故郷を偽る街から見下ろした光景はこの上なく滑稽だった。

 何もかもが、道化だ。

 身に纏うモノも、踏みしめる地も、翡翠の両目を大きく見開いて俺を見る――お前も。
 存分に嘲笑を含んだ導師と同じ声音が背中から聞こえた。
「さあ、復讐を果たすんだろ?行けよ。僕は邪魔しないでやるから」
 言われずとも。
 答える代わりに腰の剣を抜き、――切っ先を、ゆっくりルークへと向けた。









○君、安息を求めるが故に○















「ガイッ!!本気かっ!?」
「俺は本気だよ」
 驚愕と、そして浮かんだ絶望の色。
 俺は笑みすら浮かべて手の中の剣を一度、横薙ぎに振るう。
 長い間、仇の邸で見世物扱いされていた誇り高き宝刀は、今赤い血を欲して俺の手の中で疼いている。もうすぐだ。
「……ッ!!」
 目前で振るわれた剣に皆の息を呑む気配が伝わる。
 戸惑いと、それを上回る、覚悟だ。
 各々が躊躇いながら武器を構える中、ルークだけは俯いたまま、その場で微動だにしない。
「ルーク」
 嗜めるティアの声に、ルークはゆっくりと――皆を制するように、手を伸ばした。
「ルークっ」
「……頼む。ひとりで、やらせてくれ」
「でもッ……」
「これは、俺が……俺が応えなくちゃ、ダメなんだ」
「別に構わないぜ?全員で来てもらっても」
 俺の挑発にもルークは小さく首を振るだけで、ひとり前に進み出ると腰の剣――ローレライの鍵をゆっくり引き抜いた。
 あれがそうか。
 ヴァンが固執する、ローレライを解放するための『鍵』。
 お前がさまざまなモノと引き換えに手に入れたモノ。
 精精見せてもらおうか。お前が引き換えにした命の分()の覚悟を。
「……ガイ、俺は……」
「問答無用だ」
 躊躇いの言葉を打ち消すように俺は声を張り上げる。もう戦いは始まっているのだから。
 それ以上は何も言わずに手の中で疼く剣をただ殺すために振るう。
 一息だった。
 俺がルークの目前に肉薄する瞬間。
「うわッ――」
 放った斬撃は寸での所で獲物を逃がし、蒼い軌跡だけが名残惜しく残って消える。
 身を満たす黒の感情が心地良い。
 うっそりと目を細める。
 もっと早くこうしておけば良かった、と今更ながら後悔する、と――
「――ッ!」
 剣先が目の前を掠める。
 意識を逸らしたたった一瞬で、ルークが目の前に肉薄していた。
 つい一年も経たぬ前までは、邸の中で遊戯めいた剣術しか使えなかったというのに。
 全く――余計なことをしたものだ。
「ヴァンが半端に剣なんか教えていなければ、もっと早く終わったのになぁ?」
「――ッ!!」
 動揺したルークの隙は大きい。
 何時もなら見逃してやるその単調な動きも、今日ばかりは俺にとっての僥倖でしかない。
「手元が留守だぞルーク!」
「ッ……!!」
 鍔元で受け止められた剣を刃先まで滑らせ、角度を変えて刺突を放つ。
 元々狙いが定まっていなかったせいか、切っ先は袖の端を引掻いただけだ。
 それでも、殺り損ねた、という思いが僅かに心を波立たせた。
 反射的に、体が動く。ヒトを一瞬で骸に変える箇所を、正確に剣が追う。
「――っ」
「ッぅあッッ!!」
 ッキィン!と澄んだ音を立て、寸ででルークの『鍵』が俺の剣を受け止めた。
 『鍵』の切っ先は僅かに俺の顔を掠め、そして俺の剣は深々とルークの右腕を抉っていた。
 苦痛に歪んだ顔。
 大丈夫だ、これ以上苦しまないようにしてやるから。
 と――
 不意にどろりと頬に生暖かい感触。――血か?
 厄介にも額を切られたらしい。だが、視界さえ塞がれなければ関係ない。
 ルークは俺を殺せない。
 だが俺は
「――お前を殺せるッ!!」
 お前が生まれてからの七年間も。
 生まれ変わると言って俺に手を伸べた時も。



 なあ、ルーク、もう遅いんだよ。
 お前一人じゃあ、どうしようもないんだ。
 この黒い感情が憎むのは、ファブレの血そのもの――
 俺が奪われた生の代償を誰かの血で贖わない限り、……そう、お前の血で俺の奪われたものを贖わない限り、



 オマエヲ殺サナケレバコノ復讐ハ終ワラナインダ



「――やめろガイっ!!お前、本気じゃないんだろッ!!」
「この期に及んでまだそんな期待をしてるのか」
 心は、身体は、今までにない昂ぶりを感じているくせに、吐き出す言葉はイラつく程に平坦だ。
 満たされる感情そのままに、全ての意識を預けられたなら。
 僅かに残った理性もモラルも全て捨て去って今この一瞬だけに傾倒できたなら。
 そうすればきっと俺の心は救われる。
 終わりに、できる。
 ぐっ、と鍔競り合う刃が、にわかに力を増した。
「俺はお前に殺されるわけにはいかないっ!!」
 思いも寄らない気迫に、俺の剣が圧されていく。
「――ッ……」
「俺は、おまえに、殺されるわけには、いかないんだッ!!!!」
「この間まで死にたがってた奴が……!!」
 何を今更。
 だがわかっている。生きようとする意志を持った人間ほど、強いということ。
 今、生きたいと願うルークの意志は――何よりも、強い。
 だが、ルークは。
「今のお前に殺されたりなんかしてやらないッ!!」
「ならいつの俺なら殺されてくれるんだルークッ」
「そんなの知るかッ!!でも、絶対今のガイじゃないッ!!」
 支離滅裂なことを喚き散らしながら、それでも死んでたまるかと渾身の力で圧してくる。
「意味がッ――!!」
 わからない。本人も、わかっていないのではないか。
 親友という立場にいた存在()に裏切られて、こうして眼前に死を突きつけられたことで、幼い心が錯乱しているのではないか。
 きっとそうだ。
 お前は弱い。誰よりも弱い。
 この場にいる誰よりも、くしゃくしゃに歪めたその表情が、全てを物語っている。
 本当に先に進みたいなら、顔色変えずに俺を殺してみろ。
 俺がお前を殺すように、お前も俺を殺してみろ。
「俺はお前を復讐の道具にしようとしてるんだぞ!?自分のエゴのためだけに、お前を殺そうとしてるッ!!今も、昔もだッ!!それでもお前はそう言えるのかッ!?」
「当たり前だッ!」
 いやにそれだけは明瞭と応えると、喉に詰まった声で「それでもっ」と続ける。
 まるで痛みに耐えるような表情で。
「絶対に、いやだッ!!!!お前に、今のお前に」
 不意に力の角度が変わり、刃が反らされる。
 反応できずに手が滑り、――宝刀が、弾き飛ばされた。


 俺は。
 負けるのか?
 否。



「殺そうとして泣いてる奴なんかに――ッ!」



 泣いて、いる?



「あ……?」



 つと、またあたたかいものが、頬を伝って。
 無意識に、それに触れた。



 血だと、思っていた、それは。



 頬を、伝っていた、のは。



 色彩のない、透明な。



 雫、だった。



「恨むなら恨んでくれたっていい、憎いなら憎めばいいっ!でも、泣いてる奴なんかに、俺は殺されてなんかやらないッ!!」

 ガランッ――重い音が響いて、二振りの剣が同時に、地に落ちた。

 俺は……どうして、泣いてるんだ?
 何が苦しい?
 何が悲しい?
 何が恐ろしい?

 ――俺は



 ルークを喪うことが、怖いのか ――?



「俺はガイに泣いて欲しくなんかないッ!だから、ガイが泣くなら絶対にガイに殺されたりしないっ!」

 俺に向かって、必死に声を張り上げる、お前の頬に伝っているのも、俺と同じ――
 どうしてお前は泣いてるんだ、ルーク?
 濡れた両目はただ真っ直ぐに俺に向けられて、悲しみに歪んでいる。

 俺と同じなのか?
 お前も、喪うことが、怖いのか。

 ゆっくりと、左手が差し出されて、

 くしゃくしゃに顔を歪めたルークが、それでも無理な笑顔を作りながら、言った。

「……俺は、笑ってるガイの傍にいたい」
 ――俺は。

 俺は何処に行けばいいんだ。



 俺は、

 俺は、こいつの

 ルークの傍に



「ちっ、役に立たないな」

 声が。

 とす、と軽い音がして、
 何かが突き刺さった。



「あ……」



 じわ、と背中が熱くなる。
 熱が集中し、そして拡散していく、この感覚、は。

「ガイッッッ!!!!」

 声が、遠い。
 皆が、お前が、遠い。



 ああ、視界が昏い。



 なあ、誰か知らないか?



 俺の帰る場所がどこにあるかを。











END





…アビス二年目初駄文がコレってどうなんでしょうね実際orz
おおおホントはピオルクのほのぼのらぶらぶ〜vvだったハズ な の に!!(らぶらぶってあーた)くそうガイめ。
にしてもホントにアタシってば裏切り大好きだね…信じていた人物に裏切られてその人も裏切った人も傷ついていくそんな切な系が大好きです(イタいよ)
どーでもいいけどコレ書いてる間頭の中で将兄の曲がエンドレスだったのは拷問か何かですかね?


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