変わらなきゃ、と思ったんだ。

 今までの自分を捨てて。









○The sacrifice for being born again○















「ッ!」
「はァッ!!」
 重みのある一撃が風を切って、俺のわき腹辺りを掠めて過ぎる。
 俺もガイも得物は木刀。でも多分……当たったら、すごく痛い。それだけの重さとスピードが乗った攻撃を、ガイは何のためらいもなく繰り出してくる。
 屋敷にいたころは手加減してるのがまるわかりの甘い攻撃しかしてこなかったから全然避けられたし、当たっても文句を言うのは必ず俺でガイはそれにいつも笑って謝るだけだったけれど――
 今は、違う。ガイの気迫が、びりびりと伝わってくる。
 本気、だ――
 なら俺もッ!!
「ッてぇいッ!」
「甘いなッ!」
 わざと大振りに剣を振り上げて、隙を作る。思ったとおり、ガイはその隙を狙って身を沈め懐に飛び込んできた。
 多分このままなら、背後を取られて終わり。けど今日はそうはいかない。
 斬り上げた勢いを殺さずにそのまま一歩。その足を軸にして半回転し、もう一歩。
「なっ」
 振り返った先には逆に背中を晒すガイの姿。
 やった――!
 取った、と思った瞬間、
「――ッ!!」
 考える間もなく、大きく後ろに下がる。
 何が、と思ったわけじゃない。ただ何かが来る、危険だ、という感覚が俺を動かした。
 全く予備動作もナシの動きに、思わず足をとられて――
「――ッわあッ!!」
 ちりッ――
 何かが腕を掠める感覚。
 そのまま俺は盛大に転んでしまった。

 星が見えた。
 ああ、と思い直す。夢中ですっかり忘れていたけど、今は夜なんだ。
 このまま星の下で眠ったら気持ちよさそうだ。
「って……おいルーク、大丈夫か!?」
 ガイの慌てた声。……このまま動かなかったら流石に心配かけるよな。
「うーだいじょう、ぶ……ててて」
 どうも転んだときにマトモに受身を取れなかったらしい。打ちつけた背中がじくじくと痛んだけれどこんなものはケガのうちにも入らない。
「悪い、手加減できなかった」
 ガイが心底すまなそうに言う。でも俺はそのほうが嬉しかった。
「いや、いいんだ。むしろ手加減できねーくらい強くなれたんだったら嬉しいしさ」
 何の気兼ねもなく、ただ真摯に剣を交えられたことが俺の内側を満たしていく。

 ……今でも戦いは嫌いだ。神託の盾(オラクル)やレプリカ兵士たちと戦った後はずっと手の震えが止まらないし、魔物と戦った後も何度も心の中でごめんって謝り続けてる。
 でも剣を交えるのは嫌いじゃない。特にこうやって、両方とも真剣に手合わせできたときは何だか心の中が澄んで真っ白になる気がする。
 今までずっと知らなかった。――みんな俺に合わせてくれてたのに、俺はそれにずっと甘え続けていたんだ。だから、気付かなかった。この感覚を。



 なんだかすごく満たされてる。なんて、口にしたらどう思われるかな?



「よっ」
 景気づけとほんの少しの照れ隠しにひとつ掛け声を入れて立ち上がる。
 と、ガイが何かに気付いたのか顔をしかめた。
「ルーク、腕……それ怪我してるんじゃないか!?」
「へ?」
 言われて腕を上げる――そういえばさっき、何か擦ったような?
 見れば二の腕のあたりにうっすらと赤い線。転んだときに石でも当たったのかな。
「ああ、この程度なら大丈夫だから……ってッ!」
 うっすら血のにじんだ腕を不意に掴まれて、ぴりっとした痛みが走る。
 俺が何も言わないうちに、ガイは傷口を取り出した布で拭いて手当てしてくれた。

 ……また世話かけちまった。

「……ごめん」
「何で謝るんだよ」
「それ……汚れちまっただろ」
「なんだそれ」
 気にすることじゃないだろ、と言ってガイは笑った。

 ダメだ。俺、全然成長できてない。
 屋敷の中でわがまま言って、初めて外に出て文句言いながらはしゃいでた頃と、全然変わらない。



『殺したいくらい憎むこともあったと思うわ』
 それはそうだ。俺は――レプリカだけど――仇の息子で、わがままで、どうしようもない奴で、みんなに――ガイにいっつも迷惑かけて。
 なのにガイは俺のところに来てくれた。

 だから俺は、それに応えたかった。
 どうしようもない俺をそれでも信じてくれた、信頼に応えたいと思った。

 変わりたいと、思った。どうしようもない甘ったれたガキだった自分から。

 もう甘えないって、決めたのに。



 変わらなきゃ、と思ったんだ。

 今までの自分を(犠牲)にして。



「……なぁ、ちょっと話さないか?」
 不意にそう持ちかけられた。
 いつもなら軽い口調で言ってくるくせに、今日に限ってどこか真剣な眼差しでそう聞いてくる。
 でも……。
「え、でも皆心配してるんじゃ……何も言わないで抜け出してきちまったし」
「こんな時間だ、誰も気づきやしない。少しぐらいゆっくりしていっても別にいいだろ」
「でもガイ……」
「いいから座れって」
 なんだかいつもと違って妙に押しの強い口調でそう言うと、そのまま腕を引かれる。
 俺はそのままガイの隣――隣といっても肩口の辺りだけど――に腰を下ろした。
 でも……なんとなく、この空気が辛かった。

 別に居心地が悪いとか言うわけじゃない。むしろ、その逆だ。
 居心地が良すぎて、寄りかかってしまう。
 甘えてしまう。
 その存在に、無意識に。

 ――怖いんだ。
 全てを任せてまた全てを失うことが。



 不意に背中に暖かいものが触れる。――寄りかかりやすいように、ガイがわざわざ背中を向けてくれたんだ。
 その背中のぬくもりがあったかくて、――痛い。

 ああ、屋敷にいたころも、こうやって庭で二人ぼおっと空を見上げていることがよくあった。

 まだ覚えてる。ガイが初めて夜の庭に連れ出してくれたときのこと。
 満天の星空で、夜空を眺めるどころか夜中に外に出るのも初めてだった俺はすごくはしゃぎまわって、それからもしょっちゅう夜中に二人で抜け出しては怒られていたっけ。
 あのころはあんなにも空が広く、背伸びをしても絶対に届かないくらい遠くに感じていたのに、今はどうだろう。
 星が、空が、こんなに近い。

 手が――届きそうだ。

「なぁ」

 背中から優しい声。ずっと変わらない、優しい声。

「うん?」
「たまには、甘えろよ」

 どきりと、した。
 何もかも見透かされているような気がした。

「今までと変わるために頑張ってるのは、凄くわかるから」

 だめだよ。俺、まだ全然変われてないのに

「でも…そのままじゃいつか、壊れちまうぞ」

 このままじゃ、またすぐガイに甘えちまう、迷惑かけちまう

「甘えたっていいんだ」

 ……諭すような口調。
 こころがゆれる。
 せき止めていたものが、ゆるゆると流れ出すみたいに。

「俺の前でくらい、我が儘言ったっていいんだぜ」

 その言葉が、なによりも

 なぁ、そんなに甘やかしてもらっていいの?

 せき止めていたものが、ゆるゆると流れ出すみたいに

 忘れていたことばを、おもいだすみたいに

「……じゃあ、また剣舞、付き合ってくれよ」

 ひとことを、やっとの思いでつむぎだす。
 まだ、ためらいは拭えなかったけれど

「なんだ、それだけでいいのか?」

 呆れたみたいな優しい声が、またひとつこころを溶かしてく

「あ、あと……かいもの、とか……俺、まだわかんねぇ事とかあるし」
「ああ、いいぜ」
「あと……料理とかっ……あと……あと……」
「何でも言えよ。付き合ってやる」
「……あと……」
「ん?」



 甘ったれでもいい。わがままでもいい。
 これだけは、どうしてもゆずれなかった。



「……いっしょに、いてくれるか……?」



 いたい、いたいくらいに長い長い沈黙のあと、

 ――左手に、何かが触れた。

 あたたかい何か。
 そのあたたかさが現実であることにひどく安心する。

 だって、

 決して失いたくはなかったから。

「お前も」

 なぁ、俺、頑張るからさ。

 だからもう少しだけ、甘えさせて。

 このあたたかい手を、離さないで。



「勝手にいなくなったりするなよ」



 その声が、なんだかひどく切実に、俺の中に響いて聞こえた。










END





『ルーク阿弥陀企画』様に投稿させていただいたほうです。Only〜とあわせて二部作とでも言っておきましょうか。(笑)


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