その日、彼は不思議なものを貰った。

「宜しかったらこちら、お持ち下さーい」
「ん? ああ、ありがとう、そしてありがとう!」

 促されるがまま受け取ったそれは色とりどりの美しい、だけど何に使うのか良くわからない、不思議なモノ。

「ふむ、んんん?」
 使い方を訊こうとしたものの、渡してくれた人はすでに別の人のところへ行ってしまっている。
 どうにも話しかけるタイミングを失ってしまったようだ。

「……どうすればいいかな」

 貰ったからには何か使わないといけないような気がするが、だが使い方がわからなければどうしようもない。
 困り果てて受け取ったものをもう一度見てみると、その表面に何やら書かれているのを見つけた。

「これは……」



 ジャスティスタワーにあるヒーローたちのトレーニングセンター。
 そこに併設された休憩室で彼は探していた人物を見つけた。

「ワイルド君、ちょっと良いだろうか」

 声をかけられた人物ことワイルドタイガー――虎徹は丁度トレーニングを終えて休憩しようとしていたところらしく、ドリンクの入ったボトルを手に「んあ?」と振り返る。

「スカイハイ? なんだ改まって」
「今日、ヘリペリデスファイナンスの本社近くを通ったときにこれを貰ったのだが……」

 そう言ってスカイハイ――キースがごそごそと取り出したのは、ビニールパッケージに入ったカラフルな四角い物体だった。
 大きさは一辺が十センチ程度の真四角で、厚みはそれほどない。ぺらぺらとした外観から、どうやら中身は紙であろうことが窺い知れる。
 表面にはシールが張ってあり、ヘリペリデスファイナンスのロゴマークと一緒に『おりがみ』という文字が印刷されていた。
 見た目は何かのギフトのようにも見えたが、さっぱり用途がわからない。

「君はこれが何か知っているかい? ここに書いてあるのは『カンジ』というやつだろう?」

 キースが取り出したそれをひょいと覗き込んだ虎徹は、すぐに「あー」と納得した声を上げた。

「こりゃ折り紙じゃねーか。あ、因みにこれ漢字じゃなくてひらがなな」

 至極あっさり返ってきた答えにやはりワイルド君に訊いて正解だった、と思いつつ、その答えの内容にキースは首を傾げる。

「折紙? 折紙君なのかい?」
「いやそーじゃなくて」
「折紙君はこんな小さなものにも擬態できるのか! 素晴らしい、実に素晴らしい!」
「いやだから」

 手にした折り紙を天にかざしながらキースは感極まったように何度も頷く。
 折紙サイクロン――イワンが様々なものに擬態できることは知っていたが、よもやこんな手のひらに収まりそうなほど小さいものにも擬態できるとは思わなかった。
 ――因みに、そんなキースに虎徹の声は届いていない。
 しばらく手にした折り紙を絶賛していたキースだったが、ふと過ぎった疑問にまたも首を傾げる。

「だが元に戻らないのは何か理由があるのかい? おーい、折紙君」
「だから人の話を聞けっつの!」

 流石に虎徹が若干声を荒げたその時、丁度良いタイミングで話題の人物が休憩室に顔を覗かせた。
 虎徹と同じように丁度休憩を取ろうとやってきたイワンは、室内に入るなり虎徹の声にびくりと肩を震わせる。

「ど、どうかしたんですか……?」
「あれ、折紙君……?」

 キースがイワンを見てきょとんとした顔をした。
 今折紙君は私が手に持っているはずで、でも折紙君は目の前にいて……と追いつかない状況判断に首振り人形の如く視線を彷徨わせている。
 虎徹がはあぁ……と長いため息をついた。

「だから人の話を聞けっつーの……そりゃ折紙じゃなくて、折り紙――……っだ、ややこしいなぁ……ったく」
「???」

 自分の言に毒づきつつ後頭部をぼりぼりと乱暴に掻き毟る。
 さっぱり状況が理解できないイワンと虎徹が何を言わんとしているか把握できていないキースが同時にかくん、と首を傾げた。
 妙なところで息が合っているというか、イワンの場合は年相応の少年らしさなのかもしれないがキースの場合はただの天然である。

「だー面倒くせぇ、おい、折紙」

 二人の様子を見て、虎徹は早々に説明することを諦めたらしい。
 出入り口前でおどおどと様子を窺っていたイワンをちょいちょい、と手招きする。
 呼ばれたイワンがこそこそと二人の傍に寄って来た。

「なんですか?」
「コイツにコレが何か説明してやってくれ。お前なら知ってるだろ」
「え、」

 虎徹に指し示されて漸くイワンはキースが持っているモノに気付いた。
「それ、ウチの……」と呟いたところを見るだにそれがなんであるかもちゃんとわかっているようだ。
 もっとも、配っていたのは彼の所属している会社なのだから当たり前といえば当たり前なのだろうが。

「よし、スカイハイ。コレについてはコイツのが詳しい。ってことで、コイツに訊いてくれ。ってことでヨロシク」
「あ、ちょっとタイガーさん……」

 呼び止めようとしても遅く。
 虎徹はぽん、と二人の肩を叩いてそそくさとその場から逃げるように退散してしまった。イワンにとっては状況が良くわからないまま押し付けられた格好だ。
 さっぱり状況が飲み込めずにあわあわするイワンをよそに、キースは「ふむ」とひとつ頷いてくるりとイワンに向き直ると、手にした『おりがみ』をイワンに差し出して見せた。

「すまない、折紙君。私はこれが君だと聞いたのだが、これは君じゃないのかい?」
「え」

 何やら質問の趣旨が掴みにくいが、要するにこれが何か訊きたいということだろうとイワンは勝手にアタリをつけた。賢明な判断だ。

「ああ、ええっと、それは日本のペーパークラフトなんです」
「この四角い紙が、ペーパークラフト?」
「はい。それを『折り紙』と呼ぶんです。僕の名前も、そこから」

 イワンの説明によると、どうやらこれはヘリペリデスファイナンスのPR活動の一環で、折紙サイクロンの名前の由来である日本伝統玩具『おりがみ』を広めてもっとヒーローに親しみを持ってもらおう、というものらしい。
 見切れ職人である折紙サイクロンに親しみというのも不思議な話ではあるが、要するに見切れ以外のアピールポイントをもっともっと押し出していこうとかそういったことなのだろう。
 イワンの説明にキースがうんうん、と感慨深げに頷く。

「成る程。つまり折紙君の折紙はこの折り紙なんだね」
「え、ええっと……まあ、そういうことでしょうか」

 彼が何を言いたかったのかイマイチ要点がつかめなかったが、多分間違ってはいないだろうとイワンはこくりと頷いた。

「ペーパークラフトということは、これから何か作れるということかい? すまないが私にはただの真四角の紙にしか見えないんだ」
「あ、日本の『折り紙』は普通のペーパークラフトとは違うんです。切るんじゃなくて、折るんです」
「折る?」
「はい」

 ふむ、とキースは顎に手を当てながらなにやらしばし思案する。
 そしておもむろに手にしていた『おりがみ』をしげしげ眺め回す。その顔からは「折ったらどうなるんだろう」という好奇心がありありと見て取れた。

「折紙君は、これを折れるのかい?」
「え? ええ、まあ……簡単なものなら」
「なら、是非折ってみてくれないか」
「ええ!?」

 不意の申し出にイワンの声が裏返る。
 それを拒否と受け取ったのか、キースが途端にしょんぼりと眉根を寄せた。
 なんだかお預けを食らったわんこのような哀愁を漂わせるキースに何やらとてつもない罪悪感を覚えて、イワンは慌てて「え、あ、あの、いや、やります!」と声を上げた。

「本当かい!?」

 途端にキースの顔がぱぁぁ……と明るくなる。実にわかりやすい。
 その目は期待に満ちてキラキラ輝いていて、どう足掻いても後には引けない雰囲気を醸し出している。
 イワンは何やら居た堪れない気持ちになりながら、キースを連れて休憩室にあるテーブルについた。立ったままでは折れない。

「ええと、じゃあそれを一枚貰ってもいいですか?」
「ああ、好きなように使って欲しい」

 キースは頷いてビニールパッケージから一枚折り紙を取り出し、イワンに手渡した。
 綺麗な薄い水色――『空色』というやつだ――に青海波の文様が印刷されており、無料で配っていたにしては中々本格的なものだ。
 イワンは紙を受け取るとほんの少しだけ考え込み、早速紙を折り始めた。
 まず正方形の二点の頂点を合わせて二つに折る。更にもう一度真ん中から折り、最初の四分の一の大きさの正方形を作る。
 次に片方の正方形の合わせ目を開いて、今度は三角に折る。もう片方も同じように開いて三角に。
 するすると器用な手つきで折り紙を折っていくイワンの手許を、キースがキラキラと目を輝かせながらじっと見つめている。

(……やりにくい……)

 喜んでもらえているならいいのだが、如何せんただひたすら見つめられているというのもなかなかにもどかしい。
 空色の折り紙はやがてイワンの手で少々縦長な六角形になった。

「あの、できました」
「これはなんだい?」

 首を傾げるキースにイワンはちょっとだけ微笑を浮かべると、手にしたそれをちょいちょいと広げて口元に持っていく。
 フッ、と息を吹き込んでやれば、縦長の六角形が小さな球形に変わった。

「おお!」

 キースのびっくりした声にちょっとだけ満足感を覚えつつ、イワンはそれをそっと手渡す。

「紙風船……です」
「成る程! 風船か、これは可愛らしい、そして愛らしい! ……ああ、そうだ」

 キースは手渡されたそれをしばらく物珍しげに試す眇めつしていたが、やがて何か思いついたのかやおら紙風船をひょいと宙へ放った。

「?」

 何をしようとしているのかわからずきょとんとするイワンを尻目に、キースは自身のNEXT能力を発動する。――ただし、極々限定的に。
 小さな風が起き、放られた紙風船が風に乗ってふわりと宙を舞った。

「わ、すごい」

 くるくる宙を舞う紙風船を見て、イワンが感嘆の声を上げる。
 少年の素直な反応にキースも気を良くしたのか、小さな風は更に複雑な流れを描いて紙風船を右へ左へ躍らせた。

「他にも何か作れるのかい?」
「え、はぁ」
「それなら、作ってみてくれないかい?」

 促されるままキースからもう一枚折り紙を受け取る。今度は上品な紫――『藤紫』という色だ――を下地に七宝つなぎの文様が印刷されている。
 イワンは受け取った折り紙を、今度は斜めに対称の頂点を合わせるようにして折り始めた。
 二回折って小さな三角を作り、先程と同じように開いて四分の一サイズの四角を作る。
 そして今度は四角形の一点を持ち上げ、頂点をはさんだ向かいの辺同士を合わせるように折り込む。
 すると縦に細長い菱形のような不思議な物体が出来た。
 それを見てキースがおや、という顔をする。

「これは……」

 イワンはちらり、とキースを見遣りながら更に折り続ける。
 尾と頭の部分をぐっと折り曲げ、嘴にあたる部分を小さく折れば、完成だ。
 両羽を開けば見たことのある形のそれにキースが嬉しそうに呟いた。

「これは確か、前に……」
「はい、鶴です」

 それにつられてイワンも笑みを返す。
 折り紙の中でも最もオーソドックスな『鶴』は以前にも何度かキースの前で折ったことがある。
 そのたびにキースはすごいすごいとまるで子供のように喜んでくるものだから、イワンもそれが嬉しくてつい連鶴の練習までしてしまったことがあった。流石にこの紙では出来ないが。
 キースがひょい、とその小さな鶴を手に取り、その手で更に今まで風で遊ばせていた紙風船を受け止める。
 彼の割と大き目の手に折り紙の鶴と紙風船は随分小ぢんまりとして映った。

「……不思議だ。実に不思議だ」
「はい?」

 ぼそっ、と呟かれたキースの言葉に首を傾げる。正直言って不思議なのはあなたです、と言いそうになるが流石にそれは口にしなかった。
 キースは手にした二つの折り紙を見比べるようにまた試す眇めつを繰り返している。

「一枚の紙からこんなに様々なものが作れるなんて、実に不思議じゃないか」
「はぁ……」

 言われてみればそうだ。イワンは先程折り紙を説明するのにペーパークラフトと表現したが、まず型紙どおりに切ってから更に切って貼ってを繰り返すペーパークラフトと違って折り紙はひたすら折っていくだけだ。それなのにこんな複雑な形ができるのだから、日本ってすごい! とイワンも初めて折り紙を知った当初はえらく感激したのだ。

「折紙君、ちょっと手を見せてもらえるかい?」
「は?え、あのっ」

 言うが早いかキースは慌てるイワンをよそにひょいと彼の手を取る。
 割と骨ばっているキースの手と対照的に、イワンの手は幾分か小さく、しなやかな指をしている。
 イワンの手はキースよりもずっと色白で、何処となく繊細な印象だ。
 お互いの体温が指先からほんのり伝わってくる。

「この手からこんなに素晴らしいものが生み出されるとは、不思議だ、そしてとても素晴らしい」
「え、あの、ちょっ、スカイハイさん」
「まるで魔法の手じゃないか。折紙君、君の手は何でも作り出せる魔法の手なのかい?」
「そんなことっ……」

 あるはずがない。このちっぽけで役に立たない自分の手がそんな大層なものであるはずがない。
 そう否定しようとしたところで、キースが突然何か思いついたかのように「ああ、そうか!」と声を上げた。

「な、何ですか!?」
「だから折紙君は折り紙なのか!」
「はぁ?」

 一人納得したように頷くキースに、すでに思考がショートしているイワンが素っ頓狂な声を上げる。
 だがキースの方はそんなイワンの様子を全く気にすることなく、快活な笑みを浮かべて言った。

「君もこの折り紙のようにどんなものにでもなれるから折紙君なのだろう? 実に君にぴったりだ」
「……」

 その何気ない一言に、イワンが目を見開く。
 そんなこと、全く考えたこともなかった。
 ちらりとテーブルに置かれたままの折り紙を見る。
 まだパッケージの中に入ったままの正四角形。これからどんな姿にでもなれるもの。
 キースがやや困ったように首を傾げた。

「……違うのかい?」
「いえ、あの……そんな風に言われたの、初めてで」

 俯いて視線を逸らすイワンに、キースは「そうなのかい?」と問いかける、

「てっきり、そういうことなのだと思ったんだが……違うのか」
「あ、でもっ! ……僕も、そうだったら、嬉しいなって……」
「そうか! それなら良かった!」

 明るい笑みを浮かべるキースにつられてイワンも笑う。何だか心があったかくなったような、不思議な気分だった。

「あの、スカイハイさん。もう一枚、貰ってもいいですか?」
「うん? ああ、是非使って欲しい。君が何か作っているのを見るのは私も楽しい」
「そう、ですか」

 ストレートな言葉をこそばゆく感じながら、イワンは改めて渡された折り紙を受け取る。
 なんにでもなれる、なんて大層なものではないけれど、少しだけ彼と笑いあえるような時間を増やせるなら、なんだかそれだけで価値があるような気がしてくる。

 今度は風車を作ろう。
 スカイハイさんの風でくるくる回したらきっと楽しいかな、なんて考えながら、イワンは三度折り紙を折り始めた。


















手を握るのすらやっとのぴゅあっぷる…


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