――それは、とある年のクリスマス・イヴに起こった出来事。
 きっかけは、クラスで起こったちょっとした言い争いだった。



「サンタさんなんているわけないじゃん!!」

 少年の、半ば嘲りを含んだ声が教室内に響く。

「いるもん!!」

 それに対して少女の泣きそうな声が反駁した。

 それはクリスマスが近付くと良く見かける光景だった。
 子供たちの夢と希望の象徴であるサンタクロース。
 その実在の是非について、他の子供たちよりちょっとだけませた子が、健気で純真な子を見下して囃し立てる――という、ある意味子供時代の通過儀礼というか恒例行事というか、要するにその類のものである。
 ここオリエンタルタウンの学校で繰り広げられている彼らの言い争いもその例外ではなく、誰から聞き知ったものやら「サンタさんはいない」という現実を自慢げに振りかざす少年にまだ夢を諦めていない子供たちが噛み付いている。

「いないんですぅー! お前らまだそんなの信じてんのー」
「だっていい子にしてたらちゃんとプレゼントくれるもんっ! 朝になったらプレゼントあるもん!!」

 サンタを信じるに値する物的証拠を叫ぶ少女に、少年はいかにも子供だましだと言わんばかりに叫び返す。

「サンタさんは『お父さん』がやってるんだぜ!!」
「――それ、ホントッ!?」

 夢のない少年の言葉に反応したのは、それまで言い争いをしていた少女ではなかった。

「ねえ、ホント? サンタさんはお父さんなの?」

 たたたっ、と少年に駆け寄ると、その少女――楓は何故か目を輝かせながら更に問いただしてくる。
 その様子に少年は多少たじろぎつつ、自らの博識を自慢するように胸を張った。

「あ、ああ……そーだよっ、サンタさんは本当はお父さんなんだッ」
「違うもんっサンタさんはちゃんといるもんっ!」

 味方を得たと思ったかだんだんと語尾が自信ありげなものになっていく少年に、先程まで必死に反論していた少女がまた声を上げる。

「私サンタさんからお手紙貰ったもん!」
「だからそれもお父さんが書いてるんだって!」
「違うよー! ちゃんとサンタさんだったもん!!」
「だからそれは――」

 他の子供たちがまた決着のつかない言い争いを再開していたが、楓はそんなことなどお構いなしでひとり、嬉しそうな笑みを浮かべていた。

「サンタさんが、お父さん……」



 楓の家にはお母さんもお父さんもいない。
 正確には母親とは幼い頃死別し、単身赴任の父親とは離れて暮らしているという状態だ。だから本当に存在しないというわけではない。楓の遠い記憶の中にはちゃんとあたたかい母親のぬくもりがあるし、やや過保護気味な父親とは良く電話で連絡を取っている。
 それでも、傍にいないことには変わりない。

 ――けれど、もし本当に、サンタさんがお父さんなら。



 学校から帰り玄関をくぐると、ダイニングの方からぼそぼそとした話し声が聞こえていた。
 家には普段祖母である安寿しかいないはずだから、誰かが来ているのだろう。

「――り、あいつは今年も――」
「ええ――本当はお休みを――」

「おばあちゃん、ただいまっ!」
「ああ、お帰り楓」
「お帰り」
「村正おじちゃん!」

 ダイニングにいたのは楓の伯父である村正だった。その傍らには白くて大きな箱がある。クリスマスケーキを持ってきてくれたのだ。
 鏑木家のクリスマスはいつも、安寿が豪華なご馳走を作り村正がクリスマスケーキを準備する。そして二人ないし三人でクリスマスを祝うのが常だった。
 ……父である虎徹はと言うと、いつも仕事が忙しく、また遠いシュテルンビルトで働いているので、滅多に帰ってこない。それはクリスマスでも例外ではなく、いつもこの時期になると「ゴメンなぁ〜楓ェ〜!」と思いっきり眉尻を下げて電話をかけてくる。
 でも――

「おばあちゃん、あのね――」

 楓はうきうきと今日学校で聞いた話を話そうとして、ぴた、と言葉を止めた。
 もし、もし本当にサンタさんがお父さんだとしたら、それを安寿が知らないはずがないだろう。
 けれど今まで一回も「サンタさんがお父さんだ」という話を耳にしたことがなかった。
 それはつまり、自分を驚かせるために皆で内緒にしているのではないか? と思ったのだ。
 だとすれば今、自分がそれを知ってしまったことを口にするのは得策ではない。

「うん? どうかしたかい?」
「――ううん、なんでもない。クリスマス、楽しみだねっ」

 楓の言葉に安寿はきょとん、としたあと「ああ、そうだねぇ」と微笑った。

「楓は今年もちゃんといい子にしていたから、きっとサンタさんがプレゼントを持ってきてくれるよ」
「うんッ!」

 村正に頭を撫でられながら、楓は無邪気に頷いてみせた。



 そして、その夜。
 安寿の作ったクリスマスのご馳走とケーキを存分に堪能し、一息ついた頃にはすっかり夜も更け、いつの間にか就寝の時間になっていた。

 洗面所できちんと歯磨きをした楓がダイニングに戻ると、ちょうどテレビではHERO TVの中継が流れているところだった。クリスマス・イヴでも犯罪者は休むことを知らないということだろう。

『うぉりゃあああああああああ!!!!』
『おおっと! ここでワイルドタイガー、豪快に壁を壊して突入、犯人確保だーッ! 「正義の壊し屋」の名前はダテじゃないーッ!』

 ワッと盛り上がる声が聞こえる。大人二人はじっとその映像を見入っていたが、それにあまり興味がない楓はさっさと自室に戻ることにした。

「それじゃあ、おやすみなさい!」
「おやすみ。ちゃんとあたたかくして寝るんだよ」
「はーい」

 良い子らしく返事をし、自室に戻りパジャマに着替えてベッドにもぐりこみながら、楓はわくわくする心を抑えきれずにいた。
 いつもは眠っている間にそっとやってきてプレゼントを置いて去ってしまうサンタさん。だから、今年は……今年こそはちゃんと起きて、サンタさんに、――お父さんに「ありがとう」と言うつもりだった。

 部屋の明かりを消し、布団を頭まですっぽり被ってそれでも目はしっかり開いている。サンタさんがいつ来るかわからないけれど、それでもちゃんと起きていられるようにあらかじめお昼寝もしている。準備はばっちりだ。
 ――とは言え、明かりを消して真っ暗にし、しんと静まり返った部屋の中……黙ってぬくぬくの布団に包まっているだけというのはなかなかに厳しい。
 楓は幾度も襲ってくる眠気と必死に闘いながら、懸命にその時を待った。



 そして……時計の針が何周か巡った後――

 キィ……と静かに音を立てて、楓の部屋のドアが開いた。

(……来た……!)

 眠い目を必死に擦りつつ、楓は布団の中できゅっと身体を強張らせた。
 頭まですっぽり被った布団の隙間から、そうっと様子を窺う。
 部屋の中が暗いせいで、入ってきた人物の顔まではわからない。けれど暗がりの中でもその人物が長身で赤いふわふわした服を着ていて、手に何か持っている、ということだけはわかった。

(お父さん……?)

 クリスマスの夜、やってくるのはサンタクロース。
 でも学校の友達は「サンタはお父さん」だと言っていた。
 それなら、今目の前にいるサンタの格好をした人は……

 その人物はそろり、そろりと足音を立てないよう細心の注意を払いながら、そっと楓のベッドへ近付いてくる。
 離れすぎていると顔を確認する前にぱっと姿を隠されてしまうかもしれない、だからもう少しだけ我慢して、逃げられないところまで近付くのを待って、――でも……もう、我慢できない。

「――お父さんッ!!」
「うわッ!?」

 とうとう我慢できなくなって、楓は思い切りベッドから飛び起きるとそのままサンタ姿の人物へと飛びついた。
 サンタの格好をした誰かが驚いて声を上げる。だが――その声を聞いて楓ははっとした。

「か、楓……起きてたのか」
「え……え……?」

 低い、男の人の声。耳に馴染んだ良く聞いたことのある声だ。
 存分に戸惑いと驚きを含んだ声に、楓も同じように戸惑って何度も首を傾げる。

「どうしたの楓、何かあったの?」

 やがて騒ぎを聞きつけた安寿が楓の部屋へやってきた。
 ぱちん、と無造作に部屋の明かりがつけられて、暗かった部屋が眩しいくらいに明るく照らされる。
 楓は呆然と――灯りに照らされた、サンタ姿の人物を見上げて、呟いた。

「……村正、おじちゃん……?」



「……いや、まさか起きてたとはな。バレないようにしたつもりだったんだが……」

 村正がバツ悪そうに頭を掻いた。後ろで安寿もあらあら、といった表情を浮かべている。
 見ると村正が着ているサンタクロースの衣装はどことなく草臥れている感がある。恐らく随分と着古しているものなのだろう。

「サンタさんは……村正おじちゃんだったの?」

 楓がぽつり、とそう訊ねる。村正と安寿はお互い顔を見合わせた後、曖昧に頷いて、言った。

「……それは、明日話そうか。今日はまだ夜中だから、ちゃんと寝なさい。寝ないで起きていたんだろう?」
「でも」
「楓」

 安寿に強く呼ばれ、はっとして顔を上げる。しかめっ面を浮かべた安寿に眦を下げ、楓は大人しくベッドに戻った。

「安心しなさい。プレゼントは明日の朝、ちゃんと渡すから」

 村正は慰めるようにそっとそう告げると、灯りを消して部屋を出て行く。項垂れた楓を見てプレゼントがもらえなくなると思って落ち込んだと勘違いしたのだろう。
 その優しさに少しだけ救われながら、それでも楓の心は晴れなかった。

 サンタさんは、お父さんだって言っていたのに。

 やわらかな布団を頭まで被って、楓はほんの少しだけ、泣いた。





 そして――翌日の朝。

 ほんの少し瞼を腫らした楓と、安寿そして村正の三人がダイニングで向き合っていた。

「ごめんね楓、騙すつもりはなかったんだけど……楓の夢を壊しちゃいけないと思って」

 申し訳なさそうにする安寿に、楓は殊勝に「ううん、いいの。ありがとうおばあちゃん」と微笑った。
 話を聞くと、どうやら毎年楓の枕元にそっとプレゼントを置いていたのは、サンタに扮した村正であったらしい。因みにサンタの衣装は酒屋で使っていた自前のものだそうだ。

「万が一見つかってもいいようにサンタの格好をしていたんだが、まさか抱きつかれるとは思わなかったからな」

 苦笑しながら、いつもの服装に戻った村正は「ほら、改めてクリスマスプレゼント」と昨日枕元に置き損ねたプレゼントを渡してくれた。

「ありがとう、村正おじちゃん」
「いいんだよ、楓は今年もちゃんと良い子にしていたんだから。……それに、サンタさんにも会わせてあげられなかったからな」
「……」

 心底申し訳なさそうな村正の言葉に、楓は答えを返せず思わず俯いてしまった。
 村正は、恐らく気付いているのだろう。楓が、本当は誰に会いたかったのかを。昨夜、楓が口にした言葉によって。
 だから、自分がサンタでなくて――楓の望むサンタでなくてすまないと、そう言っているのだ。

「楓……」
「――ううん、いいの。プレゼント、嬉しい。ありがとう、おばあちゃん、村正おじちゃん」

 ぐっと顔を上げ、精一杯の笑顔を作って、二人に見せる。自分は大丈夫だから、そう告げるように。



 ――楓は聞き分けの良い子供だった。安寿に我がままを言って困らせることもないし、駄々をこねるようなこともない、良い子過ぎるぐらいに良い子だった。

 ――だから、もしかしたら、そんな彼女に本物のサンタクロースがそっとプレゼントを用意してくれたのかもしれない。



 ガタンッ!! バタンッ!! ――クリスマスの朝に想像しい物音が響いたのは、そのときだった。

「な、なんだい!?」
「玄関か? ――ちょっと見てくる」

 驚いて顔を上げた安寿に冷静にそう告げ、村正が慌しく玄関へ向かう。
 窃盗か、はたまた何かの事件か。清々しい朝に相応しくない騒ぎの予感に身を強張らせていた安寿と楓だったが、次に聞こえてきた声にお互い目を丸くした。

「――お前!! なんだこんな朝から、しかもそんなだらしない格好で!!」
「だっ! 仕方ねーだろ夜行飛び乗って慌てて帰って来たんだから――」

「――虎徹!?」
「ッ……!!」

 安寿が仰天して腰を浮かす。その隣で楓は勢い良く椅子を蹴っていた。

「っ、楓!」

 ガタンッ!! と椅子が倒れる盛大な音がしたが、それにも構わず楓は廊下へ飛び出した。
 いつもならはしたない、と怒る安寿も、今は咎めようとしない。
 きっと今日ぐらいはちょっとぐらい、はしたなくったって許されるに違いない。
 だって今日は――良い子の許に、サンタクロースがやってくる日なのだから。

 そして飛び出した廊下の先、玄関にいたのは、呆れた表情で微笑を浮かべる村正と――

「――お、おー楓ぇ!! おはよう、いやえーっと、メリークリスマス?」
「……お、とうさぁんッ!!」

 電話越しではない、久々に見る父の姿に、楓は矢も盾もたまらず飛びついていた。

 きっと相当慌てて、しかも急いで来たのだろう、服はしわくちゃだし髪はぼさぼさだしサンタクロースの格好もしていないけれど、それでも。

(やっぱり、サンタさんはお父さんだったんだ)

 ――その年の楓にとって、それは最高のクリスマスプレゼントになった。


















フォロワーさんがイヴに呟いてたネタがすンごい心に響いて、思わずちょろまかして書かせていただいたもの。
クリスマスに間に合わせるために勢いで書いたんで文章がかなり雑ですが…ハッピーエンドにしたかったんだ…



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