やっぱり特別な日は、相手にとっても特別だって、思ってもらいたいじゃない?








○Special Days○















「……なんですか、これ……」
 唖然とした口調でそんなことを言いつつも、私の中でソレが何か、大体察しがついていた。
 山と積まれた色とりどりの包装紙。ハート型や丸型の可愛い形の箱にはピンクや赤のやっぱり可愛いリボンが掛けられていて、中には小さなバラの造花が飾ってあるものまであったりして、すごく拘っているのがわかる。
 そう、多分これは、全て――チョコレート。
「それはチョコレート、と言うものだそうですね。何故か昨日今日で大量に戴いてしまったんですよ。……何かの行事なんですか?」
 大量の法学書や医学書を積み上げた中にいる弁慶さんから(私にはわからない本ばかりだ)果たして返ってきたのは予想通りの答えだった。
 わかってはいたけれど、やっぱり何となく、嫌な気分になる。

 ――弁慶さんが私の世界に来てから、一ヶ月が経つ。
 お正月のごたごたに巻き込まれながらも、弁慶さんは予想よりずっと早くこの世界に馴染んでいった。
 最初は戸惑いもあったけれど、いつの間にかアルバイトを始めて、いつの間にか大学に入るため一人暮らしを始めたときは私も驚いた。どうやら譲くんたちやお母さんが色々手伝ってくれていたみたい。最初家に連れてきたときはどうなるかとも思っていたんだけれど、少し挨拶しただけでお母さんはすっかり弁慶さんのことを気に入ってくれたみたい。この辺り、流石だと思う。
 そしてその『流石』な才能は、アルバイト先でも街中でも遺憾なく発揮しているみたいで。
 ……遠回りな言い方はやめたほうがいいだろうか。
 まぁ、とどのつまり、もてるんです、弁慶さんは。……私の贔屓目とか、そういったものをナシにしても。
 それはこのチョコレートの山が物語るとおり。
 今年のバレンタインは休み明けだ。月曜日は確かアルバイトの予定も入ってないし、どこに出かけるとも言ってなかったはず。ならその前に渡そう、と考える人がいるのは当然なんだけれど……。
 これじゃあ……。
「望美さん?」
「えっ!?あっ、はいッ!?」
 呼ばれて我に返った。慌てたせいで、後ろ手に持っていたそれを取り落としてしまう。
 山になっているチョコレートを見た瞬間、無意識に隠してしまったもの。
「それは……?」
 軽い音を立てて落ちたそれに、気づかれてしまった。
 今は気づかれたくなかったのに……!
「えっ、えっとあの、これは……」
「それも、チョコレート、ですか?」
「……ええっと、その……じ、実はそうなんですッ」
 質問の答えに咄嗟に出たのは一番言いたくなかった言葉。
「ええーとですねッ、こっちの世界にはバレンタインっていう、日頃お世話になってるヒトにチョコレートを贈るっていう風習があってですねッ、それがちょうど今日で、それで私も渡そうかなーなんて思ったんですけど、こんなに沢山食べられませんよねッ!!あ、あはは……えっと、じゃあこれは持って帰りますねっ!」
 ああ、お父さんお母さんごめんなさい。私は嘘吐きな娘です……。
 一度に二つも三つも嘘を吐いてしまいました。
「望美さん?落ち着いてください、何か用があったのではないんですか?」
 用……と言えば用だったんだけど、こんなところで、こんな気持ちで済ませられる訳ない。
 落とした袋をすぐに持ち直して、私は踵を返した。
「いえっ、大した事じゃないですし!忙しそうなところお邪魔になりそうだから私帰りますね!失礼しましたッ!!」
 返事も聞かずに、私はそのまま部屋を飛び出した。
 嘘を重ねた自分が居た堪れなくって、耐えられなかった自分が情けなくって。
 手に持った袋の中身が、かさり、と切ない軽い音を立てていた。



「……いくじなし」
 ぽつ、と呟いてみても、聞いている人なんて誰もいない。
 ついでに言うなら街灯もまばらだ。
 大通りから外れた公園は小さな子供の姿すらなく、ただ夕闇の赤さだけを反射している。
 ペンキがところどころとれて赤茶が見え隠れする小さなブランコに腰掛けて、私はまた一つ、ため息をついた。
 足元にはさっきの紙袋。
 渡されるべき人に渡されずに、なんだか居心地悪そうにしているように見える。
 手にとれば、チョコレートらしからざる軽い音。それも当然、中身はチョコレートじゃない。
 薄山吹の包装紙の間から覗いているのは、毛糸。――これの中身は、毛糸の手袋だ。
 本当は手作りできればよかったんだけれど、編み物をする時間がなくて、既製品。その代わり、似合いそうなものを懸命に探した。
 でも、これはバレンタインのプレゼントじゃない……。
 二月十四日のプレゼントじゃない。
 これは、『今日』渡さなければ意味のない物。
 『今日』の日の記念に渡さなければならない物。
 でも、きっとあの場で渡したら、あの沢山のチョコレートの中に埋まってしまっただろう。
 二月十四日の沢山の中の一つでしかなくなってしまっただろう。
 それは嫌だった。
 このプレゼントは『今日』のための特別なものだったから。
 だから弁慶さんにとっても『特別』であって欲しかったから。
 ならちゃんとそう言って渡せばいい、けど私にはそれが出来なかった。
 もしこのプレゼントをあのチョコレートの山に埋まってる弁慶さんに渡して、これだけが特別って思ってくれるかどうか、自信がなかったから。
 「これは特別です」なんて言って、本当に特別だって思ってくれるか自信がなかった。
 私にとって今日は特別な日だから。
 だから、弁慶さんにも『特別だ』って、思って欲しかったから。
 十四日の中に、今日の特別が埋もれて欲しくなかった。
 私の我侭だって、わかってる……けど。
 ――折角の、誕生日なんだから……
「……今日、渡さなきゃ、意味がないのに……」
「では、今いただけますか?」
「きゃあッ!!」
 突然耳元で囁かれた声に、思わず悲鳴を上げてしまった。
 拍子にブランコがぐら、と揺れて、身体が傾ぐ。
 落ちるっ!と思った瞬間、何かが私の身体を抱えるように支えてくれたおかげで、何とか落ちずにすんだ。
 ……って、今支えてくれているのって……?
「大丈夫ですか?」
「っ、弁慶さん!?どうしてッ」
 こんな所に!?
「追いかけてきたんです。君の様子がおかしかったから。心配したんですよ、家とは違う方向に向かっていくから……」
「う……ごめんなさい……」
 それよりも、この体勢がすごく恥ずかしいんですけど……。
 弁慶さんは両腕で私を抱きかかえたまま、わざわざ私の耳元に顔を近づけて言葉を並べる。
「それで、その生誕日の贈り物、今日渡してはもらえないんですか?」
「っ!知ってるんですか!?」
 京に、誕生日にプレゼントを贈る、なんて風習、なかったと思ったんだけど……。
「知っていますよ。こちらは生誕日に一つ年を数えるということ、贈り物を贈る風習があること、そして……『バレンタイン』が、本当はどんな風習なのかも……ね」
「……!!」
 私の吐いた嘘は最初からばれてたんだ……。
「いけない人ですね。どうして嘘を吐いたんですか?」
 口調は優しいけれど、その言葉の中に含まれている冷たい何かが、背筋を凍らせる。
 弁慶さん、怒ってる……?
「そんなに僕が……信用できませんか?」
「そんなことっ……!!」
 ない、と言おうとして、言葉が詰まる。
 プレゼントを渡せなかったのは、他のプレゼントと一緒にされてしまうと思ったからじゃなかった?
 嘘を吐いてしまったのは、本当の意味を知ったらどういう反応をするかを見たくなかったからじゃなかった?
 そう、本当は――
「……っ、怖、かったん、です……沢山あって……一緒になってしまいそうで……」
 凝る不安を言葉に換えたら、渦巻いていた感情が堰を切ったように流れ出てきた。
「誕生日は、特別だからっ……バレンタインとは、別、でっ……お祝い……っ」
 ああ、もう、言葉になんてならない。
 代わりに涙ばかりがぽろぽろ溢れて、それが余計に言葉を遮って。
「すみません、泣かせてしまいましたね」
 柔らかく、涙を拭ってくれた手は暖かい。
 言葉にさっきの冷たさはもうない。
「君をこんなに不安にさせてしまうなんて……やはり、安易に受け取るべきではありませんでした」
「そんなっ……こと……」
 嫉妬して信じられなくなって逃げ出したのは全部私の勝手だ。
 私のせいで他の人の好意が受け取ってもらえなくなるのは、辛い。
 上手く言葉にできないから、ぶんぶん首を振って意思表示をする。それでも弁慶さんにはちゃんと伝わった。
 ふっ、と呆れたような、笑ったような、そんな気配が伝わってくる。
「君は、本当に……」
 私の身体を支えてくれている腕の力が少し強くなって、顔も、更に近くなって、
 息が、近い……
「どんなに素晴らしい贈り物を貰ったとしても、君から貰う贈り物には敵わない。――いや、贈り物だって色褪せてしまうでしょうね。君自身に比べたら……」
 いいのかな、弁慶さんの誕生日のはずなのに、私がこんなに、嬉しくって……。
「君が見せてくれる表情、気持ち、君の存在、全てが……特別な贈り物ですよ」
 どうして弁慶さんは、私が嬉しくなるような言葉ばかり知ってるの?
 ……なんて、今は言えないし、答える事だって、できないけれど……



 ――特別なあなたの特別な記念日に、また一つ思い出が増えていく。










END





緋月悠、ラブコメも、書けます!!(何)
つーわけでたんじょーびおめでとー企画第…何弾になるんだろう?4弾?取りあえず、弁慶さんおめでとう記念です。
先生をポカで思いっきり忘れ(自爆)よっしゃその分を取りかえそう!頑張ろう!ついでにバレンタイン近いからま ぜ こ ん で し ま え と思ったのが運の尽き。
何をトチ狂ったか望美ちゃん一人称。しかも緋月さんには有り得ないと言えるほどのラブコメっぷり。どうした自分!どうした俺!(笑)そして望美ちゃんのキャラが壊れすぎです。スミマセ…!!
全然祝ってないとか、そういうツッコミもナシで。本人が身に沁みてわかってるから…!!(笑)
あと、カレンダーは2005年のものを見ていただきたく。ねっ、14日が月曜日でしょ!?(ね、とか言われても…!!)発売が2004年なら飛ばされたのも2004年だろう、とのリアルタイム思考の元執筆しております。決して今年のカレンダーだとつじつまが合わないからじゃなく!(自爆)
とりあえず今回は甘甘でお送りした次第です。


※6/4追記
うぉぉぉぉぉ文章改行ミスってたことに今頃気付いた………!!!!!!!!orz
文章校正大事!!すげぇ大事!!!(半泣)


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