「――あっ、ねえあれ、バーナビーじゃない?」
「えっ、ホント?」
少々遠巻きから聞こえてきた声にバーナビーと虎徹が振り返ると、「ああほらやっぱり!」と女性の黄色い歓声が上がった。
天気の良い、昼下がりのメインストリート。
買い物客や路面屋台などで賑やかな街の中を、バーナビーはパートナー(であり、もう正直なところ事実上の恋人)である虎徹と共に散策しているところだった。
別に何か事件があったわけでも、取材があるというわけでもない。
仕事のない休日、たまには外でデートというのもいいんじゃないかと二人してぶらりと当て所なく街中を散策していたのだ。
当然二人とも私服姿だし、虎徹はマスクもつけていない。
「あの、バーナビーさんですよね?」
確信を持って近付いてきた女性二人に声をかけられ、バーナビーは「ええ、そうです」と答えてにこやかに笑顔を浮かべつつ足を止めた。
「あの、私たちバーナビーさんのファンなんです! 宜しければサイン、お願いしていいですか?」
「ええ、どうぞ」
人当たりの良い笑顔にファンである二人がきゃあきゃあと嬉しそうに歓声を上げる。
「――虎徹さん、すみません」
「んー、気にすんなって」
すまなそうに小声で謝るバーナビーに虎徹はさして気にした様子もなくひらりと手を振った。
そのままバーナビーはファンの二人に向き直り、虎徹は足を止めずにゆらりとその場を離れ、さりげなく手近な物陰に隠れる。
バーナビーと違って顔を出していない虎徹がこの場にいると怪しまれてしまうからだ。
面を隠すためのマスクをつけてしまえば早いのだが、虎徹がマスクを付けて歩けばそれはそれで何かのイベントか、事件でもあったのかと勘繰られて非常に面倒だったりするわけで、結局こうやって距離をとるのが二人の暗黙の了解となっていた。
サインと握手に応え、営業スマイルで手を振る。一通り終わって一息ついた頃に虎徹がそっと隠れていた物陰から戻ってきた。
「人気者は大変だねぇ」
「茶化さないで下さいよ。あなただってそうでしょう」
やや疲れを覗かせながらバーナビーが虎徹の軽口をいなす。
ファンに声をかけられるのは、何もこれが今日初めてというわけではない。
ここに来るまでに三人、ここに来てから四人。先ほどの女性二人で八人目だ。
ファンがいるというのは吝かではないが、それでもオフの時ぐらいはちょっとぐらいそっとしておいて欲しいと思う。彼と一緒のときは尚更だ。
もっともそれでもファンをおろそかにするような彼ではないし、何よりポイントと人気取りのみが重要だった以前と比べ、ヒーローであること――ヒーローとして、タイガー&バーナビーとして、虎徹と共に並び立つこと――に少なからず誇りを持ち始めている今では、浮かべる営業スマイルも以前とは違うものになり始めている。
体面を取り繕うための笑みから、真実ヒーローとしてのそれへ。
それがわかっているから、虎徹も彼のやや過剰とも言えるファンサービスを止めたりはしない。
まあ、それでも流石にここまで入れ替わり立ち代わり声をかけられると流石に少々辞易してくる。犬も歩けば棒に当たると言うことわざがあるが、恐らく犬が棒に当たる確率よりよっぽど高い。
「俺は顔出してねーからなあ。街中歩いて声かけられるよーなことはねーし」
周りの視線に気を使っているのか、ひとつ息をついて髪をかき上げ次の瞬間にはすでに涼しい顔をしているバーナビーに、苦笑しながら虎徹が肩をすくめる。ここで疲れた顔など見せようものならイメージががた落ちだ。ブランドイメージを守るのも彼の務めである。
「ま、それだけ慕われてるんだ、悪いことじゃねーよ」
「でもこれじゃあ、折角のオフが……」
少しだけ憂いを含んだ顔でバーナビーが呟いた。
今は逃亡中の犯人を追いかけているわけでも、以前のようにHERO TVのカメラが付いてきているわけでもない。
正真正銘、完全オフで二人っきり。
ヒーローという職業柄あまり目立った行動が取れない手前、普段ならこういったオフの時はどちらかの家になだれ込んで(大概バーナビーが虎徹の家に入り浸るが、たまに逆なときもある)真実二人っきりで気兼ねない時間を過ごすのだが。
たまには家の中だけでなく、外でだって人の目など気にせずいちゃいちゃしたいと思うのは、人間として当然の心理だろう。
心なし項垂れた様子のバーナビーに、虎徹はやれやれ仕方ないなと言わんばかりに小さくため息をついた。
「あー、要はこれ以上目立たなきゃいいんだろ?」
そう言って無造作に自分が被っていたハンチング帽を取ると、無造作にぽん、とバーナビーの頭に被せる。
バーナビーは怪訝そうに頭に載せられたハンチング帽に触れた。使い込まれた革の質感が指先によく馴染む。
「……なんですか、これ」
「人の目から何でも隠せる魔法の帽子」
どうだ、と言わんばかりのイイ笑顔でそう答える虎徹に、バーナビーは思わず呆れた視線を向けた。
(魔法の帽子って。ファンタジー映画じゃあるまいし)
そんな心の声が伝わったものか、虎徹は「何だよ、信じてねーのか?」と不満そうな顔をする。
「信じるも何も……いくらなんでも子供だましにも程がありますよ」
「別に子供だましじゃねーって。ホントだぞー、おじさんを信じなさい」
な、と言うその態度がまた子供をあやす父親のそれで、バーナビーはますます不機嫌になって顔をしかめた。
時折、こうやってこの人は自分を子ども扱いする。
当たり前だ、バーナビーと虎徹では年齢が一回りも違う。虎徹からしてみれば、自分はまだまだ子どもの部類に入るだろう。
だがわかっていても、何だか対等に見られていない気がして苛々する。
自分は彼と対等なパートナーでありたいのに、そうさせない雰囲気に腹が立ってくるのだ。
それに気付いているのかいないのか、虎徹はへらりと笑みを浮かべる。人当たりの良い笑み――言い換えれば、本心を巧みに押し隠す笑い。
「ま、被っとけって。そんなんでも案外気付かれないモンだぜ」
「あ、ちょっと……」
言うだけ言ってくるりと踵を返した虎徹の後を慌てて追いかける。
(また、そうやっていなしてしまう)
別に、何でもかんでもあけすけにして欲しいというわけではない。誰だって押し隠したい感情や思考もあるだろう。事実、以前までの自分だってそうだった。
だが勝手にヒトの心に踏み入るくせに、自分はその本心を見せないというのは、どうにも納得がいかない。
帽子が落ちないように片手で軽く押さえながら虎徹の横に並んで歩く。涼しい顔で堂々と歩く虎徹の隣にぴったり寄り添いながら、それでも何となく落ち着かない様子でちらちらとあたりに視線を送ってしまう。
本当にこんな帽子ひとつで気付かれなくなるものだろうか。
少々草臥れた感のある革のハンチング帽は彼がいつも被っているものだ。
以前「帽子は被らない」とのたまった手前(髪型が崩れるからなのだが)今更帽子なんて……と言ってすぐ脱いでしまうべきなのかもしれないが、彼のものならまあいいかと思ってしまう。ていうかコレ貰ってもいいんだろうか。貰えるなら貰ってしまいたいのだが。
そんなことを考えながら歩いていて、ふとあることに気付いて顔を上げた。
――確かに、受ける視線の数が減った、ような……?
そっと帽子の位置を直しながら、ちらりと軽く周りを見回す。時折ちらちらとこちらを見る人影はあるものの、すぐに興味を失くして視線を戻している。
どうやら本当に気付かれていないらしい。
「バニーちゃん? どったん?」
「いえ……」
ちらちらそわそわと辺りを気にしているバーナビーに虎徹が怪訝そうに首を傾げる。
上の空で返事をしながら、どうして急に注目を浴びなくなったものか思案した。
虎徹に帽子を渡されてから視線が減ったのは確かに事実なのだが、その理由がさっぱりわからない。まさか本当に魔法の帽子であるわけがないし。もし魔法の帽子だったりしたら彼はすなわち魔法使いということになってしまう。それはそれで非常に夢に溢れていて美味しいが残念ながらそんなはずはない。現実を見ろ、現実を。
先ほどから落ち着かない様子のバーナビーに、どうやら人目を気にしているのだということに気付いた虎徹が半分呆れたような苦笑を浮かべる。
「だーいじょーぶだって。ンなそわそわしてたら不審者みたいだぞバニーちゃん」
「僕が不審者なら虎徹さんは共犯ですね」
「何のだよ」
「……注目罪?」
「何だそりゃ」
軽口を叩きあいながら大通りを並んで歩く。石畳で舗装された路にお酒落な店が立ち並ぶ街並みは最上階層でも評判のデートスポットのひとつだ。
街中を歩いている人々もカップルや家族連れが多い。人目がなければ腕でも絡めてやりたいところなのだが。
そう、人目はあるのだ。別に急に人気がなくなったわけではないのに……と更に視線を巡らせ――そしてふと視界に入ったショウウィンドーに映った自分の姿を見て、ああなるほど、と納得した。
窓ガラスに映った姿は殆どいつもと変わりないのだが、ハンチング帽のおかげで目元が影になっているせいか、受ける印象が違うのだ。これなら確かにちょっとすれ違った程度ではそうそう気付かないだろう。
タネを明かせばあまりにも単純な仕掛けに、思わずくすりと笑いが零れる。
ヒトの視覚に働きかける、所謂目の錯覚。だがそんなものでも彼の何気ない一言で不可思議な魔法になってしまった。ただの草臥れたハンチング帽が魔法の帽子になってしまった。
彼の言葉は自分にとってまるで手品師の話術のようだ。気付けば巧みに取り込まれている。
そのくせ決してその胸の内を見せようとはしない。
でも――きっとそれを暴いていくことが、自分の――
横目でちらりとパートナーを見る。いつも通りの飄々とした顔の奥に何があるのか、今こうして二人で歩いていることをどう感じているのか読み取らせない表情。
――彼の魔法の帽子の効力がある今なら、少々目立つ行動を取っても気付かれまい。
バーナビーは被っていた帽子を自然な動作で手に取った。街路樹があるから、そうそうすぐには気付かれるまい。
「虎徹さん」
「んー?」
何、と振り返った虎徹の胸元を掴んで軽く引き寄せる。
手にしたハンチングで顔を隠して、そして――
「――っ!?」
時間にしてみれば一瞬の出来事。
だがその一瞬の間だけハンチングで隠されていた顔は、まるで手品の如く真っ赤に染まっていた。
対するバーナビーは涼しい表情でひょいとハンチングを被りなおす。
触れた唇の余韻を味わうようにちろりと舐めると、まだ先ほど触れた熱が残っている気がした。
本当はもっと貪ってやりたかったのだが。
「ちょっ、おまっ、ンな人前でッ……!」
先ほどの鷹揚な態度はどこへやら、あわあわと動転した様子で思わず後退る虎徹の目の前で、バーナビーは被りなおしたハンチングを手に取り、見せ付けるようにひらりと振ってやりながら、にっこり笑って答えた。
「人の目から何でも隠せる魔法の帽子、なんでしょう?」
「〜ッ……!!」
しれっと言い放ったバーナビーに虎徹が何か言いたげに口をパクパクさせている。
魔法の帽子が視界を閉ざす、その一瞬だけ垣間見えた驚いた顔。
そしてその後見せる真っ赤に頬を染めた顔。
本心を笑みの裏側に巧みに押し隠すというのなら、それはそれで構わない。
その代わり、目に見える表側は全て自分で埋め尽くしてやればいい。
丁度今のように。
隠された本心のその裏側まで、いずれ自分のものにしてやるために。
「っお前な、俺はンなことのためにそれを渡したんじゃ……」
「僕がこれをどう使おうと僕の自由ですよ」
それ以上、手品師の話術に翻弄される前に。
唇を閉ざすべく、バーナビーはもう一度そっと顔を寄せた。
勿論、魔法の帽子で視界を閉ざして。
そのままだとおじさんが攻めくさかったからバニーちゃんに逆襲させてみた(出来てるかどうかは知らないが)
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