「……――」
 唇が戦慄いて、言葉にならない何かを紡ぐ。
 何と言おうとしたのか、自分でもわからなかったのだけれど。



 ヒーローとして出動するため、バーナビーは最新鋭の設備が整ったトレーラーへと乗り込む。
 その翠の瞳の奥に燃え盛る怒りを押し隠しながら。
 今回のターゲットは、NEXT能力を持つ殺人犯――自分が慕っていた乳母を、その手にかけた人物。
 手配書に貼り付けられた犯人の顔写真を脳裏に思い描き、バーナビーは小さく顔をしかめる。
 人相の悪い、冴えない顔をした男だった。もし彼がNEXT犯罪者などではなくただの一般市民で、街中ですれ違うようなことがあってもきっと気に留めることもない、そんな男。
 ――そのはず、なのに。

 ちらちらとその顔が脳裏を過ぎって離れない。
 あの顔が鮮烈に脳裏に焼きついて離れない。
 この胸の中にじりじりと燻る感情は――怒り、だろうか。

 乗り込んだトレーラーの中には先客がいた。
 バーナビーはその黒い人影に曖昧な笑みを向ける。
「待たせましたね、……タイガー、さん」
 胸を駆け巡る違和感。
 マーベリックが用意した新しい漆黒のスーツに身を包んだワイルドタイガーは、別に待ってねえよ、と言わんばかりに肩をすくめて見せた。
 彼は、自分のパートナーとして選ばれたヒーローだ。
 自分と同じNEXT能力を持ち、ヒーロー界初のコンビとして売り出すために選ばれた、古参のヒーロー。
 彼は自分と違い、素顔も本名も公開されていない。一般市民だけではなく、仲間であるヒーローたちにも――そして、パートナーである自分にすらも。
 ――そう、だっただろうか。

 その場に立ちすくんだままのバーナビーを訝しんだか、ワイルドタイガーが小さく首を傾げる。
「なんでもありませんよ」
 簡潔にそれだけ告げて、バーナビーはスーツのセットアップに入る。
 彼に会うのは久しぶりだ、そんな気がする。ずっと仕事で一緒に居たはずなのに。
 最後に一緒に居たのはいつだっただろうか。最後に言葉を交わしたのは。

 ――言葉?
 声など、聞いた覚えがあっただろうか?
 彼は自分を何と呼んでいたんだっけ。
 最初はからかうように。いつしか真っ直ぐな瞳で。とても楽しそうに。嬉しそうに笑って。優しく微笑んで。それに、僕は。

 傍らに佇むワイルドタイガーの姿をじっと見つめる。
 無機質なスーツにそれでも格好つけようとする姿が最初は滑稽で。だが、今は。
 脳裏にふと全く記憶にない影が過ぎる。
 微笑いかける時に揺れる濃琥珀の光。触れた手のごつごつした感触。自分の我侭に、仕方なさそうに笑って、そして受け入れてくれた時に触れた掌の温かさ。
 その全てが、ブレて別の何かと重なる。
 そんなことなんてなかったじゃないかと、『過去』がそう告げている。
 自分はずっと独りだった。
 自分を育ててくれた親代わりの人も、共に仕事をする仲間もいたけれど、それでも自分は、ずっと独りだ。
 自分の隣に立って、背中を預けて、心を預けることができるような、そんな人なんて過去の記憶の中には存在しなかった。
 まるで夜明けの光のように、明るく、優しく、温かく自分の心を溶かしていった。そんな人間など、居るはずがなかった。
 だから、胸を焼くようなこの感情は、幻だ。
 幻の、はずなのに。

「……――」
 唇が戦慄いて、言葉にならない何かを紡ぐ。
 誰を呼ぼうとしていたのか、自分でもわからなかったのだけれど。

 その、言葉にならない感情から逃げるように、バーナビーは瞳を閉じる。

 ――怒りを向けろ。ただ、静かに。
 ――何も考えるな。今は、目の前のことだけに集中しろ。
 ――あの男を、
 ――捕らえろ。

 ただそれだけを胸に抱えて――無機質な黒のマスクが、全てを覆い隠した。


















記憶操作バニーちゃんの心情的な何か。


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