遠い遠い彼の国の、もう一人の自分よ。

 貴方にとっての彼は、どんな存在なのでしょう?















○伴に在ること○















「え……と、確か、それで私達の世界の弁慶さんは牛若に負けて、そして家来になるんです」
 京、五条大橋。
 久々にそこに帰ってきた弁慶の、怪我人の手当ての手伝いをしながら、望美は自分の世界の逸話について話していた。
 尤も、それを教えたのは譲なのだが……
「弁慶殿が、義経殿の家来になるなんて、考えられないねぇ」
 農作業の途中で怪我してしまったという男は、傷に沁みる薬もものともせずに会話に興じてからから笑う。
「そうなんですか?」
 薬を片付ける弁慶のその横で包帯を巻きながら、望美が尋ねた。
「だってそうだろうよ、嬢ちゃんの言う弁慶殿はまるきり悪人じゃねぇか。こっちの弁慶殿は良いお方だ、こうやって怪我も診てくれる」
 掛け値なしの絶賛に、弁慶は苦笑しながら「ありがとうございます」と礼を言った。
「それもそうですよね。だって、二人は力で服従を誓うような人じゃないですし……」
「これで大丈夫です。ただ、傷が塞がるまで二、三日は無理をしないで下さいね」
 望美がたどたどしくも巻いた包帯の確認をして、弁慶は男を立ち上がらせた。
 まだ歩くのは少々辛そうだが、この分なら彼の言うとおり二、三日も経てば回復するだろう。
「ああ、怪我をしたのが弁慶殿が帰ってきたときで良かったよう。おかげですぐ良くなりそうだ」
「次はいつ帰ってくるか分かりませんから、どうか怪我をしないよう、注意してくださいね」
 陽気な男の冗談に微笑って返し、二人は男を見送る。
 引き摺ってはいるが確りとした男の歩みに安心して、望美は改めてもう怪我人がいないかどうか、庵の周りを確認した。
「取りあえず…もう他にはいないみたいですね」
「ええ。まあ……千客万来、というのもいただけませんから」
 人が少ない、ということはそれだけ怪我人が少なかったということだ。
 それは喜ばしいことだと、弁慶は笑う。
「それじゃあ、そろそろ皆のところに戻りましょう」
 九郎さんたち、待たせちゃってますし。
 置いてあった剣と荷物を持って戻ろうとした望美の後ろで――
「ですが、望美さんの世界の『弁慶』の気持ちも、分かる気がしますね」
「……え?」
 ぽつ、と呟かれた言葉を、望美は聞き逃さなかった。
「でも、全然違うじゃないですか?」
「ああ、聞こえてしまいましたか」
 少しだけバツの悪そうな顔をして、弁慶はやはり、微笑った。
 だが、いつも絶やされないその笑みも、今日は少しだけ、違う気がした。
「気にしないで下さい。ただの独り言ですよ」
「でも、気になっちゃったんです。だって、弁慶さんは九郎さんの部下とか、そういうのじゃないじゃないですか」
 九郎と弁慶は昔からの顔なじみだと、以前聞いたことがあった。
 その関係は時に相対し、時に手を組み、そうやって築かれていったものだと。
 それは決して力で作られた信頼ではないと、そう、望美は思ったのだが。
「……確かに僕は、九郎に服従しているわけではありませんよ。そんなつもりはありません」
 けれど。
「ただ、共に在り、共に戦う。側にいて、支える。その気持ちは、きっと君の世界の『弁慶』も、同じなんだと思いますよ」
 誰よりも脆く、誰よりも弱い魂の持ち主を。
 守ってやりたい。支えてやりたい。側に――
「――君も、そうでしょう?」
「えっ!?えっ――」
 突如振られて、望美は頓狂な声を上げてしまう。
 だが、次には確りとした口調で、強く答えた。
「……はい。私は、皆を守りたい。皆と一緒に、戦いたい。そのために、此処にいるんです」
 強い答えに、弁慶も頷いた。
「そうですね。その気持ちは、例え世界が違おうと、皆一緒なのではないでしょうか」
「そ……っか。そうですよね。私、誤解してたみたいです」
 服従とか、そういうのは、関係ないですもんね。
 望美はそう言って、晴れ晴れとした笑顔を向ける。
「それじゃ、私、先に皆のところに戻りますね!」
 ふわりと身を翻すと、弁慶の答えを待たぬまま、望美は守るべき仲間の下へと駆け出していく。
 そんな彼女を見送りながら、弁慶は今度こそ、誰にも聞こえることのないほどの小声で呟いた。
「……でも、望美さん。やっぱり僕は、違うんですよ」
 力による服従ではない。
 共に戦うだけでもない。
「僕にとっての彼は、何にも代え難いかけがえのないただ一人なのですから」





 遠い遠い彼の国の、もう一人の自分よ。

 貴方にとっての彼は、僕と同じ大切な存在ですか。

 ――きっと、そうではないのでしょう?

 僕のこの想いは、他の何とも比べられぬほどの、強い強い――執着なのだから。










END







現実世界で語られる武蔵坊弁慶が義経に服従した理由なんかは、アタシには見当つかないのですが。(実際力関係とかなのかなんてわかんないですしね)
でもこっちの弁慶殿は、色々と思惑ありなのかななんて。
初期プロットではもちょっと黒かった筈なのに、黒くなりきれなくてへこんでます。orz
ぶっちゃけ意味もわかんないしね!(自爆)



伴に在りたいと思う気持ちに、違いなんて。
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