「よ、折紙」
「――タイガーさん、バーナビーさん」
 病室を訪れた来客に、ベッドに横たわっていたイワンが顔を上げた。

 ――能力犯罪者『ジェイク』との戦いから数日。
 比較的軽傷で済んだバーナビーと、能力を使って無理矢理怪我を癒した虎徹を除く三人は、戦いで負った怪我の治療のため入院生活を余儀なくされていた。
 今は虎徹が使っていた病床が空いたため、ヒーロー三人は現在同じ病室に押し込まれている。

「そのままでいい」と制されながら、イワンはベッドサイドにあるリクライニングレバーを操作して身を起こす。実際身体は大分調子を取り戻してはいるが、できる限り無理はしない方が良い、というのが医師の診断だ。

「お二人は、これから診察に?」
「ああ。もう治ったっつーのにちゃんと診てもらえって煩くてよ」
「虎徹さんのはただのやせ我慢でしょう。ちょっと運動しただけで動けなくなってたのはどこの誰ですか」
「そりゃ昨日の話だろ、一日経ちゃ十分だ」
「どうだか」
 二人の会話にイワンが思わず噴き出す。虎徹とバーナビーは決まり悪げにそれぞれ視線を逸らした。
 と、バーナビーは逸らした視線の先、奥のベッドがふたつとも空になっていることに気付いた。それぞれスカイハイことキースとロックバイソンことアントニオが入院しているはずなのだが。
「――折紙先輩、他のお二人は?」
 バーナビーに問われ、イワンがああ、と声を上げた。
「ロックバイソンさんは検査に、スカイハイさんはリハビリに行ってます」
「お前は? まだ調子悪いのか」
「僕はもう今日のスケジュールは終わったので……皆さんよりも、ずっと元気ですよ」
 言いながら微笑うイワンの顔色は常時に比べると決して良いとは言いがたい。強がっているのは明らかだ。
 虎徹が痛ましそうに顔を歪める。
「折紙、お前だってひでー怪我だったじゃねえか」
「それでも、僕は皆さんみたいに真っ向から戦ったわけじゃありませんから……。せっかく敵の本拠地まで乗り込んだのに、ジェイクの能力も見破ることができませんでしたし」
「人形を止める手立てを見つけてくださっただけでも十分ですよ。それよりも、ジェイクの能力がわかっていれば、先輩をあんな危険なところに送り出したりはしなかったのに」
 イワンの能力は姿形は完壁に擬態することはできても、思考まで擬態することは出来ない。そのため潜入はあっさりと見破られ、彼は絶体絶命の危機に陥ったのだ。
 だがイワンは小さく首を振って、バーナビーの言葉を否定した。
「僕は、タイガーさんやバーナビーさんのように強くはありませんから。だからせめて、僕に出来ることをしたかったんです。後悔は、してません」

 自分の能力は虎徹やアントニオのように肉体を強化するようなそれではないし、ネイサンやカリーナのように戦闘に使える能力でもない。だからといって、パオリンのように基礎身体能力に優れているわけでもない。
 はっきり言って、一対一の戦闘では自分は役に立たない。
 それならば、自分の能力で出来ることで戦いたいと思った。それが自分の役目だと思った。

「折紙先輩……」
 そんなイワンの心情を慮ってかバーナビーが口を噤む。その代わりに口を開いたのは虎徹だった。
「……折紙、お前が無事で、何よりだ」
 虎徹の手がイワンの頭を優しく撫でる。
「……ありがとう、ございます」
 その手が暖かくて、自分を見るバーナビーの目が優しい光を帯びていて、そんな二人の優しさにイワンはふわりと微笑を零した。

 正直、以前はヒーローという仕事が辛くてたまらなかった。負い目に悩み、自分の力の使い方に悩み続けた。
 だが様々な出会い、経験、思いを経てその意識は変わった。ヒーローとして街を、皆を守りたい。そしてそれ以上に仲間として皆の力になりたい。そんな思いがどんどん強くなっていく。
 出来ることなんて、本当に小さなことばかりかもしれないけれど。

「そうだ――」
 ふと思い出す。入院してからもうひとつ、やりたいと思っていたことがあることを。
 だがそれは自分ひとりではどうにもならなかった。だがきっと、彼なら知っているかもしれない。
 イワンは虎徹に向かっておずおずとそれを切り出した。
「タイガーさん、お願いがあるんですが……」





 アントニオとキースが病室へ戻ると、部屋の一角がカーテンで仕切られていた。

 普通、病室の大部屋はプライバシーが保たれるようベッドごとにカーテンで仕切ることが出来るようになっている。この病室もその例に漏れないわけだが、病室にモニターは共用のものがひとつしかないため、普段はカーテンを開け放しにしている。

 仕切られているのはイワンのベッドだ。アントニオとキースは互いに顔を見合わせた。
「……なんだ、折紙具合悪いのか?」
「――あっ! わーわーわー!!」
 アントニオが何気なく中を覗こうとして――突然返ってきた叫び声にぎょっとする。
「あのっ、すみません開けないでッ!!」
「……ああ?」
「折紙君、どこか具合でも悪いのかい?」
「そっ、そういうワケでは……ないんですけど……」
 イワンのうろたえた声にアントニオが怪訝な顔をする。キースも隣で首をかしげた。
「それなら、何故カーテンを?」
「それは……」
「まーなんだ、アレだ大したことじゃねーから気にすんな」
「それじゃ説明になってませんよ」
「……お前ら、何やってんだ」
 カーテンから突然顔を出した虎徹とバーナビーの二人に、アントニオは驚きを通り越して呆れた顔をする。

「ワイルド君、バーナビー君、二人は折紙君のお見舞いに?」
「ええ、まあ……そんなところです」
「とりあえず、折紙ンとこはそっとしておいてやってくれ」
 何故か必死にイワンのベッドを隠したがる三人に、アントニオとキースは再び顔を見合わせて、首をかしげる。
「……君たちがそういうなら私たちも追及はしないよ」
「それより虎徹、お前ら診察に来たんだろ? 下でお前らのこと探してたみたいだぞ」
「うわ、やっべえ! 忘れてた」
「だから言ったじゃないですか、急がないと間に合わなくなるって……」
「仕方ねーだろ! 思い出すのに時間がかかっちまったんだよ!」
「というより、虎徹さんが不器用なのが問題なんですよ」
「お前だって似たようなモンじゃねーか! ……あーくそ!」
 なにやら意味不明なことを毒づきながら二人がカーテンの外に出る。だがカーテンは再びぴったりと閉じられてしまい、中の様子を伺うことは出来ない。

「じゃな折紙、あとはがんばれよ!」
「はい、ありがとうございます!」
 中から明るい声が返ってくる。どうやら体調が悪いというわけではないようだ。

「じゃ、後でまた来るわ」
「来るのはいいがお前も無理すんなよ」
「そりゃお互いにな」
「虎徹さん、急いで下さい」
「わかったっつの」

 軽口を交わして慌しく出て行く二人を見送りながら、キースがしみじみと呟く。
「ワイルド君とバーナビー君はすっかり仲良くなったようだね。息がぴったりだ」
「……そーだな」
 寧ろ虎徹の似なくて良いところまで伝染ってなきゃいいがな、とアントニオは内心盛大なため息をついた。





 検査と定期診察とリハビリ。スケジュールが終わってしまえば後は安静が怪我人の仕事だ。だが意識がしっかりしてしまっていると安静という仕事はひたすら退屈なことこの上ない。差し入れに受け取った雑誌をばさりとテーブルに投げ出して、アントニオは大きく欠伸をした。

 隣のベッドはまだカーテンに仕切られたままだ。中の様子はわからないが、時折がさがさと何かいじっている音が聞こえてくる。だがそれも何をやっているかはわからない。

 そっとしておいてくれと言われた以上、余計な口出しはしないほうが良い。――が、他にすることがないとどうしても意識がそちらを気にしてしまう。
 キースも気になってはいるのだろう、ちらりとたまにカーテンの方へと視線をやっては戻す、を繰り返している。
 ちょうど顔を上げたところで目が合い、アントニオは覗いてみるか、と手で指し示した。
 それはダメだ、とキースが首を振る。ンなこと言っても気になるだろ、とアントニオが肩をすくめる。いやいや覗くなと言われたのだから覗くべきではない、とキースが更に首を振る。

「あの!」
 不意にカーテンの向こうから声がした。どうやら覗く、覗かないをやり取りする気配に気付いたらしい。
「僕のことは、気にしなくて良いですから」
「気にするなっつったてよお……」
 困ったように頭をかきながらアントニオが思わずぼやく。気にするなと言われても気になってしまうのだからどうしようもない。

「折紙君」
 キースがカーテンの向こう側にいるのであろうイワンへと声を掛けた。
「君が元気だということは声を聞けばわかる。だが出来れば私は君の顔を見て君が元気であることを確認したいと思っているんだ」
 それまで続いていたがさがさという音が止まる。沈黙が三人の間を支配する。
 やがて、小さな声がカーテンの向こうから聞こえてきた。

「……あの、ホントに、もう少しなんです。だから、もう少しだけ、すみません」
「そこまで言うなら無理強いはしないが……」
 それにしても、何をそこまで隠したがっているのだろうか。
 アントニオとキースは同時に肩をすくめ顔を見合わせる。と、こんこんっ、と入り口で来訪者を告げるノックの音が響いた。
 ノックをした主は無作法にも中の返事も待たずにドアを開ける。
「よう、さっきは悪かったな」
 入ってきたのは診察を終えた虎徹とバーナビーだ。虎徹はなにやら手に小さなビニール袋を携えている。だが大きさから考えてどう見ても土産や差し入れの類ではなさそうだ。

「おいおい、なんか見舞いぐらい持って来いよ、気がきかねぇな」
「見舞いなら後でファイヤーエンブレムたちが来るらしいからそっちに強請れよ。俺は怪我人だぜ、一応」
「都合の良いときばかり怪我人にならないでください」
 背後からの厳しい突っ込みに思わず全員が苦笑する。

「それよりも。それ、渡さなくて良いんですか」
「ん? ああ、今渡すって」
 バーナビーに小突かれ、虎徹はぶつぶつ言いながらひょい、とカーテンの中を覗き込む。
 アントニオたちがぎょっとするが、予想に反して先程のような悲鳴めいた声は聞こえなかった。だがそういえば先程まで虎徹たちは中にいたのだ、ということに気付く。

「折紙、どうだ? 出来たか?」
「あ、はい。今、これだけ……」
「あーこれだけあれば十分だろ。それであとはこれを使って、ここをこう……」
「……すごいですね」

 カーテンの向こうから何やら声が聞こえてくる。バーナビーはやれやれといった風情で壁に背を預けているが、何をやっているのか気になる二人はついつい聞き耳を立ててしまう。

 やがて。
「……出来た」

 イワンの小さな呟きが聞こえた。楽しげな虎徹の声が続く。
「初めてにしちゃ上出来じゃねーか。よし、渡して来い」
「はいっ」
 シャッ! と勢い良くカーテンが開けられた。区切られた一角が遮っていた光が部屋に差し込み、室内が僅かに明るさを増す。
 カーテンの向こうには楽しそうな表情を浮かべている虎徹と、松葉杖で立つイワンがいた。軽く包帯が巻かれた手に、何かを持っている。

「折紙?」
「折紙君?」

 怪訊そうな二人をよそに、イワンが松葉杖をついてゆっくり歩きだした。すっとバーナビーが動いて、イワンをサポートする。
 イワンはゆっくり、ゆっくりとした動作でそっとキースのベッドの傍へと近づいた。
「……折紙君?」
 キースが心配そうな目で、ベッドサイドに立つイワンを見上げる。
 イワンはにこりと微笑むと、バーナビーの手を借りながらキースのベッドサイドに何やら括りつけた。
 かさ、と小さな音がする。色とりどりの紙で出来た飾りものと思しきそれを、キースは不思議そうに見つめた。
 隣のベッドでアントニオも怪訝な顔をしている。

「折紙君、この綺麗な飾り物は、なんだい?」
「……千羽鶴、って、いうんです」
「センバヅル」
「鶴、っていう、長生きな鳥を千羽作って作る飾りです。病気や怪我をした人に、早く良くなりますようにって祈りを込めて作る、日本の風習です」
 時間がなくて、千羽は作れませんでしたけど……とイワンがはにかむ。

 それは昔、彼が大好きな日本という国について調べたときに知ったもののひとつだった。
 病気の平癒と健康、そして平和を祈って作られる千羽の鶴。
 千の祈りを束ねたそれは色鮮やかに彼の心に染みて残った。
 誰かのために、自分が出来ること。

 たとえ小さな祈りでも、たとえ小さな力だとしても。それが集えば大きな何かになりうるのだという、証に思えた。

「あの……邪魔だったら、すぐ外してもらっても……」
「いや」
 おずおずと、申し訳なさそうにキースを見るイワンに、キースは小さく首を振った。
「とても綺麗だ。そして、素晴らしい」
「え」
 キースがやおらイワンの手をぎゅっと握る。
「これは私たちの怪我を慮って作ってくれたということだろう? 折紙君のその優しさに私は感動した、そして感激した!」
「え、ええっと、あ、あの」
「喜んでもらえて、何よりだと思いますよ、折紙先輩」
「そ、そうでしょうか」
 予想外の好反応に戸惑うイワンに、更に後ろからお呼びが掛かる。
「おいおい、俺には何もナシか?」
「あ、それは」
 からかうようなアントニオの言葉に、だがその答えは全く別のところからやってきた。

「あら、アンタにはアタシからプレゼントしてあげるわ」
「は? ――ぶっ」
 突然顔の上にがさっと何かを置かれ、アントニオが慌ててそれを取り払う。
 手に掴んだそれは千羽鶴だ。ただしイワンが作ったそれより少々、というかかなり色味が派手派手しい。

「な、んじゃこりゃ」
「あらなんじゃこりゃとは失礼しちゃうわね」
 いつの間にかアントニオのベッドサイドに佇んでいたのは、「――ファイヤーエンブレムじゃねえか! 何だお前、いつの間に」
「ちょうど今よ! ンもう、アタシが入ってきたことにも気付かないなんてニブいわねぇ」
 失礼しちゃう、とぷりぷり怒ったようにネイサンが肩を揺らす。全身を彩るスパンコールが病室の明かりでチカチカと光った。
「にしても、これ、どーしたんだよ」
「私たちが作ったのよ」
 病室の入り口から声がして、全員が視線をそちらに向ける。そこには病院に似つかわしくない健康的な少女が二人。

「ローズに、キッドも来てたのか」
「うん。お見舞い」
 はいこれ、とパオリンが虎徹に果物籠を渡す。虎徹は「俺に渡してどーすんだよ」と苦笑しながらそれをイワンのベッドサイドに置いた。「ちょうどそこに立ってるからだよとパオリンが肩をすくめる。

「作ったって、お前らがコレを?」
「そーよ。びっくりしたわよ、いきなり折紙から連絡が来て、皆で作ってほしいって」
 なんか細かいしよくわかんないし大変だったんだからね、とカリーナが誰にともなく文句を言うが、その表情は言葉とは裏腹に何やら嬉しそうだ。
「けど、結構面白かったよ。タイガーって案外器用なんだね」
「そ、そうね。それは認めるけど」
 ホァンがあっけらかんと口にした褒め言葉に、カリーナもそれに同調した。何だかんだいって楽しかったらしい。

「うふふ、オンナノコの手作りのお見舞いよ、喜んで受け取りなさい」
「……ああ、ありがとな」
 オンナノコ、にものすごく何か突っ込みたい衝動を必死に堪えながらアントニオがどうにか礼を口にする。ネイサンはひょいとアントニオの手から千羽鶴を奪うと手早くそれをベッドサイドへ括り付けた。

「しかしまぁ、面白いこと考え付くなお前らも」
「考えたのは折紙だけどね。ま、いーんじゃない別に悪いことじゃないし」
「だが、どうして隠していたんだい?」
「それは……その、せっかくだから、驚かせたくて」
「プレゼントはサプライズの方が面白いに決まってるからな」
「それで失敗した人が何言ってるんですか」
「……あれは特殊な例外だ、例外っ!」
 皆の割と好意的な反応にイワンは内心ほっと息をつく。正直、全て自分の独り善がりだったらどうしようと思っていたのだ。喜んでもらえたことで自然とイワンの顔も綻ぶ。
 その笑みを見て、不意にキースが「そうだ」と声を上げた。
「折紙君、私にもこの『センバヅル』の作り方を教えてくれないか」
「えっ!?」
 何を言わんやと全員の視線がキースに集まる。キングオブヒーローはその注目を全く気にすることなく言葉を続けた。
「この『センバヅル』は怪我が早く良くなるように作るものなのだろう? なら私たちは折紙君のために『センバヅル』を作ろうじゃないか!」
「え……ぼ、僕に……?」
「あらいいわねそれ」
 真っ先にネイサンが同意する。他のメンバーも頷いた。
「折紙も怪我人なんだし、いいんじゃない」
「面白いし」
「お前ばっかり作るってのは不公平だしな」
「今回一番大変だったのは折紙先輩ですから」
「――……」

 次々に上がる同意の声に、イワンは周りを見回して言葉にならない声を零す。と、不意にぽん、と頭にあたたかいものが触れた。
 いつの間にかイワンの隣に立っていた虎徹が、イワンの頭をくしゃりと撫でる。
「……良かったな、折紙」
「……はいっ」

 労わりと労いのこもった声に、イワンは大きく頷き返した。


















13話視聴後。愛され折紙が愛しくてたまらない。この頃はバニーちゃんがまさか「虎徹さん」呼びで固定されるとは思ってもみなかった(遠い目)


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