ママ、ママ。

 どこにいるの。

 ここはとてもさむくてさびしいんだ。

 つきささるのはおもいのとげ、

 こころがきずついていく。

 ねぇ、おねがい、どうかあたためて、ひとりに、しないで。



 ジョミー、

 ああ、誰かが呼んでる、ママ?

 ジョミー、

 違う、ママの声じゃない、じゃあ、誰?

 ジョミー、

 知ってる、この声は――

「ジョミー」

「ぅわあああッッッ!!」

 ジョミーは悲鳴を上げて跳び起きた。







○Die goldene Gans○















 いつもと同じ朝のはずだった。
 朝一番に伝わってきたのは不機嫌なジョミーの感情の波。
 彼の寝起きはお世辞にも機嫌の良い方ではないから、今日もそうなのだろうとリオは思っていた。

 だから、ジョミーのその姿を見たときの彼の第一声はいつも通りの朝の挨拶――ではなく、

(……何をやっているんですか?)
 という、呆れともつかぬものだった。

「それは寧ろ僕が聞きたいよ」
 半ば怒ったようにジョミーが返す。
 その彼の怒り肩に腕を回して抱きつくようにして――何故か、ソルジャー・ブルーがくっついていた。

「朝起きたら隣にいて、しかもくっついて離れないんだ」
(離れない?)
「そう。文字通り離れない」
 試しに触ってみるといい、という言葉に従ってそっと触れてみる。
 どうやらソルジャーが力を込めて抱きついているというわけではなく、本当に『くっついて』――まるで磁力か何かの影響で――いるようだった。

 これも何らかの思念力だろうか。そんな力の話は聞いたこともなかったが。

 そもそも何故彼が此処にいるのか。
 彼は未だ目覚めぬ無意識の海の中をさ迷い続けていたのではなかったか。

 そうリオが問うと、返ってきたのは
「僕にもわからない」
 という、何とも曖昧な答えだった。

「わからない、じゃなくてですね……」
 怒るのにも疲れたかジョミーは呆れて力の抜けた声を出す。
 そんな彼にソルジャーは困ったような微笑を向けた。
(何か、心当たりはないのですか?深い眠りから醒めるほどです、何かしらの兆候はあったのでは)
 リオの問いにソルジャーは思案するように少し首を傾げる。
 銀糸が首筋をくすぐっているのだろう、ジョミーがしきりに首をよじっている。

「兆候……かどうかはわからないが……昨夜は酷く寒くてね……温もりが欲しかった。意識の奥底で、太陽を求めていた。そして目醒めた時には、ジョミーの許に居た」
 ひどく抽象的な言葉に、ジョミーとリオは眉を寄せる。

「寒かったって……大丈夫なんですか」
「心配してくれるのかい、ジョミー」
「あっ……当たり前でしょうっ」
 それでなくても絶対安静なんですから、と怒ったような口調の中に隠れるのは照れと思いやる心。
 それを微笑ましく思いながら、リオは腕を組んでしばし考え込んだ。

(それだけでは量り兼ねますね……)
 原因がわかれば何とかなるかと思ったのだが。

(とにかく、何とか離れる方法を探さないと……)
 来たばかりの頃より大分マシとはいえ、まだまだ半人前のジョミーへの風当たりは強い。
 だというのに、重篤のソルジャーをくっつけて歩いているところを長老たちに見つかったりでもしたら……恐らく、大騒ぎになるに違いない。

 思案を巡らせるリオの横で、一人事態に全く動じていないソルジャーがジョミーの耳元でふと呟いた。

「ジョミーは」
 耳元から声がダイレクトに伝わるたびにジョミーがびくびくと肩を震わせているのだが、ソルジャーはそれに気付かない振りをして言葉を続ける。

「ジョミーは、寒くはないのかい?」
 突然な問いに眉をひそめる。

「別に……というか、寧ろ暑いです、今は」
「本当に?」
「何を……」

 続く言葉は幼い声によってかき消された。

「あっ、ジョミー!」
「ジョミーだ!」

 とたとたとた、といくつもの軽い足音を立てて現れたのはシャングリラの子供たちだ。
 いつでも物怖じせず、ジョミーに懐いている彼らは三人を囲むように集まってくるとそれぞれが丁寧に挨拶をする。
 と、今度は普段見かけない顔に興味を示し始めた。

「ソルジャー・ブルー!起きて平気なの?」
「なにやってるの?」
「ヘーンなのーっ!」

 ジョミーにぴったり抱きついている――少なくとも傍目にはそうとしか映らない――ソルジャーが奇異に映ったのだろう、子供たちが笑いながら二人に触れてみたりと好き放題だ。
 そんな無邪気な行動につられてジョミーも小さく笑う。
 と、ふと子供のうちの一人がジョミーを見上げ、首を傾げた。

「ジョミー、寒いの?」
「え?」
「寒いって聞こえるよ……ジョミー、つらいの?」
「何のことだい?」

 訳がわからずジョミーは困った顔をリオに向ける。
 だがリオも訳がわからず眉をひそめるばかりだ。

(寒い、というのは……ソルジャー、何か心当たりが?)
 尋ねようとしたその時、「あっ!」とまるで光明がさしたかのような声が響いた。
「そっか、だからソルジャーはあっためてあげてるんだね!」
(え?)
「えっ……」

 ソルジャーは答えない。ただ、柔らかな微笑を浮かべるだけだ。――ジョミーに抱きついたままだが。

「そうだっ!」
「えっ、うわっ!!」
 元気な声とともに突然飛びついてきた子を何とか受け止める。
「私たちもあっためてあげる!」
 その一声を皮切りに、ぼくも、わたしも、と次々に抱きついてくる子供たちに流石にジョミーもたたらを踏む。
 前は子供たち、後ろはソルジャーの挟み撃ちである。
 ソルジャーに子供に大人気。……などという悠長な状態ではない、のだがその光景はひたすら微笑ましかった。

 だがいつまでも耐えられるようなモノではなく。
「わ、わ、ちょっと」
(ジョミー!?)
 リオが慌てて手を延ばすが、
「ちょっ、うわっ――」

 助けも空しくジョミーは盛大に倒れた。

(ジョミー!ソルジャー!)
 流石に顔色を変えたリオの目の前に伸ばされたのはジョミーの腕。

「……はっ、あはは、はははははっ」
 子供たちにうずもれながら、ジョミーは――笑っていた。
(ジョミー……?)
 リオがおずおずと声を掛ける。

「大丈夫」
 晴れやかな笑顔。曇りのない。
 暖かい笑顔。
 ジョミーの手が、小さな頭をそっと撫でる。


「みんながいるじゃないか。ちっとも寒くないよ」


 そっと。

 暖かな手が、ジョミーの頭を撫でた。


「……そうか」


 暖かい笑顔。


「もう寒くはないのだね、ジョミー」
「えっ」
「良かった――」

 ソルジャーの心から安堵する声は、途中で掻き消えた。
 その、姿ごと。

(っ!?)
「ッブルー!?」

 慌てて伸ばされた手は、だが何も掴むことなく。

 少し、軽くなった身体に残ったのは、微かなぬくもりだけ。





「ッブルーッッ!!!!」

 静寂ばかりが支配するその部屋に騒々しい音が響き渡る。
 ちょうど部屋にいた少女――フィシスはだがそれに動じることなくゆるりと柔らかな微笑を闖入者であるジョミーに向けた。
「ジョミー、どうかしたのですか?そんなに慌てて」
「フィシス、ブルーは」
「ソルジャーなら――」

 す、と指し示された先にあるのはソルジャーの身体が横たえられたベッド。
 平素と何一つ変わることなく、まるで時が止まったかのような空間に、やはり変わらない姿で眠り続けている。

「――もっとも、先程まで意識は何処かに行かれていたようですけれど」
「っ、目醒めていたのかい?」
「いいえ。きっと無意識のうちだったのだと思いますわ」
 そう言って、フィシスは光を宿さぬ瞳をソルジャーに向ける。

「あなたの声が、聞こえたのです。気丈に振舞う心の奥底のかすかなかすかな声が。
いち早くそれに気付いたのが――ソルジャーだったのですわ」

 本人ですら気付かぬ無意識の、その奥にひっそりと隠れていた感情。
 流した心の血はやすやすと止まるものではないのに。
 それを押し隠して。

 その実、ずっと泣いていた。
 流れた血に奪われた熱に、寒いと言って泣いていた。

「深い眠りにあっても、ジョミー、あなたを想う一心で、思念を飛ばされたのです」

 どうしようもない想いに、奥底に潜んでいた切ない心に突き動かされて。
 その感情が形となって、まるで磁力のように引き合わせていたのだ。

 心に流れる血を止めようと。
 冷たくなった心を暖めようと。

「あなたが――笑ってくださったから、きっと安心なされたのですわ。
笑顔があった、良かったと……そう仰って、戻られたようですから」

 フィシスの言葉に、ジョミーはそっとソルジャーの顔を覗き込む。
 平素と変わらない、けれど、

「誰も……僕も、気付かなかったのに」

 どこか、安堵するような優しい微笑を浮かべているように見えて。

 もう、さむくはないから。



「ありがとう……」

 触れた手のぬくもりは、先刻感じたものと同じに暖かかった。










END





……元ネタはグリム童話「金のガチョウ」から。最初はギャグのつもりだったんだけどなー、あれー?ただジョミーに抱きつくじーさまが書きたかっただけなのですが…(それもどうかと)
オチがつかなくて悩んだ結果ヘンにシリアス方向にヒン曲がった上に長くなっちまいましたドチクショウ。だれか文章力をくださいマジで。
しかもこれだけ長くしてイマイチ説明不足なのがすごい心残りなんですけどッ!!ぎにゃー!!アレです子供たちにも伝わったのは彼らが純粋だからです…とか…げふん。
それとオチにフィシスを持ってきたことには何も言わないでください…orz説明役…


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