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 くだらない漫才めいたやり取りを交わしつつ、見舞いの品としてフルーツたっぷりのケーキと、瓶に詰めたぶどうのジュースをバスケットに詰める。
 因みにケーキは正臣特製、ジュースは帝人が手ずから絞ったものだ。
 男所帯ゆえかお互い妙なところで家庭的になってしまっているのが妙に切ない。

 ケーキとジュースを詰めたバスケットを帝人に手渡しながら、正臣がお決まりの文句を告げた。
「良いか帝人、『森』に行ったら――」
「狼には気をつけろ、でしょ。もう何回も聞いたよ……大丈夫、ちゃんとわかってるってば」
 正臣に先んじて復唱しながら帝人は苦笑を浮かべる。
 何かあって『森』に行くたび口を酸っぱく、どころかウメボシにして言うので、帝人もすっかりそのフレーズを覚えてしまったのだ。
 だがそんな帝人に正臣はしかめっ面を浮かべて更に強い口調で言い募る。
「いーやわかってない! 俺は何度でも言うぞ、『森』に住む狼と猟師にだけは出会ったらすぐ逃げろ、いいな」
「う、うん……わかった」
 正臣の剣幕にこくこくと頷く。

 狼はともかく猟師から逃げろというのもおかしな話だ。『森』に住む猟師は人間の天敵となる害獣を狩るのが仕事なのだから、狼に出会ったなら猟師に助けを求める、というのが筋だろう。
 だが正臣は帝人よりもずっとこの『森』に住んで長いし、実際正臣以外の人間からも『人を騙す情報屋』の狼と『森の自動喧嘩人形』の猟師には気をつけろ、と何度も忠告されているので、そういうものなのかなぁと帝人も何となく思い込むようにしていた。もっとも、それが具体的に何を指しているのかまでは考えたことはなかったが。



 正臣に見送られ、帝人は一路杏里の家を目指しててくてく歩いていく。
 道は舗装されているわけではないが、長年『森』で暮らしてきた人々が何度も往来することですっかり踏み慣らされ、歩くのには全く支障がないようになっている。道の脇、足元の草陰からリスが顔を覗かせ、背の高い木の枝の上では小鳥たちが羽を休ませながら小さく歌を歌っている。

 帝人たちの住むこの『森』は広大だ。だが人間が生活するこの近辺は彼らが住みやすいようあちこちに手が入れられており、歩きにくいこともなければ道に迷うこともない。目の前の一本道を道なりに辿れば、一時間とかからず杏里の住む家に辿り着くはずだ。

 ひとりが心細くないといえば嘘になる。だがそこかしこにちらちらと姿を見せては隠れる小さな動物たちがいるから、寂しくはない――はず。

「ねぇ、君、どこ行くの?」
「っ!」
 背後から突然声を掛けられ、帝人は飛び跳ねそうになるほど驚いた。



















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