お前はルーク
ルーク・フォン・ファブレ
ファブレ公爵家の嫡男
ホドを滅ぼした悪き貴族の子息
貴族という名の ヒトゴロシの子供
○キゾクゴッコ○
「ルーク様ッッ!!お待ちくださいッッ!!!!」
「ッセー!誰が待つかっつーの!!」
どたどたどたっと王侯貴族の邸には到底似つかわしくないような音が廊下に響き渡る。
またか、とため息をひとつつく間にその音の元凶は目の前に走ってきてやおら飛びついてきた。
「ガイっ!!」
「っと!」
加減を知らない勢いで飛びつかれて、それでもなんとか受け止めると、騒ぎの元凶はまるで悪びれた様子もなくにぃっ、と笑みを浮かべた。
「ガイ、たっち!」
「はい?」
「ガイーっ!!ルーク様を渡してくださいっ!!」
何が、と尋ねる暇もあらばこそ、ふっと顔を上げればそこにはルークを追いかけてきたのであろう執事やメイドたちの姿。……メイド。
「げっ」
思わず及び腰になってしまうが、ルークはお構いなしに背中をぐいぐい押してくるし、メイドたちもどんどん迫って……
「ちょ、ストップ!ストーップ!!」
背中にルーク、前にメイドの挟み撃ちを受けて流石に声を上げると、迫ってきたメイド他ルークを追い回していた側が立ち止まる。
全員相当走らされたのか鬼気迫る形相だ。
普段走り回ることなんて有り得ないラムダスに至ってはぜーはーと肩を大きく上下させている。
「ルーク様ッ!どうしてお逃げになるんですかッ!!」
両手に何やら色とりどりの衣装を持ったメイドが詰め寄ってくる。
自然俺の身体が後退ろうとするが、背中に隠れたルークがそれを阻むようにぐいぐい押し返してくる。
「そんなメンドーな格好、したくねーんだよッ!」
「何を仰るのですか!ファブレ公爵家の嫡男ともあろうお方がそのような品のないお召し物では品位が疑われます!先のお食事にしてもそうです!」
「マナーとかなんとかうぜーんだっつーの!好きなもの食べて何がわりぃんだよ!」
はぁー、と長い長いため息をつく。
コイツがこんな風になった原因の一端は、間違いなく俺だ。
決して手を抜いて相手をしていたわけじゃない。だが心のどこかで、どうせこのままでも昔のような大人びた性格にいつか戻るのではないかと思っていた。
国のため、と綺麗事を大人と同じに並べ立てるいけ好かない子供に。
「ゼッテェオレはヤだからなッ!これからガイと剣術の稽古するんだ、昨日ヴァン師匠に教えてもらった技の特訓するんだッ!!」
ヒトの背中で喚きたてるルークを一瞥し、俺はラムダスたちに向き合った。
このままだと、どちらも埒が明かないのは明白だったからだ。
くだらない体裁や見栄の張り合いなど他所でやってもらいたい。はっきり言って俺を挟んだこの状態でやられるのは迷惑なことこの上ない。
「もし宜しければ、このまま私がルーク様のお世話をさせていただきますが」
「だっ、だが……」
「でなければまたルーク様はお逃げになるでしょう。幸い私はルーク様とは懇意にさせていただいておりますし、心安い方がルーク様にも宜しいかと」
「…………」
押し黙るラムダスたちをよそに、さっきから背中に引っ付いているルークの方に向き直った。
ルークは俺の後ろからちょっとだけ顔を出すと、「いーッ」と敵意を剥き出しにしている。
その姿に苦笑しながら俺は一言一言ゆっくりとルークに話しかける。よく言葉が耳を通り抜けてしまうルークにも、きちんと意味を把握できるように。
何も知らない子供に少しずつ言葉を刷り込むように。
「ルーク様、俺でよければいくらでも稽古にお付き合いしますよ」
「ホントかッ!?」
「ただし、ラムダス様に頼まれた御用事が済んでからです。その後でしたら、いくらでも」
「…………」
笑顔の後にすぐ膨れっ面と、くるくる百面相をしてみせるルークは、それでも追い回され続けるよりはマシとでも思ったか、やがて憮然とした表情で頷いた。
「宜しいですか?」
「……む、むぅ……」
「なーなー、早くやろーぜー。昨日の師匠のカッコいいやつ、早くオレも試してーんだよー」
尚も渋ったような声でうなるラムダスのことなどまるで関係ないといわんばかりにルークが俺の服の裾を引っ張る。
それを見てとうとう彼も諦めたようだった。
「と……兎も角っ!先ずはお着替えを。その後テーブルマナーをひととおりこなしていただきます。……ガイ、任せたぞ」
「仰せつかりました」
腰から深く一礼すると、ラムダスたちは不精不精ながらも引き下がっていく。
遠くに「まあ、ガイなら心配ないでしょう」「あの使用人とは思えぬ立ち振る舞いを、ルーク様にも見習っていただきたいものですな」と口さがなく囁きあう声が聞こえてくる。
俺の立ち振る舞いに疑問を持たないのも馬鹿馬鹿しいが、俺に聞こえているということは間違いなくルークにも聞こえているということで、そんなことにすら気を配れないのかとほとほと呆れてくる。
「さあ、行きますよルーク様」
ルークは俺の陰に隠れたまま、彼らが去った方を睨みつけるように凝視したまま動かない。
「……ルーク」
もう一度声をかけてやれば、ルークはまだ不満そうな表情のまま、それでもやっとひとつ頷いた。
「……ん」
無造作に目の前に手が伸びてくる。袖の釦はだらしなく垂下がったままだ。
ったく、なんで俺が着替えの面倒まで見ているんだ?いや確かに言い出したのは俺だけど。
「これくらい、自分でやれよ」
「できない」
「ったく……」
手首に付いた繊細な作りのカフスを留めてやると、ルークはいかにも邪魔そうに留められた釦をじろじろと眺め回した。
「なんでこんなメンドーなコトしなきゃならねぇんだろ」
「それはアナタが王族に連なる貴族だからですよ、ルーク様」
「……なんだよそれ。イミわかんねぇ」
輪をかけて不機嫌な顔をするルークの両肩に手を置く。まるで子供を説得する親か何かみたいだと心の中で自嘲する。
細い首周りには上質な刺繍の施された生絹のチーフが巻かれている。コイツ、こういう格好全然似合わないのな。やったのは俺だが。
「いいですかルーク様。ルーク様は将来ヒトの上に立つ身です。ヒトを導く者ならそれ相応の振る舞いを身につけないと」
反吐が出る。
馬鹿馬鹿しい。
コレがヒトを導くだって?
お前にそんな権利なんてない。お前にそんなこと出来る筈がない。
「嫌がってるけど勉強だって、施政や世界情勢のことを何も思い出せないままじゃ、これからに差し支えると――」
お前は――
もっと自由に生きている。
「……っあー!!うぜー!!!!」
耐えかねたのか、とうとうルークが癇癪を起こした。
首のチーフを乱暴に引き抜いて、床に投げつける。――ヒトが苦労して巻いてやったのに。
「やってらんねぇよこんなことッ!!なんなんだよッ!!毎日毎日毎日毎日レイギだキョウヨウだキゾクだなんだって!!ウンッッザリなんだよッ!!!!」
「落ち着け、ルーク」
「なんなんだよガイもみんなもッ!!回りくどい言い方ばっかして、オレのこと、バカにしてるんだろッ!?」
「ルーク!」
「……っ」
なおも何か言いたそうに、顔を赤くしてこちらを睨みつけてくる。
俺は大きくため息をひとつついて、ルークと真正面から顔を合わせた。
キムラスカ王族伝統の、毒々しい赤い髪。
それはどこか以前よりも、褪せて柔らかにも見える。
こちらを真っ直ぐに見つめる一対の翡翠。
昔感じた賢しい光は微塵も感じられず、ただそこにあるのは己の感情に忠実な子供独特の瞳だ。
……それでも、コイツは。
「ルーク『さ・ま』」
俺は殊更大きく息を吸い、敬称を強調してやった。
ルークは憮然とした顔のまま、ぷいとそっぽを向く。
「どんなに喚こうが我侭言おうが、アナタはファブレ公爵家の一人息子ですよ?」
そう、どんなに自由奔放な子供でも、流れる血は間違いなくキムラスカの赤の血。
例えただの子供であっても、憎まなければならない存在。
それでも、
「……しらねーよ、そんなのっ」
それでもお前は、簡単にそれを捨て去ろうとする。
何よりもそれは大事なものでなければならないのに。
「ルーク様」
「さまってやだって言っただろっ!!」
「ですが、ルーク様」
「ガイはいいんだよっ。ガイは使用人なんだろッ?なんでイチイチレーギなんか気にしなきゃならないんだよっ」
自分勝手な、我侭な物言いだ。
そんな勝手が通るわけないだろう。お前はバチカルの貴族なんだから。
使用人相手なら精々偉そうに振舞えばいいものを。先刻無造作に釦を留められない手を突き出したように。
「……でも使用人俺に対してそんな態度を取ってると、示しがつかないだろう?」
「いらねーよ、そんなの。イゲンだのシメシだのって、おれにはカンケーねー」
「関係なくなんて」
「いーやーだッ!ないったらない!」
「――いい加減にしろよルーク!」
「ッ……」
びく、とルークが身を震わせて、俺ははっと我に返った。
思わず激昂してしまった精神こころを落ち着かせるように深く深く息をつくと、今度は自分でも驚くほどに平坦な声になった。
「……何が不満ですか。そりゃあ、自由に外に出られない暮らしは息苦しいかもしれませんけど、その他は使用人も奥様方も充分良くしてくださっているでしょう」
そう、外に出られないだけで、あとは何不自由ない暮らし。
血とも争いとも痛みとも無縁の、鳥籠の舞台。
「王族であることこの家の何処が不満ですか」
持て囃される籠の鳥の、一体何が不満だというのか。
飼われた鳥は精々愛想を振り撒いていれば良いというのに。
王族なら王族らしく、大義名分を掲げて虚ろな喜劇を繰り広げていれば良いのに。
暫く口を噤んだままこちらの様子を伺っていたルークだったが、やがてぽつ、と小さく呟いた。
「……だって」
尚も怯えたような色を宿した、それでもただただ真っ直ぐにこちらを見据える瞳には、滑稽なほど虚ろな目をした俺の姿が映っていた。
舞台に立っているのは誰だ。
「だってガイはおれのともだちだから」
霞んで消えそうなほど小さく呟かれた言葉
何を言っているのか、わからない。
「……喋ったり遊んだりできねーの、つまんねーよ」
見上げる瞳を直視できない。
指に絡んだ赤い髪は、何よりも憎かったものの筈。
なのに、どうして。
凝った黒い感情が、砂の様にさらさらと
長い時を掛けて積み重ねた澱がいとも簡単に溶けていく
それが何よりも恐ろしい。
「……トモダチでもなんでも、やらなきゃダメなものはダメだ」
ようやっと、声を絞り出す。それを言うだけで、やっとで。
俺にとってお前はただの復讐の道具なんだよと、そう心で呟く言葉が、どうしてこんなにも――
まるで、鉛のように、重い。
その真っ直ぐな翡翠色の瞳を、正面から見られない。
ルークはこちらを睨みつけたまま、「ガイのばか」とぽつり一言だけ呟いた。
馬鹿な事かもしれない、まるでちゃちなごっこ遊び
キゾクとシヨウニンの友情を描く馬鹿げた喜劇
それでも俺は復讐者で
お前は
「……貴族なんだよ、ルーク」
ルークにではなく、自分に言い聞かせるように、呟く
それは逃れられない血の呪い、狂った遊戯のそのひとつ
付き合ってやろうじゃないか
お前らの貴族ゴッコに、だから
頼むから最後までその舞台を降りないでくれ。
END
消・化・不・良 orz
何が言いたいのか……精進します。