海軍将校×海賊パロが美味しすぎてつい書いてしまいました…
真円を描く月が、ベルベットの色をした海を皓々と明るく照らしている。
岩肌に波が小さく砕ける音を聴きながら、虎徹はくい、と手にした盃を傾けた。
喉が灼けるような感覚。酒精が胃の腑を満たしていく。
盃を唇から離す。僅かに残った酒に、満ち足りた月が映り込んでいる。
傍らには、伏せたままの盃がもうひとつ。
虎徹はふっと小さく笑みを浮かべた。
彼が居るのは、シュテルンビルト近海の小さな入り江だ。
この辺りの海は海流が複雑に組み合わさっているため、高波や大渦が年中荒れ狂っている。小さな船は言うに及ばず、中型の漁船でも簡単に呑み込まれてしまうような荒海だ。腕利きの船乗りですら、滅多に近づこうとしない。
だが、その荒海が嘘のように静まる時があった。
満月が中天を示す夜――
その時だけは、荒々しい海がまるで眠りにでもついたかのように静寂に包まれる。
そしてその僅かな間にだけ、普段は波間に隠れてしまう小さな入り江が姿を現すのだ。
満月の夜にだけ現れる幻の入り江――
その場所を知るのは、ただ二人。
虎徹は近隣の海を縄張りとする海賊だ。
海賊と言ってもただ無法に船を襲っているわけではない。
遠く外国から攻め入ってきたほかの海賊や、密約を結び国内外の船を襲う私掠船を主な標的とし、奪った財産を貧しいものに分け与える、いわゆる義賊である。
決して一般人には手を出さず、それどころか時に他の海賊から船を護衛したり、金銀や食糧を恵んでくれる彼らは、市民の間ではちょっとした英雄のような扱いを受けている。
だが、いくら義に厚くとも海賊は海賊。法に触れる行為に手を染めている彼らを、政府が許すはずもなく。
彼らは海軍の目を掻い潜りながら、海を駆け続けている。
虎徹もまた、その一人。
普段はその濃琥珀の瞳で、緩やかな波を描く海の向こう、水平線を睨み続けている彼であったが、今浮かべているその表情は穏やかで、優しげだ。
この場所――月が満ちる夜にだけ現れる幻の入り江は、虎徹のお気に入りの場所だった。
他の海賊仲間ですら、この場所のことは知らない。皆荒れ狂う海にばかり気を取られ、その向こうのことになど気を向ける余裕はなかった。
虎徹がこの場所を見つけたのも、偶然――荒波がほんの僅かな間だけ穏やかになるその時を、長年の勘で探り当てた。
そして見つけた、秘密の場所。
いつものように小さな手漕ぎボートで接岸した彼は、今日もまた静かに酒を傾ける。
目の前の穏やかな海と同じく静寂に満たされた、月の色をした瞳にそれこそ水面の月の姿を映しながら。
夜の闇に染まる海を、ただ静寂だけが支配する。耳に届くのはゆらりゆらりとたゆたう波の、小さな小さなさざめきのみ。
その静寂を、不意に波を割る音が打ち破った。
虎徹はそっと顔を上げる。
視界一杯に広がる海の向こう端から、機械的なエンジン音を立てて近付いてくる小型のボートがひとつ。
海軍擁する海上警備隊が使用する、近海巡査用の小型ボートだ。
虎徹にとっては天敵である。だが彼はその場を動こうとはせず、寧ろ微笑すら浮かべている。
ボートはいよいよ虎徹のいる入り江に近付く。乗っているのは一人だけ。しかもまだ若い、青年だった。しかもかなりの美丈夫である。
肩口ほどまである淡い金の髪を海風に弄らせ、眼鏡の奥から覗かせた翠の瞳をひたと真っ直ぐ虎徹の方へと向けている。身につけているのは外見の年齢にそぐわない、海軍将校の制服だ。
青年を乗せたボートはゆっくりと、虎徹のいる入り江へ接岸した。青年がボートを揺らして入り江に足を踏み入れても、虎徹はその場から逃げようとはしない。ただゆっくりと盃を傾けるだけだ。
果たして青年がすぐ傍まで近付いてきて初めて、虎徹はふっと青年の方へと顔を向けた。
頬は酒精でほんのり紅く、いっそ妖艶とも取れるような笑みを口の端に浮かべている。
「よう。いいのかよ、海軍将校のエリートさんがこんな所に一人で。なぁ、バニーちゃん?」
声を掛けられた青年は一瞬だけむっとした表情を浮かべ――だがそれもすぐに優しい笑みに解けて消える。
「僕はバニーじゃなくてバーナビーです。あなたこそ、あんなボロ船でひとりこんな所まで来て酒盛りですか。随分と酔狂ですね」
「ボロじゃなくてヴィンテージなんだよ」
「モノは言いよう、ってことですか」
やれやれ、とバニーと呼ばれた青年――バーナビーがため息をつく。それを虎徹はにやにやと笑みを浮かべながら眺めていた。
「で? バニーちゃんはこんなトコまで散歩? それとも巡回? お忙しい将校サンはなァーんにもしないで帰っちゃうワケ?」
茶化した虎徹の物言いに、だがバーナビーはニヤリと笑みを返す。
「まさか」
そしておもむろに虎徹の隣へ腰を下ろし、伏せられたままの盃を手に取る。
「――頂いても?」
虎徹は無言でバーナビーの盃に酒を注いだ。
満月が二人の姿を見下ろしている。
この幻の入り江の存在を知っているのは、虎徹とバーナビーの二人だけだ。
普段はお互い敵同士――海上で遭えば追う者と追われる者として、時には刃すら向け合うこともある二人だが、この幻の入り江で逢うときだけ、その関係は別のものとなる。
それは――
「虎徹さん」
ちろり、と赤い舌で酒を舐めているところに不意に声を掛けられ、虎徹はふと盃から顔を上げる。
「ん? ――ッ」
その瞬間、バーナビーがやや強引に唇を重ね、怯んだ隙についでに舌まで絡め取られる。
一瞬の出来事。
ふわり、と済まして顔を離したバーナビーに、虎徹が恨みがましい目を向ける。
「お前ッ……いきなり、何すンだよ」
「すみません。あなたの呑んでいるそれの方が、美味しそうに見えて」
しれっ、と答えるバーナビーに「……同じ酒だっつーの」と小さく毒づいた。
満月の夜、幻の入り江で逢うとき、二人は敵同士ではなく、恋人同士となる。
一緒に居られる時間はほんの僅か。月が姿を隠し、穏やかな海が再び荒波に包まれるその時まで。
時が来れば、幻の入り江は白く渦巻く高波に包まれ瞬く間に消えてしまう。
泡沫の逢瀬。
それでもその時だけは、立場も何もかもを忘れて二人穏やかに寄り添うことができる。
凪いだ海の静かな水面とともに。
虎徹が持ち込んだ酒が半分ほど無くなった頃。
中空にぽっかり浮かぶ月を眺めながら、バーナビーがぽつり、と呟いた。
「虎徹さん」
「んー?」
「月が、綺麗ですね」
「……んー、ああ」
……はぁ……
返ってきたのは生返事だった。
虎徹は同じように月を眺めてはいるものの、心はどうやら目前に広がる穏やかな海の水面と、手許にある盃の小さな水面にばかり向かっているようだ。
せっかく傍に居るというのにこんなにつれなくされてしまえば、思わずため息も出ようというものだ。
「……あなたにはもっと直接言わないと伝わらないか……」
「なンだよため息なんかついて」
ようやく意識をこちらに向けた虎徹の目を真っ直ぐ見据えて、バーナビーは再び口を開いた。
「虎徹さん」
「だからなんだっつの」
「好きです」
「っ……」
不意打ちのような言葉に、思わず虎徹の息が詰まる。
今まで何度となく囁かれた言葉のはずなのに、改まって言われるとまた胸の奥がざわりと落ち着かなくなってしまう。
好き。そうだ、そんな言葉では足りないぐらい、恋い慕っている。焦がれている。求めている。
けれど。
バーナビーは更に言葉を続けた。
「本当はこんな瞬くような間だけじゃなく、ずっと一緒にいたい。ずっと……朝も、昼も、夜も、ずっと」
「なら、どうする? 俺を捕まえるのか?」
皮肉げな台詞がバーナビーの言を遮った。
単刀直入な言い方に、言葉を詰まらせる。
彼を捕まえる、ということ。それは。それの意味するところは。
「――……」
何も言い返せないでいるバーナビーに、虎徹は更に続ける。
「言っとくけど、捕まんねぇよ? 俺。軍隊とか性に合わねーし、それに……俺たちじゃなきゃ、出来ないことがあるからな」
くしゃり、と笑みの形に歪んだ顔は、だが切なさと愛おしさをその濃琥珀の瞳に宿している。
ずっと一緒に居たい。そう思っているのは、彼も一緒だ。
だが、生き様が、立場が、決してそうさせてはくれない。
どんなに愛しくても、譲れないものがあるから。
バーナビーも、虎徹と同じように顔を歪める。
切なさと愛おしさを翠の瞳に宿して、真っ直ぐに虎徹を見つめて。
「……なら、せめて」
不意にバーナビーの両腕が、虎徹の首筋に廻された。
そのまま有無を言わさず抱き寄せる。
虎徹が手にしていた盃が、指先から転がり落ちた。
ほんの僅か残っていた酒精が、服に小さなしみを作った。
「っ」
「今だけは……月が出ている間だけは、僕のものでいて下さい」
耳元でそっと囁いて、そのまま吸い寄せられるように、項に唇を寄せる。
それからゆっくりと、丁寧に首筋をなぞり、そして再び唇に。
「……ん」
互いの口に残った酒が、痺れるほど舌先に甘い。
バーナビーの腕に抱きしめられたまま、虎徹が小さく笑う。
「……ははっ、捕まっちまった」
「逃がしませんよ」
「おー怖い」
冗談めかした口調は、きっと彼が本気になれば容易に逃げることができるという自信の表れ。
それでも、彼は逃げようとはしない。
その代わり――自分も相手を逃がすつもりはないのだとばかり、そっと腕をバーナビーの背に廻した。
――月が、中天から少しずつその身を沈めていく。
穏やかな海が再び荒海に変わるには、もう少しだけ、猶予がありそうだった。
シチュエーションにビビビッときて……萌えて…つい…
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