○雪見酒○
風もなく、ただ雪だけが深深と舞い降りてくる。
色彩のない闇の中に、白い軌跡が一定の間隔で描かれ、消えていく。
周りには誰もいない。彼一人。
闇が作り出す静寂の中に、一人。
不意に静寂が破られる。
こつ、こつ、こつ、と少しづつ近づいてくる足音に振り向くと、そこにいたのはがっしりとした体格の長身。
「よっ。お前こんな所にいたのか。寒くねぇか?」
「……寒いに決まっているだろう、阿呆が」
片手を上げて気さくに声をかけてくるクリフに、しかしアルベルはぶっきらぼうに答えた。
「(可愛くねぇ奴……)」
「何の用だ」
ふい、とまた物見塔から外を見るアルベルの横に、クリフは躊躇うこともなくどっかと腰を下ろす。
「冷たいねェ」
「何の用だ、と尋いている」
少しだけ嫌そうな表情をすると、クリフは人懐こい笑みをアルベルに向ける。
「折角いい酒が手に入ったから、一杯飲ろうかと思ってよ」
そう言って掲げるクリフの手には、大振りの酒瓶があった。
「フェイトの奴が『未成年に勧めるな』なんてかてェ事言うからよ。呑み相手を探してたんだ」
「……貴様の相手をするつもりはないな」
漸くアルベルがクリフを向く。
その表情は、先程とは違い少しだけ柔らかいものだった。
「だが、酒は悪くない……」
とくとくとくっ、と小気味良い音を立てて杯に酒が注がれていく。
それを口元に引き寄せると、アルベルは躊躇うことなく一気に干した。
「……ほぉ」
珍しく感嘆の声が漏れる。
「佳い酒じゃねぇか」
「当たり前だろ?このオレが選んだ酒だからな」
クリフが自慢げに笑った。
「……で、貴様、何を考えている?」
杯に二杯目の酒を注ぎながら、アルベルがクリフを睨む。
「別に?」
今度はアルベルがクリフの杯に酒を注ぐ。
それをやはり一気に干しながら、クリフが不適に笑った。
「お前こそ、こんなとこで一人で雪なんか眺めて、何考えてやがんだ?」
「別に……」
先程のクリフと同じような答えを返し、また空を見上げる。
雪は止むことなく、ただただ深深と舞い降りてくる。
闇が支配する虚空に白い雪が舞い踊るその様が映すのは、孤独だ。
闇は音を吸い込んでいく。
雪は視界を消していく。
音もなく光もないその世界に、どうしようもなくただ独り――そんな気分になる。
「――へっ。感傷かよ」
クリフがそんなアルベルの心を見透かしたかのように言う。
「そういうわけじゃない」
「じゃあどうだってんだ?テメェの顔にはそう書いてあるぜ」
人を馬鹿にしたようなその物言いにむっとしながら、アルベルは新たな酒を空の杯に注ぐ。
それを今度は一気に干さず、舐めるように味わいながら、視線を舞う雪に向ける。
寒さが身に応える。
左腕の傷が疼く。
自分を独りにした自分の業を、否応なく思い出させる傷。
「……ったく、なんてツラしてやがる……」
ふっと、視界の隅で金色が動いた。
瞬間、アルベルの視界に透明な何かが散る。
「!」
避ける間もなく、それは顔面を直撃した。
独特の香を放つそれは、
「……テメェ」
先刻まで二人が呑んでいた酒。
それを無様にも頭から被って全身を濡らしたアルベルに、クリフは笑いを全く隠さず言った。
「ちったぁ目ェ覚めたか?折角の上物だ、味わっとけよ」
「貴様、何のつもりだ……」
怒りも露わにゆら、とアルベルが立ち上がる。
だがクリフは動じた様子もない。
「テメーがシケた面してやがるから気合入れてやったんだよ」
「なんだと…」
「何せ、テメーがそんなこの世で独りみてぇな暗い面してると心配するお人好しがいやがるからな」
感謝しろよ、と言いながらクリフは立ち去った。
後に残ったのはアルベルと、二人分の杯。
「……ちっ。あのお人好しどもが…」
髪から上質の酒を滴らせながら、アルベルの気分は晴れやかだった。
END
わーっと書きたくなってわーっと書いた覚えがあります。
クリアルじゃないのよー、結局はフェイト中心で、クリフとアルベルはお互いライバルって感じで。でも敵愾心バリバリでない感じで。わかりにくいね(笑)
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