言葉は冷たく、
 瞳は昏く、
 言葉は砥がれた太刀の如く。
 深く、深く、
 その言葉に、襤褸襤褸に傷ついた自分が、いた。








○ゆめうつつ○















「――……ッ!!」
 耳に直接響く、恐ろしいほどの冷たい声音に、九郎は寝床から飛び起きた。
 全身から汗が滴りそうな程に吹き出て、それが熱を帯びた身体にねっとりと纏わりつく。
 二、三度頭を振り、朦朧とする意識を覚醒させる。
 間違いない、此処は自分の寝所だ。
 行宮でも……まして屋島の陣幕の中ですらない。
 鎌倉――兄の膝元だ。
 帰って、来ている……のだ。今は。怨霊を退治る為に。
 ようよう現実に身体がついてきて、九郎は大きくため息をついた。
 全く、このような所でまで戦を夢に見るとは、どうかしている。
 しかも――
「ッ……何なんだ……」
 一体なんだというのだ、あれは。
 夢だというのに、酷く鮮明で。
 夢のはずなのに、あの声は酷く現実味を帯びていた。
 いや、声だけではない。
 広がる情景、兵や仲間の声、自分を突き放す手、その全てが、まるで現実のことのようで――
 ……現実の?
「……くだらん……」
 自嘲するように、一人ごちる。
 有り得ない。
 あんなこと。
 あいつが。
「……弁慶…」
「何ですか?」
「ッ!!!?」
 突如掛けられた声に、九郎は本当に飛び上がらんばかりに驚いた。
 反射的に振り向けば、其処にはいつもと変わらぬ人当たりの良い微笑を浮かべた青年。
「おっ、おっ、お前ッ、……!?」
「起きていたんですね。まだ早いというのに」
 いやそうではなくて、何で此処にいるんだ弁慶!!
 九郎の心の叫びは、残念だが声に出されることはなかった。
 九郎の顔を見た瞬間、弁慶がさっと表情を変えたからだ。
「――九郎、何かあったんですか?」
 部屋主の断りもなく入り、九郎のそばに屈み込む。
 顔を覗いてくる弁慶に居た堪れなくなり、思わず顔を背けてしまう。
「何でも、ない……」
「何でもない、訳がないでしょう。そんなに顔を真っ青にして。ああ、体温も随分下がってしまっているじゃないですか……」
 ふ、と。
 触れられる。
 平素は九郎より冷たい筈の弁慶の掌が、今はやけに熱く感じる。
 そっと視線を向ければ、こちらを心配そうに見つめる顔があって。
 その表情に、冷たさの欠片など感じられなくて。
 あの声のような、突き刺すような冷たさなど、感じられなくて。

 ――裏切ったんですよ、僕は。源氏を……君を

(夢だ……あんなもの、夢に決まっている)
 冷たく自分を見据える瞳も。
 蔑む様な言葉も。
 消え去っていく温もりも。
 そうだ、温もりは今此処に在るというのに、それが消え去っていくなんて――
「……九郎?」
 ――そんな筈はない。
「……大丈夫だ。少し、夢見が悪かっただけで」
 なんでもない、と再び続けようとしたが、目の前の青年の表情はその台詞を言わせまいとしていた。
 嘘はつかないでください、見栄を張ろうとしないで。
 声に出さずとも、そう言う声が聞こえる気がして。
 九郎は自嘲した。そこまで心配をかけてしまう自分に。
 なんでもないと、目の前の男にだけは言えない、自分に。
「くだらない、本当に下らない、夢だ」
 自分が弱くなった、とは思わない。
 寧ろこれは強さなのだと。
 信じられるという、強さだと。
「……一体、どんな夢を見たんです?」
「お前が源氏を裏切った。それだけだ。くだらない」
 そう、くだらない冗談、下らない、夢。
 ならばそんなものに振り回される理由など微塵もあるまい?
「お前が源氏を裏切るはずなどないだろう?」
 それは確信を込めたものでも、強いるようなものでもなく。
 ただ、懇願にも似た、信頼の言葉。
「お前は、俺を、裏切ったりしないだろう?」

「僕が君を、裏切る筈がないでしょう?」
 真摯な眼差し、真剣な表情。
 あの冷たい瞳など、酷薄な笑みなど、ひとかけらも感じられない、あたたかな。
 自分が預ける信頼が、重すぎるのではと思った事もある。
 それでも、その信頼を、投げ打つことなく受け止めてくれるのは。
 裏切ることなどないと、心から言えるのは。
 この言葉と、その眼差し、それだけで信に値するから。
 そしてそれこそが、力になるから。

「――ふふっ」
「何だ?」
 突然笑みを零した弁慶に、九郎は眉を顰めた。
「いえ。ただ、僕のことをそんなに想ってくれているのが嬉しくて、つい……」
「っなッ!?」
 瞬時に沸点まで達した九郎は顔を文字通り真っ赤に染めた。
「おや、違うのですか?九郎があまりにも不安げな顔で聞いてくるものだから」
「そっ、そんな事があるか!!お前は軍師だから、困ると思っただけだッッ!!」
「随分とつれないことを言うんですね……?」
 労わるように触れた手が、今度はゆっくりと首筋を伝うのに、九郎が思わず身を強張らせる。
「僕はこんなにも君を想っているのに……」
「わっ、バカ、やめろッ!!」
 そろそろと首筋を辿る手を慌てて掴み振りほどく。
 弁慶はすっかり慌てた様子の九郎に意地の悪い笑みを見せた。
「ふふっ、冗談ですよ」
「全く、悪戯が過ぎるぞ弁慶……!!」
 頬を赤く染めたまま、すっかり夢の淵から引き戻された九郎はぎっと弁慶を睨みつける。
 尤も、寝起きのしまらない表情も襟の乱れた寝間着姿も、全く威厳も畏怖も感じさせたものではなかったが。
「目が覚めたなら、着替えてすぐに出る準備をしてくださいね。今日は街に出る怪異を調べにいくのでしょう?」
「あ、ああ、わかった」
 また何時もと同じ、人当たりの良い笑みを浮かべ立ち上がった弁慶に、少し戸惑いの表情を浮かべて九郎が応じた。
 何時もと変わらない微笑に、安堵する自分をどこかに感じながら。



 ――九郎は、まだ知らない。

 背を向け立ち去る、その表情が、苦渋と慙愧に満ちていたことなど――



 夢と現が、交わる日は、近い。










END





これも随分と執筆に間が空いてしまいましたorz
元々書こうと思っていたのは一服盛っちゃえネタだったはずなのに、それがどうして薬のくの字も出てこないような話になるんだろう。
我ながら発想の飛躍加減がわかりません(笑)
どーせなら、もっと甘甘〜で、してやられるような話を書きたいものだのう…しみじみ。
精進します。


…ていうか、台詞思いっきり覚えてないよ自分…やり直さなきゃダメかな、ルート……orz



これがさかゆめになればいいとねがう


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