「――折紙君、こっちの写真は? 皆緊張した表情を浮かべているが」
「ああ、ええっと、これは……初めて能力を使った実習を受けたときです。この頃は、まだ上手く能力を制御できない人も多くて」
「では、こちらの写真は? 随分と楽しそうだ」
「これは……文化祭の準備の時かな」

 キースが指し示す写真を、一枚一枚説明しながらページを捲る。

 二人がいるのはイワンの家だ。
 畳敷きの床に座布団、床の間、襖に障子。イワンの趣味が大いに発揮された純和風の一室、その卓袱台の上で二人してアルバムを広げている。

 アルバムの中に収められた写真に映っているのは、まだ幼さの残るイワンの姿。

 イワンの昔の写真を、キースが見たいと頼んだのだ。
「せっかく折紙君の家に来たのだから」と彼にしては珍しく強気な申し出を無碍に出来ず、こうやって引っ張り出してきたのである。
 アルバムは年代別に写真が収められており、まだ生まれたばかりの小さい頃から、いつ撮ったものか画面端で見切れている折紙サイクロンの写真まである。
 中でも今開いているのは、ちょうどヒーローアカデミーに在籍していた頃のものだ。

 キースがぺら、と次のページを捲った。
「これも文化祭かい? いろいろな出し物が写っているね」
「そうですね、これは文化祭当日かな……確か隣がホラーハウスで、ウチが――」

 フランクフルトを頬張る少年の後ろに相変わらず見切れているイワンの写真。その隣には一発芸のつもりか、何やら能力を発動している少女と少年の写真。屋台の前で呼び込みをしている少年の写真。
 ちゃちだがおどろおどろしい顔をしたマスクを被った生徒たちが一列に並んでカメラにポーズを取っている写真を横目に、キースが更にページを捲る。

 と、捲った次のページ、その視界の端に、何やらピンク色の衣装を着たイワンの写真らしきものが見え――
 次の瞬間、イワンはキースの指を挟みかねない勢いでばたんッ!! とアルバムを勢い良く閉じた。
 反射的に手を引っ込めたキースは一瞬びっくりした顔をして「……折紙君?」と首を傾げる。
 イワンはというと、まるで未知の怪物にでも遭遇したかのような表情を浮かべていた。

「スッスカイハイさん!! ここここ、この辺でもうヤメにしましょう!! そうしましょう!!」
「だがその先にも写真が」
「ないですッ!! ありませんないったらないです違いますッ!!」
「何やらピンク色の服を着た折紙君が」
「着てませんッ!! ピンクのメイド服なんて着てませんッ!! 見間違いですッ!! 気のせいですッ!!」
 気が動転して完全に墓穴を掘っているが、本人はそれに気付いていない。

 ページの先にあったもの、それはヒーローアカデミー時代に受けた罰ゲームの時の写真だった。
 いったいその時に何があったのか、もはや覚えていない。

 ただ覚えているのは、女性への擬態を頑なに拒んだイワンに(当時は女性に触れるのも、その女性に擬態するのも後ろめたかったのだ)周りがふざけて、なら女装だとばかりにピンク色でたっぷりフリルのついた、はっきり言って丈の短い、いわゆる萌え系と呼ばれるようなメイド服を無理矢理着せられた――という事実だけだ。

 本人からすればばっさり切り捨てたい過去だ。現に今アルバムを引っ張り出すまでそんなことなど綺麗さっぱり忘れていた。
 だが事実は変えようのないもの。証拠としてしっかり残っていた写真が、イワンの思い出したくもない過去を現実として突きつけてきたのだった。

 ――ああ神様、どこかに記憶を操作するNEXTはいないでしょうか。出来れば僕と、スカイハイさんと、それと当時これを見ていた人全員の記憶を消して欲しいんですが。

 実は案外近くにいたりするわけだが、そんなこと彼らには知る由もない。

「……折紙君」

 キースがすごく、ものすごく、残念そうな顔でイワンを見つめる。犬耳があったらぺたんと伏せてしょんぼりしているに違いない。
 その視線にぐっと心が揺らぐが、だがこればかりは譲るわけにはいかない。

「いっ、いくらスカイハイさんが見たくってもダメです! そんな顔してもダメなモノはダメなんです! これは……これは……!!」
 奪い取ったアルバムをぎゅっと抱きしめながら、じり、じりと後退る。

 こんな過去の恥ずかしい失態、彼にだけは絶対に見られたくない。
 見られるわけにはいかない。

「折紙く」
「ダメなんですううううぅぅぅぅぅぅ!!!!」
 イワンは顔を真っ赤にしたままものすごい勢いで走り去ってしまった。





 キースがイワンを見つけたのは、先ほど居た部屋から二つばかり隔てた奥座敷、その押入れの下段だった。

 襖は半開き、そこから押入れの中身が覗いている。上段には畳まれた布団、下段は細々としたものが仕舞ってあるらしい。イワンはどうやらアルバムをその押入れの奥に仕舞いこむべく、頭を突っ込んでいるようだった。

 身体の半分だけを押入れから覗かせたイワンの背中に、そっと声を掛けてみる。
「……折紙君」
 その途端、びくんッ!! とイワンの身体が大きく震えた。

「スッ、スカイハイさん!? えっあのっ、これはそのっ」
 押入れから頭を出したイワンと目が合う。腕にはまだ先ほどのアルバムを抱えたままだ。どうやら何処に押し込んだものか仕舞いあぐねていたようである。

 慌てふためくイワンの斜め後ろに、キースはそっと膝をつく。

 押入れの中は薄闇でぼんやりとしている。どうやら上段と違って下段は雑多にモノが詰め込んであるようで、ごちゃごちゃした印象を受けた。アルバムやアカデミーの制服のようなものも覗いている。きっとここには彼の思い出の品が沢山詰まっているのだろう。

 キースはイワンの肩にそっと手を置いた。
「折紙君」
「は、はいっ」

 イワンの身体は心なしか震えている。キースは少しだけ寂しげに微笑んだ。
「そんなに怯えないでくれ。私はただ、君の思い出に触れたかっただけなんだ」
「お、思い出……?」

 おずおずと顔を上げるイワンに小さく頷く。
「そう。私は、私の知らない折紙君をもっと知りたい。君が何に笑い、何に泣いて、何を好きでいたのか――」
 肩に置いた手でそっと頭を撫でる。
 淡い金色の髪はふわふわと柔らかく、指先に心地良く絡めとられた。
 手触りの良い肌と髪にずっと触れていたくなる。
 顔を近づけ、額にそっと口付ける。
 ほんのり赤く染まった頬を優しく撫でながら、キースは更に続けた。

「中には君にとって辛い過去もあるかもしれない。今の折紙君らしからざるものもあるんだろう。でも、私はそれを否定したくはないんだ。良い思い出も悪い思い出も――それを全て集めて、今の折紙君があるのだからね」
「……でも――」

 言葉を濁し、イワンが俯く。
 抱きしめられたアルバムは固く拘束されたままだ。
 仕方がないだろう。どう言われたところで、羞恥や後ろめたさといった感情は一朝一夕でどうにかなるようなものではないのだから。

 キースは嘆息し、すまなそうな顔で微笑んだ。
 もう一度額に小さく口付けて、イワンの腕に抱きこまれたアルバムに目を落とす。

「君が、どうしても見られたくないなら、私は無理強いはしない。そのアルバムは、仕舞うといい」
「スカイハイさん」
「――だから」
 ぱっと明るい表情を浮かべたイワンに、キースはにっこりと笑みを浮かべ、そして押入れの中のあるものを指差して見せた。
「『今』の君が着ているところを、見せて欲しい。私だけに」
「え……は、え」

 半ば有無を言わさぬ口調で告げられた言葉に戸惑いながら、指先につられるように視線を動かす。

 キースが指差した先。

 押入れの奥、乱雑に詰め込まれた箱の隙間から、写真と同じピンク色のフリルが顔を出しているのを見て――

 イワンは「ああああああああああああッッッ!!!!?」と絶叫を上げた。


















(大分端折ってはいるものの)こんな夢を見るあたりボクの脳内公式で空折。


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