アポロンメディア社・ステートメントビル。
 部屋に備え付けられたモニターから今日の事件の解決とヒーローたちの活躍を収めたダイジェストが流れている。
 無事犯人を引き渡して、事件も解決。
 汗を流してさっぱりし、だが流石に酒はないので炭酸飲料を一気に煽り勝利の美酒の代わりに堪能していると、仏頂面を浮かべたパートナーがこちらに歩いてくるのが見えた。
 せっかくヒーローポイントも譲ってやったというのに、その仏頂面はなんだ、と思わず突っ込みたくなる。だが言えば言ったでぐだぐだとうるさいので黙っていると、バーナビーの方から不意に話しかけてきた。
「……おじさんの」
「あ?」
「おじさんの誕生日は」
 モニターから犯人逮捕に沸く声が流れてくる。わあわあと騒がしい観衆の声にバーナビーの声がかき消される。
「あン? 聞こえねえよ」
「誕生日はいつですか」
「……何だよいきなり」
「誕生日はいつですかって訊いてるんです」
 少々怒ったような口調はいつものことだ。しかしいまだに今日の誕生日サプライズのことを引きずっているのかと虎徹はげんなりとした顔をした。
「ンなの訊いてどーすんだよ。お前が祝ってくれるってか」
「祝いますよ」
「あーはいはいどうせそんなこったろーと――」
 誰がアナタの誕生日なんかわざわざ祝うんですか、といった答えが返ってくるものだとばかり思っていた虎徹は、予想外の答えが返ってきたことに気付くきあんぐりと口を開ける。
 思わずバーナビーの顔をまじまじと見つめてしまう。
「……は? マジで」
「本気です」
「いや真顔で言われてもよ……なんつーかホラ、俺オジサンだし? 今更誕生日っつっても、なあ」
 誕生日だなんて、いくら特別な日とはいってもそんなことに胸を躍らせるような年齢ではない。何より今はどんなときでも仕事優先で自分の誕生日など娘からの電話がなければすっかり忘れてしまっているような有様だ。そのたび「もーパパってばまた忘れてたのね!」と呆れられてしまっているのだが。
「何ですか、祝われたくないんですか?」
「いやいや祝われたくないっつーかなんつーか……や、嬉しくないってワケじゃねーけど、よ……なんつうかホント今更っつーか」
「今更祝ったらいけないんですか。人に一方的に押し付けておいて、自分は逃げるんですか」
「だっ、誰もンなこと言ってねーだろ!」
 最早ケンカ腰の口調に、思わず虎徹もムッとして言い返す。祝い事の話のはずなのに何故ケンカになるのか。
「なら大人しく祝われて下さい」
「……わーったよ」
 何を言っても無駄、といったその雰囲気に虎徹は早々に白旗を上げた。どうせコイツは一度言ったら頑として譲ろうとしないのだ。普段は自分の態度に頑固だと頭が固いだの文句を言ってくるくせに、どうしてお前も頑固で頭が固いじゃねーか、と何度言おうと思ったか。
 おぼろげに記憶していた日付を伝えるとバーナビーは満足げに小さく口角を上げた。
「期待していいですよ。僕は貴方と違って手を抜くつもりはありませんから。もう参ったという位夢心地にしてあげますよ」
「逆に怖えよ……」
 一体何をされるのやら。
 妙に機嫌を良くして戻っていったパートナーの背中を半眼で見つめながら、虎徹はぶるりと身震いする。
 期待どころか恐怖のカウントダウンだ。デジタル仕様のカレンダーを眺めて、思わずはあ、とため息をついた。



 そして。



 その日相棒であるバーナビーに「今日は予定があるので先に失礼します」と愛想のない一言を残して立ち去られ、虎徹は一人家路についていた。
 親友であるアントニオと呑んだその帰りである。
 以前は仕事の愚痴や娘の話といった話題を酒の肴にしていたが、昨今で話題に上るのはもっぱら今日さっさと帰ってしまったつれない相棒のことだ。
 他者に素性を明かせぬ身の上、しかもバーナビーは今をときめく話題のスーパールーキーである。誰に愚痴をこぼすわけにもいかず結果その矛先がアントニオに向かってしまうわけだが、それはアントニオも重々承知しているらしく黙ってグラスを傾けながら虎徹の愚痴に付き合ってくれる。
 今日も今日とて散々悪口雑言を繰り広げた後「まあ、アイツも色々あるんだろうさ」とお決まりな一言で締めくくられ、虎徹は半分もやもやとした気持ちを抱えたままその場はお開きになったのだが。
(……色々、っつってもなあ……)
 そりゃあ、誰にだって色々あるだろう。自分だって抱えているものはあるし、どうやら彼も相当深い何かを抱えているようだ。
 だが、だからといって自分に当たってくるのは如何なものか。
 やれトレーニングに出れば「鍛錬が足りませんよオジサン」と嫌味を言われ、食事をすれば「栄養が偏ってますよオジサン」とまた嫌味を言われ。どうせ添え物扱いだというのに「貴方がしっかりしてくれないと僕が困るんですよ」とこれまた嫌味を言われ。
「……一体どーしろっつーんだよ……」
 思わずぼやく。どうも自分のやることなすことパートナーは逐一お気に召さないようだが、だからと言って本気でスポンサーにコンビを解消してくれと頼んでいるわけでもない辺りますますワケがわからない。
 だがまあ、考えても仕方がないどうせあいつの考えてることなんかわかるわけねーな、と酔っ払いならではの潔さですっぱり自分の思考にケリをつけると、さっさと寝てしまおうとちょうど辿りついた我が家をふと見上げた。
 だが、そこで異変に気付く。
「……あ?」
 部屋に明かりが灯っているのが見え、虎徹は怪訝そうに眉根を寄せた。
 今朝部屋を出たとき明かりは消していたはず。だとすれば昼間に何者かが侵入したのか、或いは今、部屋に誰かがいるのか。
 ほろ酔いの脳が覚めていく。虎徹は眉根を寄せたまましばし思案する。
 ――もしかして、楓か?
 楓の面倒を見てもらっている母親には部屋の合鍵を渡している。その鍵を使って楓はたまに遊びに来ることがあるのだ。
 ――もしそうなら、酔っ払った情けない姿なんか見せらんねえなあ。
 勿論、楓であるという確証はない。第一今日の昼間に一度電話しているのだ。その時に何の素振りも見せていなかったのだから、虎徹自身それはありえないだろうと思いつつそれでもおどけた笑みを浮かべると、できるだけ静かに玄関の前に立ち、一つ呼吸を置いてからコンコン、とドアをノックした。
 一瞬落ちる沈黙。そして中で人の動く気配。
 それに妙な違和感を感じて、虎徹は思わず表晴を引き締める。
 ――これは……
 と、その瞬間すっとドアが開き、中から現れたのは――
「ッ、おまッ……」
 虎徹は慌てて中に入ってドアをばたん! と閉める。
 そこにいたのは――
「なっ、なななななんでお前がここにいるんだよッ!?」
「なんでって……」
 虎徹に思い切り指差され、果たしてその人物――バーナビーは寧ろ心外といわんばかりに肩をすくめた。
 身に着けたエプロンがふわりと揺れる。しかもフリフリだ。フリルだ。純白フリル。
 既に二日酔いにでもなったかのように頭がぐらぐらした。なんだこれは。夢か。悪夢か。
「今日、誕生日でしょう。アナタの」
「はァ!?」
 声が裏返る。なんだそれは。慌てて携帯のカレンダーを確かめると、なるほど確かに誕生日だ。そういえば楓も「今日が何の日か忘れてるでしょう?」と突っ込まれたっけ。
「いやだからってお前がここにいる理由にはなんね一だろ!?」
 しかもフリフリエプロンで!
 それを指摘すると、バーナビーは整った顔にかけた服鏡を片手でくい、と上げながらにっこりと極上の笑みを浮かべた。
 身に着けているものと相俟って妙に似合っているのだからタチが悪い。美形はこういうとき得である。
「言ったでしょう。僕は貴方と違って手を抜くつもりはない、と」
「いや手を抜く抜かないっつ一か……」
「今日は一日たっぷり尽くして差し上げますから、覚悟してくださいね」
「いやそれお前覚悟しろってなんかおかしいだろおおおお!!」



 にっこり、と極上の笑み(虎徹の心情的には悪魔の笑みだが)を浮かべてとんでもない宣言をしてくれたバーナビーだったが、意外や意外実に献身的に身の回りの世話をしてくれている。
 酒瓶の転がっていた部屋は虎徹が帰ってきたときにはすでに綺麗に片付けられていたし、ダイニングにはほかほかと美味しそうな湯気を立てた料理が所狭しと並べられていた。
 バーではあまり食事を口にしていないため、食欲のそそる匂いに思わず腹の虫が騒ぐ。
 料理を前にそわそわしている虎徹を見てバーナビーが思わず笑いを零した。
「食べていいですよ」
「お前は食わねーのかよ」
「え」
 虎徹の何の気のない一言にバーナビーが動きを止める。
「え、って何だよ」
「え、いや……まさかそんなことを言われるとは思っていなかったので」
 言って眼鏡に手を伸ばす。掌で顔が隠れるその所作は彼が照れ隠しに無意識にとってしまうものだ。
 思わず虎徹まで照れくさくなって、つい顔を背けてしまう。
「……いくらなんでも一人じゃ食い切れねーし、その、なんだ、ほら、こういうのは誰かと一緒っつーのが旨いモンだろ」
 気恥ずかしい台詞を懸命に口に乗せれば、「仕方がないですね」という返事が返ってきた。その声が心なしか弾んでいるような気がしたのは――気のせいだろう。多分。
 いそいそと向かいの席に着くバーナビーを見て、虎徹は思わず「ちょい待て」とストップをかけた。
「何ですか」
「頼む、それは外してくれ、頼むから」
 フリフリ白エプロン、流石に視界の暴力である。



 それからしばらくして――
 テーブルに並べられていた料理は締麗さっぱりなくなっていた。家主はソファに転がりながらご満悦である。
 すっかり空になった皿を片付けながら、バーナビーがため息をついた。
「どうせその辺りで適当に買って食べてばかりなんだろうと思ってましたが、その通りでしたね」
「るせーなー……」
 恐らく何も入っていない冷蔵庫を見たのだろう、呆れを存分に含んだ言葉にけだるげな返事を返す。どうとでも言えといった気分だ。
「買い食い、拾い食いは栄養が偏りますよ」
「って、拾ってねーよ!」
 ツッコミに思わずソファから身を起こす。と、キッチンを見て虎徹はそのまま動かなくなった。
「どうだか」
「……」
 返事がなくなったことを訊しんでバーナビーが振り返ると、虎徹はソファから身を起こした格好のまま、じっとバーナビーに視線をよこしている。
「――何か?」
「いや、なんつうかこう、台所に誰か立ってるってのも、なんつうか……悪くねーな、と思っただけだよ」
 思わずぽつりと漏れた一言だったが、それは妙な重さをもって二人の間に響いた。
 ――二人にとってみればキッチンに誰かが立っているような光景など、遠い遠い昔の話でしかない。
 今までは独り。それが当たり前になってしまっていた。
 それを、どうとも思っていなかった。
 けれど――
「――に」
 不意にバーナビーがぽつり、と呟いた。
「あ?」
「別に、この程度ならいくらでもやりますよ」
「……」
 顔を隠すように眼鏡を押し上げる。その下から青い瞳が虎徹をじっと見つめている。
「どうせ一人だとまたどこかで拾い食いしたりしそうですから」
「しねえっつの」
「パートナーとして恥ずかしい行動を取られることのないよう僕が管理しますから」
「っておい!」
 思わず突っ込む。が、掌で隠したバーナビーの口元が緩んでいるのが見えて、虎徹は思わず言葉に詰まった。
「〜っ……」
 今までさっぱり見えてこなかったパートナーの思考のその一端が見えた気がした。
 仕事だビジネスだパートナーだから仕方がない、色々口では言っていても、人に世話を焼くのが結局嬉しいのだ。
 隣に居る、その事実を感じたいのだ。
 全く、とんだ世話焼きもあったものだがどうせ自分も人のことは言えない。
「何ですか気持ち悪い」
 知らぬうちににやにや笑いを浮かべていた虎徹を見てバーナビーが眉根をひそめる。
「いーや、別に」
「別に僕は貴方の生活を気にしているわけじゃありませんよ。貴方がだらしないと僕が困るんです」
「わーかったっつの。好きにしろよ」
 投げやりにそう答えながら、虎徹は再びソファに転がる。パートナーの後姿を転がったまま眺めながら、虎徹はひとり密かに胸の中で決意した。
 ――いつまでも振り回されてばっかりだと思うなよ。
 自分も十分パートナーを振り回しているという事実をすっぱり忘れて、彼は、彼らはこれからに思いを馳せる。
 誕生日。新しいスタートには、随分キリがいいじゃないか。
「まあ、せいぜい宜しくな、バニーちゃん」
 次の誕生日はこの倍返しにしてやるからな。


















兎虎処女作。なんていうかいろいろ酷い。


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