願いだけで届かないというのであれば

 どうか誓わせてくださいその御胸にその御手に

 この剣この力全ては貴方の為にと

 貴方が為に在るのだと








○騎士は剣に誓いを求め○















「……これで良し、と」
 鎖骨辺りにある最後の釦を留め終えて、ガイは満足したと言わんばかりのため息をついた。
 彼の目の前には、お世辞にも機嫌が良いとは言えない表情を浮かべたルークがじーっとガイの手元――留められた自分の釦を睨みつけるように見つめている。
「どうした?」
 理由など分かりきっているが、敢えて問うと案の定「息苦しい」という答えが返ってきた。
「そりゃあ正装だからな」
「……わかってるけど」
 今ルークが身を包んでいるのはバチカル貴族が身を通す正装の一種だった。
 仕立ての良い燕尾に隅々まで豪奢ながらも繊細な刺繍の施されたそれは一般では滅多にお目にかかることのない最高級品だ。
 今日――ルークの功績を讃えるという名目で、国王直々に子爵位が与えられる。
 これはそのための正装だ。
 例え形骸的なものであっても、否、だからこそ必要なもの。
 要は気分や心持ちといった問題なわけで、儀式やそれに伴う服装などに意味はなくとも、そこに集う人間の心は確実に変わる。
 キムラスカという国が、ルークという存在を認める――そのための正装。
「はあ……さっさと終わらせて着替えてぇ……」
「そう言うなって」
 げんなり、という表現がぴったりな表情のルークの整えられた髪を乱さない程度にぽんぽん、と撫でてやりながらガイが微笑う。
「折角似合ってるのに」
「そっ……そーゆー問題じゃねーよッ」
 さらりと言われた一言にがうがう噛み付くルークの頬は怒ったような口調に反して赤く染まっている。
 隠し事ひとつ出来ない素直な感情の吐露にガイは柔らかく相好を崩してもう一度ルークの頭に触れると、不意に真剣な眼差しを向けた。
「その前に――少しだけ、いいか?」
「……?何だよ」
「まあまあ、すぐ終わるから」
 言いながらガイはそっとルークの手をとり、そのまま――(ひざまづ)いた。
「ガイ!?」
 突然の行動にルークが慌てた声を上げるが、ガイはそれを無視して頭を垂れる。
 添えた手を持ち上げそのまま額に。ほんのりと暖かい感触が、手袋越しに伝わる。
「ガイッ――」
「我、ガイラルディア・ガラン・ガルディオスの名に於いて」
 先程まで冗談を言っていた雰囲気とは打って変わって真剣なガイの声音に、ルークはびくりと身を震わせ、そして押し黙った。
 構わずガイは続ける。
「この御手に生涯の忠義を誓う。その意志、我が(つるぎ)の如く折れることなく。その心、我が剣の如く曇ることなく。我、ルーク・フォン・ファブレの剣となりて栄光を示さん」
 ゆったりとした動作で面を上げ、先程額に当てた手にそっと口接ける。
「……うわ……」
 淀みない流麗な所作に思わずルークは声を上げてしまい――それに何とも言えない笑いを浮かべて、ガイが立ち上がった。
「ま、これで終わりだ。悪かったな付き合わせて」
「ガイ、今のって……」
「誓いだよ。古い様式の、な」
 また元と同じ気安い調子に戻ったガイにほっと息をつき、ふと首を傾げる。
「誓い?って、どんな?」
「まあ……ごくありきたりなものだよ。俺の剣をあなたに捧げます、ってやつ」
「ふぅん……って!」
 当たり前のようにさらりと言われた言葉の意味に気付き、ルークは顔色を変えた。
 剣を携えるものがそれを捧げるということは。
「それって……俺に仕える、とか、そーいった意味ってことじゃねぇの……?」
「ん?まぁ、そうなるのかな」
「そんなの嫌だッ!」
 反射的に声を荒げ、ルークは慌てて言葉を止めた。
 ガイは特に驚いたようでも気分を損ねたようでもなく、いつもと同じ微笑を浮かべてルークの次の言葉を待つ。
 ルークは一度小さく深呼吸してから改めて口を開いたが、それでも言葉の端は少し震えていた。
「それって……だって、ガイはトモダチなのに、それじゃあまるで……」
 主と従。その遠い関係に戻ってしまうような。
 ――それともその関係こそをガイは望んでいる?
 ずーん、といっそ音すら聞こえてきそうなほどすっかり沈み込んでしまったルークにガイはやれやれといったため息をひとつついて、先程から握ったままだった手をもう一度口元へと運んだ。
「そうじゃないよ。……というよりも、寧ろトモダチ以上の方が希望なんだけどな、俺は」
 言いながら手袋越しにもう一度口接ける。
 絹一枚挟んでもリアルに伝わる感覚にルークは青ざめた顔を今度は耳まで真っ赤にした。
「ちゃ、茶化すなよッ」
「はは、悪い。でも別に今更お前に仕えるだのお前の使用人だからだの考えてないよ。ただ……そうだな、ずっとお前と一緒にいるための明示的な確約が欲しかった、ってことじゃあダメか?」
「ずっと、って……」
「カタチだけでもこう言っておけば大義名分になるかなと思ってね」
 ガイの気安い口調の中の真剣なものを感じ取って、ルークはそっと目を伏せる。
 ――ガイは知らない。ルークがいつ消えてしまうかもわからない不安定な状態にあることを。それはルーク自身が他者に知られることを拒んだからだ。
 だが気付いてしまった。知らされずとも感じ取ってしまった。近い将来必ず起こる別離だということに。
 だからこそ言うのだ。願うだけではもう届かないと気付いてしまったからこそ、明示的な確約――例えそれが形骸的なものであっても、形となる約束が欲しいと。
 目を逸らしたまま黙り込んでしまったルークに苦笑する。
「あんまり考え込むなって。ただの俺の自己満足なんだから」
 言ってから、全くその通りだ、とガイは心の中で自嘲する。
 単なる自己満足。
 復讐という大義は最早消え、仕える者としての役割も失った。
 だからその代わりとなる何かが欲しかった、それだけ。
 トモダチやナカマなどという居心地のいい曖昧なモノではなく、人生全てを賭けられるだけの重さを持った『理由』を。
 喩え中身などなくとも形のあるものを。
 そんなものがなければ安心できない幼稚な自分の心を嗤う。
 そんなものは上辺だけのものだと分っているくせに、心はそれを拠り所にしようとするから。
 心はカタチに酷く囚われるもの。
 だからこそヒトはそれ自体に意味などなくとも儀式というカタチで心の安寧を求める。
 そのための誓い。
「……ルーク。だからあんまり悩むなって。俺は一緒にいてくれればいいってそう言ってるだけなんだから」
 軽い口調で言いながら空いた手でルークの頭をくしゃりと撫でる。
 折角整えた髪は結局少し崩れてしまったけれど、けれどそれはいつも彼がやるのと同じ動作で。
 いつもと同じでいてくれればいい。そう、触れた手が伝える。
 それはガイの精一杯の優しさ。
 だからルークは歪みそうになる表情を無理矢理笑顔の形に変えて、殊更明るい声で言った。
「何だよそれー。ずっと一緒にいるってそんなの当たり前だろ?」
「わかってるって。――ただ、なんとなくさ」



 ――どうか錯覚させて欲しい。俺の命はお前のためにあるのだと。お前がいるから俺は今生きて希望を見出しているのだから。
 だから俺にお前を失わせるようなことはしないでくれ。
 ずっと隣で微笑っていてくれ。

 結局これは俺の我侭でしかないと、わかっているけれど。



 喩え形骸的なものであっても、
 それでも剣を携える者は剣にその意義を求める。










END





……な、なんか「子爵ルークとそれに傅くガイ」が書きたかっただけなんですけど気付いたらハナシがエラい暗い方向にヒン曲がってしまいました。あっれーこんなはずじゃなかったんだけどなー最初のテーマは「かっこいいガイ」だったはずだったんだけど何処行ったんでしょーねー。これじゃあ「姫、お手をどうぞ」ですよ(苦笑)
騎士の誓いなら傅いた者の肩に剣を置くのが本来らしいぞ。


BACK






SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送