にミカドが王子だと気付いていないだけかもしれないが。

 青年は空を仰ぎながら「綺麗な夜空だね」とミカドに微笑みかける。
「空はこんなに星が綺麗だし、城の中では祝い事でどこもかしこも華やいでるのに、君はどうして泣いてたの?」
「……それは……」
「ま、どうでもいいか」
「え」
 本当のことを言うわけにもいかず視線を逸らしかけたところにあっけなくそう言われ、ミカドは目を丸くして青年を見た。
 青年はふふっ、と小さく笑うと、どこか芝居がかった仕草で両手を広げる。
「慶事が全ての人間にとって喜ばしい事とは限らないからね。人間全員が等しく幸せを享受するなんてことは、本来有り得ないのさ」
「……? どういうことですか……?」
「簡単な理屈だよ。もし、ある一定のタイミングで人間が享受できる幸福の量は決まっているとしたら? だから誰かが『幸せだ』と感じたとき、その裏では必ず不幸に見舞われている人間がいる――」
 ミカドが今まで考えたこともないようなことを、青年はまるで教師が生徒に授業をするかのように告げる。
「君はこの国全ての人間がいくばくかの幸福を享受するのと引き替えに、気丈に振る舞う君が涙を耐えられないほどの不幸をその身に受けることになったんじゃないかなぁ」
「別に、不幸だなんて――」
「本当に?」




















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