顔を洗っているバーナビーのすぐ傍に、それは置かれていた。
 虎徹はふと思い立ってそれを手に取る。見た目よりもずっと軽く、ちょっと捻ればすぐ割れてしまいそうだ。最近のものは特殊加工が施されていてそう簡単には割れたりしないそうだが、それでもなんとなく貴重品のようにそっと触れる。
 光に透かすように試す眇めつして、虎徹は改めてあることに気付いた。
「……お前これ、度入ってんのな」
「はい?」
 声を掛けられ、タオルで顔を拭っていたバーナビーが振り返る。そして眉根を寄せてまるで睨みつけるようにじっと虎徹の方を見た。
 人の顔を見るにしてはお世辞にも褒められたような表情ではないが、それも仕方がない。現在のバーナビーの視界は若干ぼやけている。
 何故なら――
「なにやってるんですか。勝手に人の眼鏡で遊んで」
「いや別に? お前、視力は?」
「どうしてそんなことに答えないといけないんです」
「そりゃお前、スーツでバイク乗るときコレ外してるじゃね一か。0.7以下なら違反だぞ」
「スーツの時は矯正されてるんですよ。それより、それ返してください」
「やだっつったら?」
「子供ですか」
 はあ、とため息をつく。
「……わかりましたよ。勝手にしてください」
「お?」
「いいから返してください」と怒られるかと思ったが、バーナビーはすっぱりと虎徹の手の中にある眼鏡を取り返すことを諦めたようだ。
 意外に思って虎徹は肩をすくめる。
「大丈夫なのかよ」
「そう思うなら返してください。いいですよ別にスペアはありますから」
 そう言ってバーナビーは近くの収納を開ける。虎徹は興味津々といった表情で覗き込んだ。そこには――
「……同じのばっか」
 思わず正直な感想が漏れる。
 色、形、全く同じ眼鏡が五個。まるでギャグ漫画のひとコマでも見ているような気分である。
「すべて貰い物ですよ」
 虎徹の呟きにバーナビーが苦笑しながら答えた。
「あー……お前のファンクラブから、ってやつ?」
「まあ、そのようなものです。って……覚えてたんですね」
「そりゃなぁ。あの校長、えらい自慢げだったじゃね一か」
 思い出すのは先日訪れたヒーロー養成アカデミーだ。
 『ヒーローキャンペーン』の名目で訪問したバーナビーの母校で、虎徹は校長からバーナビーの学生時代の自慢話をさんざん聞かされるハメになったのである。
 とりあえずその当時からいわゆる『期待のルーキー』であったことは間違いないようだが。
「人気者は大変だねえ」
 しみじみそう呟くと、ふっとバーナビーが笑うのがわかった。
「嫉妬ですか?」
「ンなワケねーだろ」
 自信に満ちた顔に憮然として答える。
「そうですか? それは残念だな」
「なンでだよ」
 眉をひそめた虎徹に、バーナビーはあっさりと答えた。
「嫉妬してもらえたら嬉しいじゃないですか」
「っ! おま……」
 思わぬ返答に虎徹がたじろぐ。バーナビーはそんなパートナーの様子をぼんやりした視界で楽しそうに眺めながら、「さて」と改めて虎徹の持っている眼鏡に手を伸ばした。
「そろそろ返してもらえますか」
 そのまま右腕を捕まえる。ついでに開いた片腕で左腕を掴む。
 慌てたのは虎徹である。手にあるものを返すどころか、両腕をとられては身動きが取れない。まさに完全ホールド。
 すっと寄せられたバーナビーの愁眉に、虎徹は目を見開いた。
「って、近い! おい近いって!!」
「仕方がないじゃないですか、よく見えないんですよ」
 口ではそう言いながらその顔は微笑っている。
「返すッ! 返すからちょっと離れろッ!!」
「お断りします」
「はァ!?」
 わけわかんねえ! と最早悲鳴めいた声を上げる虎徹の耳元で、バーナビーはそっと囁いた。
「もっと近くで見たいんですよ」

 そのまま唇までホールドされたのは、言うまでもない。


















眼鏡は5個が衝撃的すぎてだな


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