「……はあ……」

 シュテルンビルト・最上階層に聳え立つ高級ホテル。
 その、おおよそ一般市民には縁のないような建物の、更に上階にある高級レストランで、『彼』は万感こもったため息をついた。
 途端、隣の席から小声で叱咤が飛んでくる。
「……ちょっと! だめだめ、できるだけ笑顔で!明るく!」
「う、は、はい……」
 言われて、できるだけ自然になるよう口角を上げて、笑顔を作る。自然に、自然に。おしとやかに、『女性』らしく。
 それを見て納得したように頷かれる。
「そうそう。できるだけ穏便に、事無くお断りしなくてはいけないのですから。そんなため息などつかれては心証が悪いでしょう。お願いしますよ、『お嬢様』」
「……はい」

 ぽんぽん、と軽く肩を叩かれて、瀟洒なドレスに身を包んだ『彼』――イワンは気付かれないように小さく小さくため息をついた。





 どうしてこうなったのか。
 ――事の発端はこうだ。

 つい先日、市議会議員の邸宅が強盗に襲われる事件があった。犯人がNEXT能力者であったためヒーローたちが出動したのだが、その際イワンは議員の娘だという少女を救助していた。
 その後、その少女からイワン宛に礼状が届いたのだが、それと一緒に厄介な依頼が届いたのである。
 日く「数日後行われる見合いの席に、替え玉として出席して欲しい」――

 その話を聞いたアニエスが独自に調査したところ、市議会議員の娘である彼女には外交筋からいくつか見合いの話が持ち込まれているらしい。それだけならば良くある話なのだが、どうやら今回の相手はあまり関わりを持ちたくないような相手――要するに世間一般にお披露目できないような後ろめたい事情を持つような相手であるらしく。
 お見合いはお断りしたいが、万が一断った場合に所謂暴力的な手段に出られてもおかしくない。だからヒーローである彼に身代わりをお願いしたい――ということであるらしかった。
 そんな複雑な事情になどできれば巻き込まれたくはない。だが相手が市議会議員であるという手前、無碍にするわけにもいかず。
 結局イワンはその少女の姿に擬態して、替え玉となることを余儀なくされてしまったのである。

 ひとまず見合いの席は滞りなく終了し、イワンはくずおれるようにテーブルの上に突っ伏した。慣れない格好と緊張のせいで、はっきり言ってもうぼろぼろだ。

「『お嬢様』。お見合いは終わりましたがどなたが見ていらっしゃるかわかりませんよ。ほら背筋を伸ばして」
「……う……はい……」
 家に帰るまでが遠足、という言葉よろしくどうやらまだ演技は続けなくてはいけないらしい。よろよろと身を起こしながら少女の姿に擬態したイワンは内心がっくりと項垂れた。
 とりあえず依頼どおりお見合いはお断りしたのだが、どうも先方が『お嬢様』を気に入っているらしくなかなかどうして折れてくれず。
 結局もう一度チャンスが欲しいと、再度の約束を無理矢理取り付けられてしまったのである。
 そうなればつまり、替え玉ももう一度しなければいけないということで。

(……これで終わると思ったのに)
 大体女性に擬態するのは大変なのだ。身体のつくりが違うから上手く動き回れないし、胸元の開いたドレスはすーすーするし、足に絡みつくロングのスカートは着心地が悪いし、言葉遣いは気をつけないといけないし。こんなことを二度もやったら心労で倒れてしまう。心の中で不満たっぷりに愚痴をこぼすが当然誰も聞いてくれなどしない。
 表に車を回すから、と先に退出した付き人の背中を恨めしげに見やりながら、イワンは誰にも聞こえないような小さな声でぼそり、と本音を呟いた。

「……もうやだ」

 大体女性に擬態するだけならまだしも、お見合いの席というのが辛い。今まで顔も見たことのないような人間(勿論それは本人である少女もそうだろうが)に言い寄られ、誉めそやされ、こちらも懸命に相手を褒めながら歪曲にお断りする旨を伝えなくてはいけない。非常に面倒で、気の張る仕事である。

 ――いっそ、心に決めた相手がいます、とでも言えたらいいんだけど。
「って、いやいやいや!」
 ふっと思い浮かんだ思考に、イワンは慌てて頭をぶんぶんと振ってそれを振り払う。

 気になる人――が、いないわけではない。だがその人はあまりにも遠くて、まぶしくて、到底自分が手の届くような人ではないのだ。だからこの気持ちは憧れでしかないのだと、そう自分に言い聞かせているのだけれど。
 それでも顔を合わせるたび、ふとしたことで話をするたび、高揚して、どきどきして、冷静でいられなくなる自分を自覚している。その人のことを考えるだけで息が苦しくなるような錯覚を覚える。
 今もまたふとその人の顔が脳裏に過ぎって――「だっ、だめだめだめ!」イワンはまた慌てて頭をぶんぶんと振った。お仕着せの髪飾りがちゃらちゃらと音を立てて揺れる。
 まあ勿論、身代わりである以上そんな軽率な発言はできないわけだし、擬態している少女にそもそも想い人がいるかどうかなど知る由もないのだからそんな話題は間違っても口に出せないのだが。

「『お嬢様』、車の準備ができました」
「あ、――はい。……ええと、今参ります」
 付き人に声を掛けられ、イワンは慌てて外のエントランスホールへと向かった。





 お見合いの席を設けられた場所はシュテルンビルトでも一、二を争う高級ホテルのレストランだ。エントランスホールも高級の名に相応しく、中央に巨大な噴水が設けられ扇状に広がったガラス張りの階段の下を透明な水が流れていく作りになっており、瀟洒な雰囲気を漂わせている。周りには高級マンションやオフィス、そして広い海と空を一望できる公園があり、観光客や近くに住んでいる家族連れといった人間が辺りを散歩しているのが見えた。デートスポットでもあるのか、ちらほら恋人同士らしき影もある。

「『お嬢様』、こちらです」
 エントランスホールに続く階段の下に停められた車に向かう付き人の後を、イワンも粛々とした様子でついていく。

 足取りが覚束ない。気分でも優れなさそうなその様子に通り過ぎる人が心配そうな視線をよこしてくるが、実際は、
(……うう、歩きにくい……)
 履き慣れないかかとの高い靴に悪戦苦闘しているだけだったりする。高下駄には慣れていても、それはそれ、これはこれである。

 そういえばブルーローズさんはあんなかかとの高い靴で良く踊ったり走り回ったりできるなぁ……と思い出す。今度歩き方のコツでも訊いた方がいいだろうか、と考えていて、意識が足元から逸れた。
 床に着いた足がバランスを崩して、がくんっ! と思い切りひざが折れる。
「うあっ!?」
 慌てて手を伸ばすが掴まれるような物など周りにはない。このまま転んだら階段を転げ落ちてしまう――思わずぎゅっと目をつぶった瞬間、伸ばした手を誰かに掴まれた。
 くずおれた身体をしっかりと抱きとめられる。
「君っ、大丈夫かい!?」
「――だ、大丈夫、で……ッ!?」
 足が宙を泳いでいる。何とか階段に足を乗せて振り返り――イワンは言葉に詰まった。薄くアイシャドーで飾った目を大きく見開く。
 何故なら――自分を抱きとめていたのは、彼の良く見知った人物だったからだ。
 クセのある金の髪がイワンの鼻先でふわりと揺れる。澄んだ青い瞳に快活な笑みを宿して、その人物は「ああ、驚かせてしまったね、すまない」と微笑った。
「――ス、ッ……」
 スカイハイさん、と思わず呼んでしまいそうになって、イワンは慌てて口を噤む。
 金髪に青い瞳。快活で精悍な顔。見覚えがあるどころではない。キングオブヒーロー・スカイハイことキース・グッドマン――イワンにとっては仲間であり、ヒーローとしてのライバルだ。そして――
「怪我はないかい?」
 目の前で首を傾げられて、自分の顔が一気に真っ赤になるのを感じた。
「ッ!!」
 思わず顔を逸らして、そういえば今は少女に擬態しているのだと気付き、ますます顔が赤くなる。
 別人に成りすましている以上イワンだと気付かれることはないだろうが、それでも女装(女性形なのだから女装とも違う気がするが)しているところを見られて平静でいられるわけがない。なによりまさか、今このタイミングで『本人』に会うなんて。
「? 大丈夫かい、どこか具合でも」
「なっ! 何とも、ありませんッ! 大丈夫ですッ!」
 心配そうに自分を見るキースに裏返った声で返しながら、イワンは慌てて抱きとめられていた身体を引き剥がす。
 体中、火がついたように熱い。
「あのっ! ありがとうございますッ!!」
「え、――あ」
 ひっくり返った声で礼を叫んで、イワンは逃げるようにして付き人の待つ車へと駆け込む。

「お、『お嬢様』? ご無事ですか?」
「ぼっ、……私は大丈夫ですっ! それより早く出してくださいッ」
 バンッ、と勢い良くドアが閉まり、やや乱暴に車が発進する。

 スモークガラスの内側からそっと後ろを振り仰ぐと、エントランスの階段に呆然と立ってこちらを見送るキースの姿が見えた。
(……すみません、スカイハイさん……)
 イワンはそっと心の中で謝って、その姿を視界から遠ざける。何故あんなところにいたのか、どうしてこのタイミングで彼に会う羽目になってしまったのか。ぐるぐると交錯する思考を無理矢理シャットアウトした。

 身体はまだ火照ったまま、なかなか熱が引きそうになかった。





 ――その、数日後。
 イワンは再び同じ場所にいた。
 勿論、再びセッティングされたお見合いの席の替え玉として、である。

 今回も滞りなくお見合いの席は終了――頑なに断り続けるイワンたちに相手方もとうとう根負けし、今回は縁がなかったと了承してもらうことができた。これでやっとイワンも解放されることになる。

「――何度もご足労頂いてありがとうございました、『お嬢様』」
「いえ……こちらこそ」
 頭を下げる付き人にイワンも頭を下げる。とは言ってもまだ外である以上、イワンは『お嬢様』の姿のままであったが。
 この後本物の『お嬢様』のところに引き上げて経過を報告すれば、それで今回の仕事は完了である。

「それでは参りましょう」
 付き人に連れられてエントランスを下り、帰りの車へと向かう。
 その途中でイワンは何気なく辺りを見回し――ふと目に入った姿に「あっ!」と声を上げた。

「『お嬢様』? 如何なされましたか?」
「あっ、あの……すみません、少しだけ時間を頂いてもいいですか!?」
「え? は、はあ……」
 怪訝そうに首を傾げる付き人におざなりに頭を下げてから、イワンは慌てて踵を返す。

 一瞬だけ見えた後ろ姿。きっと『本物の』お嬢様なら見逃していたかもしれない、だがイワンがその姿を見間違えるはずがなかった。
 また転んでしまわないように気をつけながら、必死に駆ける。今にも立ち去ってしまいそうなその後ろ姿にイワンは懸命に声を掛けた。

「あ、あのッ……すみません!」
 声を掛けられて、その姿が振り返る。青い瞳がこちらに向けられる。
 それは――間違いなく、キースその人だった。

「あの、先日は……ありがとう、ございました」
 通りすがりのキースを呼び止めて、どうにか呼吸を整え、イワンは改めてキースに向かって頭を下げる。
 キースは最初不思議そうな顔をしていたが、すぐに誰だかわかったらしく「ああ、あの時の」と言ってぱっと快活な笑みを見せた。
「また会えるとは思ってもみなかったよ」
「ぼ……わ、私もです。まさか、またお会いできるなんて思いませんでした」
「私はこの近くに住んでいるからね。ここは散歩コースなんだ」
 言ってキースは近くを指差す。視線で指差す先を追うとなるほど、リードを街灯に繋がれた犬が大人しく寝そべっているのが見えた。ここはどうやら彼らの休憩ポイントだったらしい。
 それでこんなところで会うことになったのか、と内心合点しつつ、イワンは努めて平静を装いながらずっと思っていたことを口にした。
「あの、私……助けてもらって、何のお礼もできないまま立ち去ってしまって……失礼をして、本当にすみません」
「そんなことを気にしていたのかい? ああ、だが何事もなかったようで、良かった」
 裏表のない笑顔を浮かべながら「あまり気分が優れないようだったから、何かあったのではと心配していたんだ」と優しい声で告げられ、イワンはまた頬が紅潮するのを自覚する。
 できるだけ顔を直視しないよう僅かに視線を逸らしながら、イワンはぼそぼそと小さな声で言い訳を口にした。
「あの日は……お見合いで、緊張していたので、それで」
「お見合い?」
「はい……あの、でも、お断り、したんです」
 そこまで言ってから余計なことを口にしたと気付く。市議会議員の娘の見合いの話など、一般の人間に話すことではない。もっともキースの方は相手が誰かなど(その正体を含めて)気付いてはいないだろうが、だからといって自分の見合いが上手くいっただのいかないだのといった話は普通するものではない。
 だがキースは別段眉をひそめることもなく、ただ素直に首を傾げた。
「それは――どうして?」
「あの……私と、それと両親と……意に染まないものだったというのも、あるんですが」
 答えながら、これ以上余計なことは言わなくていい、と理性が警鐘を鳴らす。
 それでも、何故かキースにはその言い訳を聞いて欲しかった。

「……好きな、人が、いて」
 視線を逸らしたまま、ぽつりとその言葉を口にする。

 理性の警鐘がどんどん大きくなっていく。これでは公私混同だ、と冷静な自分が脳裏で叫ぶ。好きな人がいるのはイワン自身であって、市議会議員の娘である『お嬢様』ではないのだから。
 それでも言わずにはいられなかった。それを、キースに伝えずにはいられなかった。

「あの、こんなわけのわからない話をしてしまって、すみません」
 イワンは慌てて頭を下げる。だがキースは微笑を浮かべたまま「いや、いいんだ」と首を振った。
「自分の意に染まない見合いなど、辛いだけだろうからね。想い人がいるなら尚更だろう」
 当たり障りのないような答えを返され、イワンは内心でほっと息をついた。だがその後に続いた言葉に、思わず硬直する。
「だが相手も残念だっただろう。君のような可愛い人なら」
「……は?」
「ああ、いや、気にしないでくれ」
 キースがぱたぱたと手を振った。
 つい、と恐る恐る視線を上げると、顔を逸らしたキースの頬が少しだけ赤らんでいるのが目に入った。

(え……あれ、スカイハイさん……もしかして、照れてる?)

 普段目にすることのないモノなだけに思わずまじまじと見つめてしまう。と、不意にキースが逸らした顔をこちらに向け、思い切り視線がかち合ってしまった。
(あ、わわ)
 慌てて俯く。今度はこっちの顔が赤くなってしまった。そんな様子に気付いているのかいないのか、キースは照れている様子など微塵も感じさせないいつも通りの口調でイワンに問いかける。
「その、想い人には気持ちを伝えているのかい?」
「え、あ、ええと……いえ……」
 怖いたまま小さく首を振る。今この場で伝えられたらどんなにいいだろう、と思いながら。

 でも今の自分は「市議会議員の娘」で、イワンではなくて。そもそも伝えていいような気持ちではなくて。
 だから、ずっと胸に秘めるしかないのだ。

「そうか……」
 イワンの声に潜んだ沈鬱な感情を悟ったのか、キースが少し沈んだ声音で相槌を打つ。だがその後キースは意外な言葉を続けた。
「――うん、今、私はどうも複雑な気分なんだ」
「え?」
 思わず顔を上げると、再びキースと視線が合った。今度はその視線を逸らさずに、イワンはキースの様子を伺いみる。

 キースは困ったような、それでいて嬉しそうな、微妙な表情を浮かべ――そしてあっさりと爆弾発言を口にした。
「私にも、実は気になる人がいてね」
「え……、え?」
 まるで「今日は一日曇りだったね」とでも話すかのようなあっさりした口調でとんでもないことを告げられて、一瞬イワンの思考が停止する。

(……き、気になる人? 気になる人って言った? スカイハイさんが? スカイハイさんに?)

 気になる人ってつまりアレですか恋慕という意味で気になるのでしょうかそれとも他に何か意味があるのでしょうかと大混乱するイワンをよそに、キースはそのまま世間話でもするように話を続ける。
「その子は、仕事の仲間なんだが」
 仕事仲間! それはまさかブルーローズさんですかそれともドラゴンキッドさんでしょうかいやいやまさかアニエスさんだったりするんでしょうかまさかとは思いますがファイヤーエンブレムさんなんてことはないですよね!?
「目立ちたがり屋なのかなと思っていたんだが、それが意外と普段は大人しくて、なかなかあまり話す機会もないのだけれどね」
 目立ちたがり屋で大人しい? そんな人誰かいたっけ……そこでようやくイワンに少しだけ冷静な思考が戻ってくる。

 おかしい。キースの話すその人物に、思い当たるような人間がいない。
 勿論イワンとてキースの周りの人間関係を全て把握しているわけではない。だが彼の口ぶりから察するに、自分と共通の知り合い――要するに、HERO TVの関係者――である可能性が高い。だがそうなると本当にそれらしき人物に心当たりがない。
「それでも、普段はとてもひたむきで、何事にも懸命で……他人のために自分ができることがあればと、危険なことも買って出てくれるような、そんな子なんだ」
 どんどん大きくなる違和感。冷静さが戻ってきた思考でそんな人いたっけ……と懸命に考えて、イワンはふと、ある可能性に気付いた。

 まさか。
 まさか、そんなことがあるはずない。
 そんな、都合のいい話が、あるはずがない。

 思いついた可能性を必死に否定するイワンをよそに、キースは優しい微笑をイワンに――イワンが擬態している少女へと向けた。
「……どうしてだろう、君とそっくりだと、そう思ってしまって」
 見た目は全く違うのだけどね、と苦笑するキースのその視線の先に、『自分』がいる。

 その瞳が見ているのは果たして誰なのか。
 自分が擬態した少女の先に見ているのは一体誰なのか。
 そんなまさか、という思考と、もしそうだったら、という思考が交錯する。

「だから、君のお見合いの話を聞いて、不謹慎ながらほっとしてしまったんだ。すまない」
「あ、あの……ええと」
 こんな時何と答えればいいのだろう。必死に言葉を探すイワンの背に、不意に「お嬢様!」と呼びかける声が聞こえた。
「『お嬢様』! そろそろ出発しないと間に合いません!」
「……ああ、長く引き止めすぎてしまったようだ」
「あ、えっと、あの、こちらこそ……引きとめて、ごめんなさい。本当に、ありがとうございました」
 キースがすっと手を延べる。イワンもそれに導かれるようにすっと手を伸ばした。軽く触れ合った手で握手をする。
 その手が離れ――繋いだ手から伝わった熱が掌に名残惜しく残った。
「それでは、またどこかで会うことがあれば」
「――あのッ!」
 そのまま立ち去ろうと踵を返した背中に、イワンは思わず叫ぶ。
 だが。

「――? どうかしたかい?」
「……いえ……本当に、ありがとうございました……」

 だめだ。言ってはいけない。本当のことは。
 イワンはどうにか思いとどまると、形だけの礼を口にして小さく手を振った。
 キースも微笑って手を振り返すと、また再び踵を返して歩き出す。

 言えるはずがない。言ってはいけない。言うならば、元の姿で、本当の自分で言わなくては。
 でも、もし、違っていたら。でも、もしかしたら。
 わからない。わからないけれど、でも――

 立ち去るその背をずっと見つめながら、イワンは胸中に渦巻く思いを掌に残った熱と共にぎゅっと抱き締めた。


















15話予告に夢を見た。ホントに夢でしかなかった。泣いてなど


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