「……って」
突然の呟きに、バーナビーは眉をひそめた。
口付けの直後である。
トレーニングの後いつものように口付けをせがむバーナビーに、お前ンなトコで誰かに見られたらどーすんだスキャンダルとかそういう次元じゃすまねーだろ特にお前はなどと必死に逃げを打つ虎徹に対してロッカールームの入り口は鍵をかけてありますから誰かに見られることなんてないですよと先手を取った上でのキスだ。
彼は大体逃げ道を塞いでおけば観念してくれるのだが、何故か今日はすぐに唇を離すとそのまま顔を背けて俯いてしまう。
恐らく無意識にだろう右手で唇を押さえているのを見て、バーナビーは何となく何があったか察した。
先程一瞬唇が触れたときに感じたざらりとした違和感。それだ。
「……虎徹さん、唇荒れてるじゃないですか」
「……お前、わかってンなら今日ぐらい遠慮しろよ」
「今触ったから気付いたんですよ」
恨みがましい視線を寄越す虎徹に「ちょっと見せて下さい」と無理矢理顎を持ち上げて上向かせる。
「いーっつの手ェ放せ痛い痛い」
「ああ、ガサガサになってる」
冬が近い。最近空気が乾燥しているから、そのせいだろう。
バーナビーは顎を持ち上げていた手を放すと、振り返って自分のロッカーを開けた。
「待って下さい、リップバームありますから」
「だからいいっつーの放っておけば治るだろ」
「放っておいたからそこまで荒れてるんじゃないですか」
「じゃー舐めときゃ治る」
「舐めたら悪化しますよ」
「っだ! あー言えばこう言う――」
「ほら、虎徹さん、使って下さい」
なおも何か言い募ろうとする虎徹にバーナビーは自分のリップクリームを差し出す。彼が使っているのは天然素材のみを使用したこだわりの品だ。その辺りの店で適当に買ったものではなく、わざわざ取り寄せで購入しているものである。
だが虎徹は胡乱げな視線をリップクリームに向けたまま、受け取ろうとしない。
バーナビーは少々呆れた声で言った。
「何ですか塗ってほしいんですか」
「ンっなワケねーだろ!」
「じゃあさっさと」
受け取って下さい、と続けようとしたバーナビーに、虎徹は視線を逸らしながらぼりぼりと頭を掻く。
「や、だってお前リップとかさあ……あんま男がつけるモンじゃねーだろ」
ぼそぼそと言い訳を口にする虎徹に、バーナビーはリップクリームを向けた格好のまましばし固まる。
そして「……はぁぁ……」と如何にもわざとらしい態度で嘆息した。
「……全く、本当に古いですね、おじさんは」
「だッ!?」
「リップバームは口紅じゃありませんよ。立派なケア用品、塗り薬と同じです。女性でも男性でも関係ありません」
言いながら、バーナビーは手にしていたリップクリームのフタを取る。
清潔感のあるミントの、独特の香りがふわりと鼻先を撫でた。
スティック状のリップクリームの先を少し繰り出す。確かにこの動作は女性が口紅をつけるときのそれと同じだから、彼が何となく敬遠するのもわからないではない。
だがだからといって放置していいものではない。唇の荒れは炎症のサインだ。それに何より、キスしたときにガサガサするのは正直我慢できない。
もっとも、それは自分にも言えたことだが。
せっかくなので、繰り出した薬剤をそのまま自分の唇に塗る。
ミントの香りのするそれを塗った後の感覚は、唇同士を触れ合わせるのとはまた違った独特の違和感がある。
バーナビーがリップを塗っている姿を虎徹がまじまじと見つめていた。
「……なんですか」
「……いや、なんつーか」
怪訝な顔で首を傾げると、虎徹はふいっと気まずそうに視線を逸らす。
何とか場をはぐらかしたいと思っているのがばればれで、今度はバーナビーがじっと虎徹を見つめた。
はぐらかされるものか、と言わんばかりのバーナビーの視線をちらちらと見返しながら、虎徹は観念したように小さく呟いた。
「……お前がつけてると、なんか、そのー……なんつーか」
ごにょごにょと尻すぼみになっていく。
全く意味不明だが、それでも少しだけ赤くなった頬やちらちら定まらない視線に何となく言いたいことを察して、バーナビーはすっと目を細めた。
口角を上げて、耳元に顔を寄せてそっと囁く。
「――虎徹さん」
びくっと僅かに震えた肩を引き寄せる。
なおも逸らされたままの顔を顎を捉えて無理矢理こちらを向かせてやると、バーナビーは問答無用で手にしていたリップクリームを虎徹の唇に押し当てた。
「やめッ……!」
「黙って」
抵抗しようとするのを牽制して、かさつき始めている唇にリップクリームを滑らせる。
爽やかなミントの香りがふわりと漂った。
「……はい、できました」
「――っ……」
塗り終わって、ご褒美とばかりに唇の端に小さくキスをする。
小さくリップ音を立ててやってようやく溜飲が下がった気分になり、バーナビーは捕らえたままだった顎を離してやった。
結構荒れているようだったから少し定期的に様子を見ていないといけないだろう。
なんなら彼用に自分と同じものを買って渡そうかとも思ったが、やっぱり止めておこうと思い直す。
どうせ渡したところで自分では使わないだろうし、毎回手ずから塗ってやるのは中々に楽しそうだ。ついでに毎回間接キスのおまけ付きなら言うことなしだろう。
「あーなんかやっぱ……これ、気持ち悪いっつーか慣れねーっつーか」
バーナビーが胸中で密かに不穏な計画を立てているとも知らず、虎徹はしきりに自分の唇を気にしている。
それを見てバーナビーはきっぱりと釘を刺した。
「ああ、擦ったらダメですよ。もし擦ったら人前でも何でも関係なく、また付け直します」
「だッ!? ちょ、おま、何考えて」
慌てて唇から手を離す虎徹にほんの少しだけ残念に思いつつも、どうせこの後食事に行けばいやでも取れてしまうのだからまたその時に塗ってやればいいかとこっそりほくそ笑む。
気まぐれに唇を寄せた手許のリップクリームからは、彼に口付けたときと同じミントの香りがした。
最近は割とみんなリップつけるよね
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