夕食を作っていたら、ひとつだけ、卵が余った。
時刻は日暮れ、夕食どき。
いつものように適当に、冷凍庫から色々出して、切って、混ぜて、炒めるだけの簡単料理。
ミックスベジタブルに、剥き海老。冷凍しておいたご飯はそれぞれ二人分。味付けは簡単だしの素に、マヨネーズは外せない。
と、最後に卵を二つ取り出して、あることに気付いた。
「ん?」
卵についた賞味期限。日付が今日になっている。
「あ、あー……やっべ、今日か」
冷蔵庫を覗くと同じ卵がもう一個。
今日の日付のシールがついた卵を睨みながら、考える。
自分なら、賞味期限の一日や二日、過ぎていたって気にもしないのだけれど。
でも一緒に食事をするもう一人は、そういうことを細かく気にしそうなタイプだ。
明日の料理当番はそのもう一人。きっとこの卵を見つけたら容赦なく捨ててしまうだろう。それも何だか勿体ない。
でもざっくばらんにチャーハンの中に入れるのも、何となく気がひける。だから、
「……卵焼きにでもすっか」
おかずをもうひとつ、増やすことにした。
いつものメニューにもう一品。
ご飯を炒めるフライパンとは別に、四角いフライパンを取り出して、火にかける。
薄く油を引いておいて、ボウルに賞味期限ギリギリの卵を割り入れた。
味付けは甘め。砂糖を入れて、これまた隠し味にマヨネーズは美味しさの秘訣。
菜箸でぐるぐる溶いていき、さてフライパンに流し入れようとしてふとその手が止まった。
卵一個の卵焼き。
できるのは、ちょっと小さい卵焼き。
いつもならそれで構わない。
どうせ食べるのは自分だし、捨てるよりマシ、といったつもりで作るだけなのだから。
でも、できるのはちょっと小さい卵焼きだ。
あんまりふわふわしていない、なんだか寂しい卵焼き。
それを見て、果たしてあいつは何て言うだろう。
「……」
止めた手をそのままに少しだけ考えて、再び冷蔵庫を開けた。
冷蔵庫の奥には、未開封の卵のパック。
まだ買ったばかりの新鮮卵だ。
躊躇いなくそれに手を伸ばし、封を開けた。
新しい卵をひとつ、取り出してボウルの中に割り入れる。
卵一個分の卵焼きは、卵二個分の卵焼きになった。
これできっと、ふわふわになる。
菜箸を使って新鮮卵を溶きながら、思わずふふン、と笑みを零す。
ただの余りモノだから、大した一品ではないけれど。
いつも口ばかり達者な相棒に、たまには美味いと言わせてやりたい。
これぐらい、俺にだって出来るんだぞ。そう言って笑ってやりたい。
あいつがわざわざチャーハンの練習をしているっていうことは知っている。
恐らく、今まで人に料理を振舞うなんて経験などしてこなかったであろう相棒が、キッチンに立って慣れない料理の練習をしている、なんて。
それがどんなに嬉しいか、きっと本人は知らない。
他でもないあいつが、他ならぬ自分のために何かをしようとしてくれていること。
それがどんなに嬉しいことなのかを。
だから、その喜びは同じく料理で返してやる。
二人交互にと決めた食事当番は、すなわちそういうこと。
今は同じようなレパートリーばかりで、自分だって大した種類を作れもしないくせに「他にレパートリーはないんですか」なんて言ってくる相棒に、だから今日はプラスアルファ。ついでに食材を無駄にしない有効活用。
足した卵一個分は愛情のひとさじ。
……そんなことを考えていたら、ちょっとだけ手許が狂った。
「だっ、あ、あー……」
綺麗な黄金色、中はふわふわの予定だった卵焼きは、ちょっぴり焦げて、ちょっぴりいびつになってしまった。
まあ、こんな日もある。真っ黒にならなかっただけ、マシマシ。
ふぅ、と小さくため息ついて、お皿にそれを盛り付けた。
炒めておいたチャーハンも一緒に。
「……おーい、バニーちゃん、メシ出来たぞメシ!」
さあ、あの気難しい相棒は、一体なんて言うだろうな。
卵焼きの卵は1個しか使いません。女子力低いので。
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