「っく」

 突然の吃音に、弁慶は顔を上げた。








○吃逆撃退法○















「っ……く」
「九郎?」
「なん、っ、だ?」
 引きつるような吃音の、その主は明らかに九郎その人。
 っく、っく、と定期的に繰り返される吃音は、まさしく――
「吃逆ですか……九郎」
 弁慶がため息混じりに呟く。
 こういったことは昔から良くあった。時折何の前触れもなく始まる吃逆に、そのたび弁慶は薬を煎じたりなんだりと手を打ってはそれを収めていた。
 柿の蔕などは良く効くようで、あれは不味いから嫌だと渋い顔をする九郎に無理にでも飲ませれば済むのだが、今は間の悪いことに手元にない。
 やれやれ仕方ない、と言わんばかりのため息をつき、弁慶は立ち上がると九郎の背後に回りこむ。
 途端、びくっ!!と九郎が身を強張らせた。
「お、っ、驚かせた、っ、ところで無駄、っ、だ!どう、っ、せ、止まら、っ、ん!!」
 吃音混じりにじりじりと体位を変える九郎に、弁慶はなぜかつまらなそうに「そうですか?」と呟く。
「以前思い切り驚かせたときはすぐに止まったでしょう」
「あれは、っ、やりすぎというものだ、っ!」
 青ざめんばかりの九郎の表情から、何をされたかは推して知るべし、である。
「それより、っ、も今は戦の話の、っ、最中だろう。そちらに意識を集中しろ、っ……く」
「それはそうですが……」
 当の本人が集中を乱す原因を作っているのだ。
 これでは話も何もあったものではない。
「全く、君は……」
 弁慶が再びため息をつくと、ふと――人懐こい、だがどこか信用できない人の悪い笑みを浮かべ、言った。
「九郎、申し訳ありませんが話はここで終わりです。――僕は源氏を離れます」
「なッ……!!」
 あまりに突然過ぎる宣言。九郎は思わず喉の奥で引きつった叫び声を上げた。
「何を……っ、言っているんだ、弁慶……!」
「言ったとおりですよ。僕は源氏を、君を裏切る。それだけです」
 あっさりと、まるで世間話のように話す弁慶に、何も言えない。
 ただ、呆然とするだけ。
 そんな九郎に言葉を告ぐ間も与えず弁慶は更に言い募る。
「飽いていたんですよ。何も変わらない情勢にも、一向に終わる気配のない戦にも、源氏につくことも、……君といることもね」
「っ……!!」
 射抜くような冷たい双眸に、九郎はただ、唇を噛みしめることしかできない。
 何も――言えない。
「……弁慶……!!」
 ただ、その名を呼ぶことしか。
「まだわからないのですか?なら明瞭言いましょうか。」
 口の端に人当たり良い笑みを穿いて、優しくそっと耳に唇寄せて。
「君が嫌いなんですよ」
「……!!」
 優しく、優しく――傷つける言葉。
 では、では――共に打倒平家と語ったことすら、嘘だったというのだろうか?
 今まで共にいた年月すら、無意味だったというのだろうか?
 ――どうか。
 どうか答えてくれ。
 嘘だと。
「……嘘だと……言ってくれ、弁慶……!!」
 搾り出すようにようよう出てきた掠れ声に、何故か弁慶はにっこりと笑い――
「嘘ですよ」
 ……
「……は……?」
 あっさりと――気が抜けるほどあっさりと出てきた希望通りの否定の言葉に、思考が現状に追いつかずに空気の抜けたような声しか出ない。
 これが源氏の大将かと問いたくなる程間の抜けた表情を晒す九郎に、弁慶は声を押し殺しながら笑う。
「嘘です。何故今この時に僕が裏切らなくてはならないんですか」
「だがお前……!!」
「疑うんですか?酷いな、嘘だと言ってるのに。その証拠に――ほら、止まってるでしょう?吃逆」
「え」
 言われて初めて気づく。
 しつこく呼吸を妨げていた吃音が、すっかり止まっている。
「お、お前まさか、この為だけに……!?」
「ええ、まぁ。驚いてくれれば良いと思ったんですけど、効果覿面でしたね」
「ッ弁慶ーッッッ!!!!」
 怒りと恥ずかしさとが綯い交ぜになって、顔を真っ赤にしながら叫ぶ。
 弁慶は全く飄々とそれを聞き流す。
「ああ、でも――予想以上に驚いてくれましたね。嬉しかったですよ」
 ふわり浮かべた柔らかい笑みのまま、先程と同じように耳に唇寄せて。
 でも違うのは、告げる言葉と乗せる意味。
「そんなに必要としてくれているなんて」
「〜〜ッ!!!!」
 突き刺すでなく、傷つけるでなく、柔らかく心を撫でる声に、
「……馬鹿者……!」
 上手く切り返せない自分を、少しだけ歯痒く感じながら、
 それでも、言いたいことは、伝えたいことは。
「……当たり前、だろうが……!!もう二度と、嘘でも口にするな……!!」
 短く朴訥な呟きではあったけれど、その中に詰まる極彩の感情に、弁慶は嬉しそうに微笑んだ。










END





途中まで気づかないで飲んでたノンシュガーのコーヒーに慌てて砂糖足しました的な謎物体。(凄まじく分かり難い例えだ)
元ネターはー、ウチの同僚のしゃっくり(しゃっくり=吃逆)。しつこいんだよ面白いくらいに!!(笑)
どうでもいいけど、止め方で検索するとこれまた面白いくらい二次創作が引っかかるのな!!(笑)でも大概驚かせる→いきなりキス、が多かったんで、ちょっとそんな世間の流れに反発。(そのせいで謎物体になったとか、思ってても言わない!!/笑)因みに今回のはカンボジア、モンゴル式のをアレンジ。(参考→http://www.netlaputa.ne.jp/~tokyo3/shakkuri.html)
それにしても、ホント裏切りネタ好きね俺(笑)


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