「先生、最近、藤くんが変なんです」

 藤くんが病魔に罹ってしまったあの騒動から数日経ったある日。
 僕はハデス先生とテーブルを挟んで向き合い、そう切り出していた。
 先生に「相談があるんです」と伝えたときはその場で咽び泣かれてしまって、どうしようかと思ったけど……。
 とりあえず落ち着いたところで、(でもまだお茶を入れる手が震えてる)改めてハデス先生に相談に乗ってもらっている。
 お茶を置いて、ハデス先生が首を傾げた。
「変……というのは?確かに、あの一件から彼は変わったとは思うけれど」
 確かに先生の言うとおり、藤くんは変わったと思う。
 以前は自分のことについては何も言わなかったし、触れられたくないって感じだったけど、今はそんな雰囲気がなくなって……ひとつ壁がなくなったような感じだ。
 けれど、変、というのはそうじゃなくて、
「ええと……なんていうか、僕、避けられてる……みたいな?」
「避けられて……?」
 先生が更に首を傾げたとき、ガラッと保健室のドアが開いた。
「アシタバじゃねーか。こんな所にいたのかよ」
「あ、美作くん」
 後ろにはいつもどおり本好くんもいる。
「おめーなー、掃除サボって何こんなトコで茶ァ飲んでんだよ」
「え、さぼってないよ」
 僕は今日当番じゃないし、と言おうとして、二人の後ろから現れた影に言葉を遮られた。
「先生、今度は何手伝うんだ?」
 本好くんの更に後ろから顔を出したのは、今まさに話題に上がっていた藤くんだ。
 いつもどおりどこか面倒くさそうな表情を浮かべて、それでも手伝う気はちゃんとあるらしく、毎日ちゃんと保健室に来ている。……そうじゃなくても、毎日サボりに来てるけどね。
「――ああ、ええと……そうだね……」
 先生が仕事を探してる間、藤くんはその間何も言わない。こちらを見もしない。
 美作くんと本好くんが不審そうに見ている。
「ちょっと職員室まで行って、書類を取ってきてもらえないかな。僕に頼まれた、って言えば分かると思うから」
「へーい」
 藤くんはあまり気のない返事を返して、そのまますたすたと保健室を出て行った。
 その間僕のことには気付いていたはずだけど、やっぱり何も言わない。
 保健室を出て行くのを全員無言で見送った後、やっぱり全員で顔を見合わせた。
「……確かに、いつもと違うね?」
「だよなぁ、いつもならアシタバに絶対なんか言うハズだよな」
「なんか……あそこまで徹底無視だと逆になんかありそうで気持ち悪いね」
 ……わりと言いたい放題だなあ皆。
 でも確かにいつもなら、茶々を入れるなり何なりしてきそうなものなのに。確かに藤くんはあんまりお喋りじゃないというか、どちらかといえば寡黙なほうかもしれないけど、それにしたってそこにいる人間を完全無視するようなタイプじゃないはずだ。
「……何か、僕、嫌われることでもしたのかなって」
「うーん、……いや、でもあれは嫌っているというより……無関心……?」
 先生は訝しげに小さく呟き、こちらを見て、……首を傾げた。
「せ、先生?」
「……アシタバくん、ちょっと立ってもらえるかい?」
「え、はぁ」
「ちょっとそのまま動かないでね」
 先生がこちらに手を伸ばしてくる。瞬間――
『もぞり』
「えっうわぁッ!?」
 突然服の中で何かが動いて、思わずその場に膝を着く。
 その間にもそれはもぞもぞと動き回って――
 きっ、気持ち悪い!
「なッ何これッ!きもちわるうわひぃぃぃッ!!」
「おっおいッアシタバッ!?」
「――アシタバくん、ちょっとごめんね」
 先生はやおら僕の制服のボタンを外したかと思うと、そのまま服の中に手を突っ込んで――
「――捕まえた」
 そう言って『何か』を差し出してくる。
 先生の手に捕まっていたのは、――小さな、藤くん?
「!――これって」
「あン時の、藤の……感情、じゃねーか……?」
 確かにそれは、藤くんが病魔に罹った時に「怠惰の庭」で見つけた藤くんの『感情』だった。僕が捕まえた感情だ。
 でも、なんで?
「病魔が姿を見せた時、全て藤くんの中に戻ったと思っていたけど……
どうやらこれだけ、アシタバくんにくっついたまま残ってしまっていたようだね」
「うう、でも、なんでソレだけ……?」
 まだ何かもぞもぞしている気がして気持ち悪い。
「きっと、アシタバくんが捕獲したのがたまたま、藤くんがアシタバくんに対して向けている感情だったんだろうね。
だから、そのままくっついてきてしまったんだよ」
 と、またガラリと音を立てて保健室のドアが開く。そこには書類を抱えた藤くんがいた。
「丁度良かった。藤くん、ちょっとこっちに来てもらえるかな」
「?何」
 藤くんはやっぱり僕たちには何も言わずに書類だけ机に置くと先生のほうへ向き直る。
 先生は藤くんに捕まえた『感情』をそっとと押し当てると、『感情』は何の抵抗もなくするりと取り込まれて、消えていった。
「うん、これで大丈夫」
「先生、今の何?」
「忘れ物だよ」
「忘れ……?」
 藤くんは訝しげに眉をひそめ、よくわかんねぇとぶつぶつ呟きながら振り返って――こちらを見て停止した。
「ッ、ア、アアアアアシタバッ!?」
「え、なに」
「何、じゃねーだろなんつー格好してンだよッ!」
「え、あ」
 そういえば、さっき先生に『感情』を取ってもらったときのままだったことに気付く。
「ちょっとこっち来いアシタバッ!!」
「え、え」
 返事は聞いてない!
 藤くんは僕の腕を掴むと有無を言わさず保健室のベッド(藤くん専用)に放り込んで、

 ぴしゃり。



「……」
 残された三人は勢いよく閉められたカーテンを呆然と見つめていたが、やがて場の空気を変えるべく美作がげふん、と大きくひとつ咳払いした。
「そう言やあ、先生」
「なんだい?」
「さっきの、アシタバにくっついてた藤の感情ってなんだったんだ?」
「ああ、あれは……」
 ハデスは少しだけ苦笑を浮かべた。

「――渇望、だね」



















その後についてはご想像にお任せしまs(丸投げ)







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