「……」
アンダースーツの上から装着したヒーロースーツを、バーナビーは改めてじっくりと見下ろした。
白と赤を基調とした流線型のデザイン。アポロンメディア社ヒーロー事業部の最新モデル。……だったものだ。
『だった』というのは他でもない、先ほどまで自分が身につけていたスーツが、名目上はアポロンメディア社の最新モデルとされているからだ。
黒を基調とし、赤のクリアカラーでデザインされたスーツは誰あろうアルバート・マーベリックが用意したもので、正体の知れぬ偽者のワイルドタイガーと揃いのデザインで用意されたものだった。
ふっと顔を上げる。そこに自分と同じくヒーロースーツを身につけた虎徹の姿があった。
先ほど自分との戦闘でぼろぼろになってしまったものではない、斉藤さんが用意してくれた新しいものだ。白とライトグリーンを基調とした、自分とは対照的な――だがどこかとても『彼らしい』デザイン。
バーナビーの視線に気付いた虎徹が首をかしげた。
「うん? どした、バニー」
「いえ……」
曖昧に返事して、再び自らが身につけているスーツを眺める。
赤と白。先ほど自分が身につけていたスーツとは真逆の色彩配置。
最新型と言われた先ほどの黒いスーツを思い出す。あれは、斎藤さんが「どんな仕掛けがあるかわからない」と先ほど手ずから廃棄処分していた。
確かに、性能はとても良かったように思う。動きやすさ、肉体的なサポート機能、その他諸々……。だがそんな設計にも関わらず、どこか装着者のことを考えていないような――酷く無機質さが際立つような、違和感を覚える、そんなスーツ。
閉ざされた視界から視えたのは、真っ赤に染まった視界。
怒りと、憎しみと、歪曲された情報に包まれて、黒く赤く染まった視界。
すっと目を閉じて、あの時自分とともにいた『偽者』のワイルドタイガーの姿を思い出す。
一緒に居たのはほんの数刻。その間ついに一言も発することのなかった彼は、まるで獲物を定めた狩人の如く前線へと飛び出していった。その行方は知れないが、恐らくマーベリックの許へ戻っているのだろう。
先の自分と同じ黒のスーツからは、やはり酷く無機質な印象しか抱けなかった。
――面を上げる。明るくなった視界に顔を上げれば、そこに白い姿がある。
同じように面を上げて、こちらの視線に気付くとふっと微笑んだ。人情味の溢れる笑顔。
これから戦いに行くというのに――どうしてそんな風に、微笑めるのか。
そして――どうして、その笑顔に――
こんなに安心できるのだろう。
つられるようにして、バーナビーも微笑う。
「……やっぱり、こっちの方がしっくり来るな、と思いまして。僕も――あなたも」
まさかそんなことを言われるとは思っていなかったのだろう、虎徹は少しだけ驚いたように目を瞠って、そして照れくさそうにまた微笑を浮かべた。
「……だな」
『そうだろうそうだろう!!!! 何と言ってもそのスーツは私が長い時間と労力をかけて開発した特製のスーツだからな!!!! もっと褒めていいんだぞ!!!!』
スピーカーから突如ガンガンに響いた斉藤さんの声に二人して顔をしかめて、そして顔を見合わせてまた笑う。
戦いの前だというのに、どうしてこんな風に笑いあえるんだろう。
どうしてこんなに安心できるのだろう。
――そんな理由、とっくにわかりきっているのだけれど。
「……やっぱり、ワイルドタイガーはあなたでないと」
「――何か言ったか?」
「いいえ」
先ほどと同じようにはぐらかす。だがきっと今の声は聞こえていたのだろう、虎徹は妙ににまにました嬉しそうな笑みを浮かべて、そして小さく「バニーちゃん」と呼んだ。
「何ですか?」
「……ありがとな」
小さな声で呟いて、そして今度は照れくさそうに頬を掻きながら目を逸らした彼に向かって、今度こそ聞こえないよう心の中でそっと答える。
(……お礼を言うのは、こっちの方です)
傍にいてくれてありがとうと。
自分を取り戻させてくれてありがとうと。
あなたが僕のバディで良かったと。
そして、できればこれからもずっと――
たくさん言うべきことはあったけれど、今はそれを全て仕舞って、面を下ろす。
クリアな視界から視えるのは、今やるべきことと、そして誰よりも心強い存在の姿。
――伝えたいことを伝えるのは、全てが終わってからでいい。
だから今は、真っ直ぐ前に進むことだけを考えよう。
誰でもない、自分のために。そして、彼のために。
「――行きましょう、虎徹さん」
Peace of mind=安心する
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