その日、彼はとある人物から一本の電話を受けた。
「――はい、もしもし?」
『……あー、もしもし、俺だけどよ……』



 トレーニング・ルームに備え付けられたシャワーで汗を流し、休憩室でバーナビーは一人大きく息をついた。
 隣にいつもいる世話焼きなパートナーは、今はいない。
 今朝の出勤時から体調不良を訴えていた彼はデスクワークこそだましだまし乗り切っていたようだが、身体を使うトレーニングは無理だと判断したらしく、今は医務室で静養中だ。
 腰を押さえながら「わり、今日は無理、ホント無理」と呟き医務室へと去っていったパートナーの姿を思い出し、バーナビーはもう一度大きなため息をつく。
 平素であれば「ヒーローのクセに体調管理もマトモに出来ないんですか」と突っ込むところなのだが、原因が原因であるだけに大きく出られなかった。そのせいで、ほんの少しだが鬱憤がたまっている。勿論、本人も気付かない無意識のうちではあるが。
 まあ、要するに昨夜バーナビーが無理をさせたのだ。
「お前ヒトの年齢考えろよッ!!」と悲鳴を上げる虎徹に「普段はおじさん扱いされるの嫌がるくせに、こういうときだけおじさんぶるんですか」と言って黙らせて無理をさせたのだから、バーナビーに文句を言う資格はないわけだが。
 ――大体、おじさんが煽るからいけないんですよ。歯止めが利かなくなる。
 本人が聞いたら間違いなく怒るであろう言い分で自分を正当化。だがまあとりあえず様子見ぐらいは行っておこうか、と思っていた矢先に、不意にぽんと肩を叩かれた。
「よう」
 低い、愛矯のある声。振り返るとそこには先ほど医務室に見送ったはずの顔があった。
 バーナビーは思わず眉をひそめる。立って歩くのも辛いとぐちぐち文句を言っていたのはどこの誰だ?
「休んじまって悪かったな」
「……身体の方は、いいんですか?」
「ああ、少し休んだらすっかり良くなったよ」
 微笑いながら肩をぐるぐる回して見せ、次いで「よっ」と腰から上半身を捻って元気であることをアピール。
 その間もバーナビーはじーっとその顔を睨みつけるようにその姿を見つめ続けている。
 一通り身体を動かしてそれでもじっと見つめられていることに気付いたか、快活な微笑がやや引き気味の苦笑に変わった。
「……な、なんだよ、人のことじっと見て」
 その姿に、ふっとバーナビーは小さく笑みを浮かべる。
 可愛い悪戯だ。だがしかし、いただけないことには変わりない。
「……残念ですが、ばれてますよ。折紙先輩」
「っ!」
 バーナビーのその一言に、虎徹そっくりの顔があからさまにひくっと歪んだ。
 それに確信を抱き肩をすくめると、観念したか大柄な身体ががっくりと肩を落とす。
 次の瞬間には虎徹だった男は小柄な青年へと姿を変えていた。
 虎徹とは違う、色素の薄い髪と肌。それなりに整った顔に今は自信のなさそうな表情を浮かべている。
 折紙サイクロン――こと、イワン・カレリンだ。
 イワンがおずおずとバーナビーに問うた。
「……あの、やっぱり……似てませんでしたか」
 そのまま放っておいたら見切れるどころか小さくなって消えてしまいそうな彼に、バーナビーはふっと笑みを浮かべて答える。
「いえ、見た目はそっくりでした。恐らく、並んで立っていたら見分けが付かなかったと思いますよ」
「じゃあ、どうして」
「そうですね……」
 訊かれてバーナビーはふむ、と顎に手を当てた。
 決め手となる、あるモノは流石に告げるわけにはいかないだろう。なのでそれは置いておいてまず最初に気になったところを告げる。
「あのおじさんは折紙先輩ほど礼儀正しくありませんから」
「え……」
「要するに、言動ですよ。そこは寧ろ似ないほうが良いと思いますが」
「はあ……」
 本人が聞いたら憤慨して文句をつけてきそうである。イワンは納得したのかしていないのか、よくわからないといった表情でかくん、と首をかしげた。
「……やっぱり、すごいですね。ロックバイソンさんたちはわからなかったみたいなのに……」
 意気消沈した様子のイワンに、バーナビーは苦笑しながら「僕も、最初見ただけでは気付きませんでした」とフォローを入れる。
「でも話しただけで気付かれるなんて、やっぱり僕の能力が大したことないから……」
「そんなことはありませんよ。見た目も声も、本当にそっくりでしたから」
「じゃあ、やっぱりバーナビーさんとタイガーさんのパートナーとしての絆が強いから?」
「それはないですね絶対ありえません」
「そこまで否定するんだ……」
 困惑したようにぼそりと呟く。
 バーナビーはやれやれ、といわんばかりのため息をこっそりついて、それを隠すように眼鏡を押し上げる。
「どうせあの人の入れ知恵だと思いますが、こういったことはあまり関わらないほうが懸命ですよ。人前で軽々しく能力を使うのは感心されませんから」
「はっ、はい! どうも、すみません……」
「……ああ、そうだ。それと――」
 しょぼん、という擬音を背負ってその場を辞そうとしたイワンの背中に、バーナビーは待ったをかけた。
「『首』」
 自らの首元――鎖骨の上辺り――を指差しながら一言だけ、ぽつりと告げる。
「え?」
 意味がわからずイワンがかくん、と首をかしげた。
「本人に言えばわかりますよ。ツメが甘いと伝えておいて下さい」
 バーナビーは悪戯っぽい笑みを浮かべている。それ以上説明する気はなかった。
「はあ……」



「やっぱり、ダメでした。すぐバレてしまいました」
 場所は変わって、イワンは医務室にいた。
 だらしない格好でベッドに転がっている虎徹の横に、申し訳なさそうに立ちすくんでいる。
 虎徹は寝転がったまま(彼曰く起き上がるのが正直辛いそうだ)唸り声を上げて顎に手を当てた。
「うーん、そうか……バニーちゃんめ、騙されなかったか……」
「あ、で、でもロックバイソンさんやスカイハイさんは気付かなかったんですよ」
「うお、マジか。すげぇじゃねぇか」
「……そうでしょうか……」
 小さく呟いて更にうなだれる。
 気付かれたら気付かれたで自分の実力が足りないからだと落ち込むのだが、気付かれなかったら気付かれなかったでそれはそれで寂しいと思ってしまうのは如何なものだろう、とイワンは心中で更に落ち込む。
 そんな彼に虎徹は明るい声で励ましの言葉をかけた。
「仲間内でも気付かなかったってことはそれだけすげーってことだよ。自信持て」
「うう……じゃあやっぱりバーナビーさんが気付いたのはパートナーとしての絆が……」
「ないない。絶対ない」
「……やっぱりそこは否定するんだ……」
「ま、どーせアレだろ。バニーちゃんのことだからニオイとかで判断したんじゃねーの」
 実際うさぎはそこまで特筆するほどにおいに敏感というわけではないのだが。マーキングでもされているのか。
 虎徹は申し訳なさそうにへらりと笑った。
「悪かったな。ヘンなこと頼んじまって」
「いえ、別に……」
 すみませんでした、と頭を下げその場を辞そうとして、イワンはあることを伝え忘れていたことを思い出す。
「……そうだ、そういえば」
「ん? なんだ?」
「バーナビーさん、こんなこと言ってました」
 やはり寝転がったままの虎徹に向かい、イワンはついと自分の首を指差す。バーナビーが指差していた、鎖骨の上辺り。
「首、って」
「首ぃ?」
 なんだそりゃ、と虎徹も自分の首を指差しながら思案して――
「――ッ!!??」
 声にならない悲鳴を上げたかと思うと、突然顔を真っ赤に染めた。
「え、あの、タイガーさん?」
「いや! 何でもねぇ、何でもねェよはははははッ!!」
「そう……ですか?」
 全然なんでもないようには見えなかったのだが、虎徹が「ホントに、ホントに何でもねぇから! なッ!?」と必死に言いつくろうので恐らく深く追求しないほうが良いのだろうと自分を納得させる。
「ああ、あとこんなこと言ってました。『ツメが甘い』って」
「……あんにゃろう……あとで見てろよ……」
 首元を押さえながら毒づく虎徹を見て、これが彼らなりのパートナーシップなのかな、とイワンは三度、首をかしげた。


















8話後に勢いで書いたネタ。折紙先輩の人気に嫉妬w


BACK





SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送