それは。
 いつもと変わらない朝――の、ハズだった。







○Regret○












「ガイ!」
「はい、何で――うわあぁぁッ!!」
 呼び止められ、振り向いて――俺は思わず後退った。
 俺のすぐ後ろに立っていたメイドはそんな俺を見てため息をつくと(……仕方が無いじゃないか、不可抗力だ)、
「ルーク様のご様子を見てきてくださらないかしら」
「は……それは、まあ、かまいませんが……?」
 ルークの世話は、専ら俺が見ていることが多い。俺がルークと懇意にしているというのもあるが、メイドや執事達がすっかり印象の変わってしまったルークとの間に無意識に一線を引いてしまっている――というのもあるんだろう。
 だが、改めて様子を見てきてほしいというのは……?
 俺の戸惑いを察してか、彼女は小声で「実は……」と切り出した。
「今朝のルーク様、ちょっと様子がおかしかったのよ。朝食の時も、妙に静かで……給仕した私達に『ありがとう』なんて仰るの。いつもは何も言わないのに……何だか、いつもより……大人しいというか」
 それ以上の言葉を彼女は呑み込んだ。
 言葉を選んで入るが、とどのつまり普段のルークはそれだけ横柄且つ騒がしいのだ。
 それが、妙に大人しいということは――

「なるほど」
 俺はメイドの言わんとするところを理解した。
「また何か企んでいるようなら、止めときますよ」
 そういうと、彼女はあからさまにホッとした顔をした。
「頼むわね、ガイ。私……何だか今日は嫌な予感がするの。何も無ければいいんだけれど」
「預言に何も詠まれてなければ大丈夫ですよ。――じゃ、ちょっと見てきます」
 笑って、俺はその場を後にする。
 ――彼女の予感は、当たっていた。



 いくら懇意にしているとはいっても、それを快く思っていない人間は多い。当たり前だが。
 俺は離れになっているルークの部屋の正面には行かず、裏庭に面した部屋の出窓からルークの部屋を窺う。いつもの常套手段だ。

 部屋にいたルークは食い入るように、一冊の本を見つめていた。
「――まだ日記つけるには早いんじゃないか」
「――っ」
 ルークは弾かれたように顔を上げ、そして

「……ガイ……」
「――?」

 何だ?
 例えようの無い違和感が、俺を襲う。

「……ルーク……お前、風邪でもひいたのか?」
 思わずそんなことを口走ってしまう。
「え、別に……なんともねーけど」
 怪訝そうに眉を顰めるルークは、いつも通りで。
 何も変わらない……ハズだ。
 窓の桟に手をかけて、一足飛びに部屋に入る。
 近くで見ても、やっぱり変わらない。いつも通りだ。――表面上は。
「本当か?お前さん、朝はやけにおとなしかったらしいじゃないか」
「え!?そ、そうか?いつも通りのつもり――だったんだけどな」
 『つもり』か。その言葉に思わず苦笑してしまう。やっぱりな。
「何するつもりかは知らないが、あまり周りを困らせないようにな」
「俺、そんなに迷惑かけてる?」
「何か企んでるときはな」
「べっつに、何も企んでなんかないっつの」
 ならいいんだけどな。相槌を返すルークに、俺は何故か安心した。

 ――嫌な予感がするの――
 或いは、メイドの言葉を実は結構気にしていたのだろうか。
 ルークは手にしていた日記をぱたん、と閉じると、薄く微笑んだ。

「まあ、企んでるわけじゃねーけど……やろうと思ってることは、ある」
「何だ、やっぱり何か企んでるのか」
「企んでるっていうか――」
 いつの間にか、握り締められていた拳が震えている。
 そして気付いた。今日の……目の前のルークに感じた、違和感――
 瞳に宿る、決意の色に。

「――今度は、間違えたり、しない……絶対に」
「ルーク……?」

 なんだろう。ルークが、遠い。

「ガイ」
 きっぱりと。
 まっすぐに俺を見据えて、放たれた言葉は、

「……ずっと」
 まるで、全てを見透かされているようで、まるで、それは

「……ありがと、な」

 別れの言葉のような

 俺は――

「――ルークッ!!」
 形振り構わずその身体を引き寄せて、自分のそれでその唇を塞いでいた。
 それ以上の言葉を、聞きたくなかった。

「――う……」
 腕の中でルークが身をよじる。頬にほの暖かいものが触れて、落ちる。
「ッ」
 俺は慌てて身体を離した。
 頬に触れたモノ――それは、涙……だった。
「わ、悪いッ、ルーク!!」
 まさか泣くほど嫌がられるとは思わなかった。が、ルークはぶんぶんと首を振る。
「違っ……ごめ……いきなりだからちょっとびっくりした……」
「ゴメン、悪かった」
「いいよ別に」
 ……やっぱり、何かがいつもと違う。
 普段のルークなら、怒ったふりをして文句を言う所だ。
 それなのに、今日のこいつといえば、微笑って「いいよ」なんて言うのだ。
 その表情に、その目に寂しそうな光を宿して……
「俺、さ。ホントに……ガイには感謝してるんだ。ずっと……」

 コン、コン。控えめなノックの音が、ルークの言葉を遮った。
「ルーク様、よろしいでしょうか?」
 俺は音を立てないように窓から外に出る。俺が身を隠したことを確認して、ルークは声を上げた。

「――入れ」
「失礼いたします」

 扉の開く音。声は、先程俺に様子を見てきてほしいといったメイドのものだった。
「ルーク様、旦那様と……謡将がお呼びです。応接室までおいでくださいませ」
「――わかった。すぐに行く」
「はい」

 扉の閉まる音。パタパタと遠ざかる足音に、俺は再び中へと身を滑らせた。
「……ヴァン様が?……今日は稽古の日じゃなかったよな、ルーク?」
「……ああ」
 俺の言葉に頷いたルークは、どこか上の空で――

「……ルーク?」
 俺の声にルークははっとしたように、慌てて笑顔を作る。
「えっ?あっ、うん、そーだなっ」
 けれど、その笑顔もどこか嘘くさい。
 コイツは、こんなに儚く感じる存在じゃ、なかったはずなのに……
「ガイ」
 嘘の笑顔で、ルークが言う。
 握った拳を、震わせたままで。
「俺、今度は間違えない。止めて、みせるから……絶対に」
「――っルー……」
 そのまま、ルークは振り返ることなく。
 部屋には、俺一人が残された。

 ――大丈夫、ルークは応接室に行っただけだ。何の用でヴァンが来たのかは知らないが、この後きっといつものように稽古をつけるのだろう。そうに決まっている。それは預言のように定められたかのような、日常。
 ――そのハズ、なのに。
 ルークがどこか遠くへ行ってしまうような――そんな気がして、ならなかった。



 その日、

 俺はルークを止められなかった事を、たまらなく後悔する事になる。













END





リグレットですが教官ではありません。念のため(笑)
ルーク二周目を敢えてガイ視点で。多分この後、ルークはヴァンとの稽古のときに「師匠……俺、師匠を止めるって……決めたんだ」とか言っていきなり戦いになっちゃったりするんですよ。それでどんどん妄想進めたら、何故か【漆黒の翼】と行動するルークになりました(何故)でも多分そっちは書かない…
このサイトでは珍しくちゅーがありますが、所詮誰も彼もアタシの手にかかればヘタレなので、これもんです。この程度です。屑が!


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