その日がとても待ち遠しかった。
 何日も前から指折り数えた。
 彼女の家は、珍しくホログラムではない本物の大きな樅の木が飾られていて。
 それに星や、ボールや、様々なオーナメントを飾るのが楽しくて仕方なかった。
 その日は珍しく父親も帰っていて。
 山のようなケーキを食べて、次の日に心躍らせながら眠りについて。
「マリア、サンタさんからプレゼントよ」
 そう言って樅の木の下から母親が大きな箱を持ってきてくれて。
 箱の大きなリボンを解いていくのが、何よりも楽しみだった――








○unforgettable○















「……ったく、なんでこんなのにいちいちこっちまで合わせなきゃならねぇんだよ」
「『取引先』である以上、仕方ありませんよ。クリフ、我慢してください」
 文句を言いながらコンソールを睨んでいるのは、反銀河連邦組織「クォーク」リーダー、クリフ・フィッターである。
 その片腕として働く彼女、ミラージュ・コーストも、口ではクリフを諌めながら自分も苦笑を隠せない。
 二人が睨んでいたのは、コンソールに表示されたある「数字」だった。
「ねぇ、クリフ、ミラージュ、何を睨んでるの?」
 後ろから突然かけられた声に、だがクリフは驚きもせずに返す。
「マリア、ここには来るなって言ったろ?」
「だって誰もいなくて……」
 クリフの座る艦長席の脇から顔を覗かせたのは、まだ十二、三歳ほどの少女だった。
 彼女の名は、マリア・トレイター。
 クラウストロ人が構成員の殆どを占めるクォーク内において、マリアは珍しい地球人である。
 今よりほんの少し前、戦時に巻き込まれ脱出ポッドで宇宙を漂流しているところをクリフたちが救出したのだ。
 それ以来、帰るところを失くした彼女は此処クォークの所有艦であるディプロで生活していた。
 初めは中々人と馴染めなかった彼女も、最近では大分慣れたのか、目を離すと艦内を歩き回るほどになっていた。
「ねぇ、何を見てたの?」
「時計を見ていただけですよ」
「時計?」
 言われて、マリアもコンソールに表示された時計を見遣る。
 其処に表示されていたのは普段クリフたちが使用するクラウストロ星系標準時刻ではなく、地球標準時刻のもの。
 クラウストロと地球では、時間の感覚が大分違う。
 だがクリフたちの『取引先』の標準時刻が地球準処のものである以上、こちらもそれに合わせなくてはならない。
 何時ものことではあるが、クリフはそれが癪に障るのだ。
 と――
「……あっ!」
 コンソールの時計を見ていたマリアが、急に声を上げた。
「どうしたの?」
「ううん、なんでもないの!」
 そう言って顔を上げたマリアは、満面の笑みを浮かべていた。
 そして、嬉しそうに去っていく。
「……何だありゃ」
「さあ……私にもわからないですね」
 マリアが急に機嫌を良くした理由が、二人には全くわからなかった。
 そしてそれがその後の騒動の原因になるとも、その時の二人は気づくはずもなかった。



* * * * *



 その光景を見て、クリフは絶句するしかなかった。
「一体何があったんですか?」
 言葉を失っているクリフに代わり、ミラージュがその場にいたランカーに問いかける。
「何が…って……こっちが聞きてぇぐらいですよ。マリアの奴、急に……」
 周りには他のメンバーも集まってきている。
 そこはマリアの個室だった。
 だが、今はそこら中に物が投げつけられたように散乱し、酷い有様になっている。
 そして、マリエッタが扉を必死に叩いて何か呼びかけていた。
「マリア!マリア、出てきて!!」
 中からの返答はない。
 ただ、聞こえるのはしゃくりあげるようなマリアの泣き声――だった。
「マリエッタ、一体何があったの?」
「あっ……リーダー……マリアが、マリアが……」
 クリフとミラージュの姿を見て、それまで必死にマリアに呼びかけていたマリエッタまでもが泣きそうに顔を歪める。
「実は……」
 マリエッタの言葉を継ぐように、スティングが状況を説明し始めた。



「くりすます?」 「そう、クリスマス。確か……神様の誕生日を祝う日だって」
 初めて聞く単語に、メンバーは興味深げにマリアの話に耳を傾ける。
 その場にいるマリエッタ、リーベルとスティングはマリアがここに来てすぐに打ち解けたメンバーだ。
 三人が話に乗ってきたのを見て、マリアは嬉しそうに話を続ける。
「クリスマスにはね、おっきなモミの木にいろんな飾り付けをして、みんなでお祝いするの。そして、いい子にしてるとプレゼントがもらえるのよ」
「はぁ〜、地球にはそんな風習があるのか。プレゼントなんて中々太っ腹だねぇ」
 感心しているのか呆れているのかわからない言い方でスティングが言う。
「クラウストロには、そういうのがないの?」
「ないわね。あったら楽しそうなんだけど」
「そっか……」
 クリスマス。
 毎年必ず祝っていたクリスマス。
 お母さんと、お父さんと、祝っていた、クリスマス。
 それが、今年はないのだ。
 今年だけじゃない。
 もう、二度と――



「……マリア?」
 急に黙ってしまったマリアに、心配そうにマリエッタが声をかける。
「……もう、ないんだ、クリスマス……」
「え?」
 家族と共に過ごす時間。
 幸せだった時。
 もう、戻らない時。
「そうだな……マリアもここに来たからには、ここに合わせなきゃな」
「そんなの……!」
 忘れることなんて、出来ない。
 あの幸せを、あの温もりを、
 忘れることなんて――
「嫌ッ!!」
 瞬間、マリアは叫んでいた。
「嫌!!そんなの嫌!!忘れられるわけない、帰して、お父さんとお母さんのところに帰して!!」
「マ、マリア!?」
 彼女は、泣いていた。
 何故、と突然の事態を理解できていない三人を尻目に、マリアは自室へと引きこもってしまったのだ。



「……多分、思い出しちゃったんだと思います、家族のこととか……」
 一通り話し終えた後、リーベルがおずおずとそう言った。
「きっと、くりすますってマリアにとってすごく大切な思い出だったんだと思います。だから、今年は祝えないって、そう思ったから……」
 マリエッタが感極まった声で言う。
 クリフはそれを聞いたまま、何も言おうとはしない。
「マリア……」
 ミラージュが扉の向こうのマリアに話しかける。
 だが、

「来ないで!!」

 中から聞こえてきたのは拒絶の叫び。
「来ないで……帰して、返して!お父さん、お母さん……」
「マリア、私達も貴女をご両親のところに帰してあげたいの。けれど、それは無理なのよ」
「わかってる!わかってる、けど……」
 理性はそれを理解している。
 もう、二人はいない事。
 けれど心がそれを拒絶する。
 帰りたい、と。

「……マリア、聞こえてるよな?」
 不意に声を上げたのは、それまで沈黙を続けていたクリフだった。
「オレ達はクラウストロの人間だ。クラウストロにその……くりすます、とか言う奴がないってのは、他の奴らから聞いてるだろ。この世界に身を置いてる以上、マリア、お前もそれには従わなきゃならん」
「そんなの……わかってる……!!わかってる……」
「お前の両親も……くりすます、とか言うのも、ここには……クォークには、ない。お前の望みは……叶えられねぇんだ」
 叶わない望み。
 届かない願い。
 聖夜のない世界に、彼女の願いは叶わない。
「だがよ……クォークは銀河連邦相手にしてる組織だ。時間軸も銀河連邦に合わせなきゃならねぇ。――だよな?」
 そう言って、ミラージュにふと目配せする。
 クリフが言わんとしていることを察し、ミラージュが微笑んだ。
「そうですね。時間、季節、行事……向こうの都合に合わせなくては」
「なぁマリア、くりすますとか言うのは銀河連邦でも大事な行事なんだろ?」
「え……?」
 ならオレ達もやらなきゃならんなぁ、と悪戯っぽくクリフが言う。
「そうですねぇ。マリア、物知らずな俺達にご教授願えませんかね?」
 ランカーが笑って答え、
「そうよマリア、一緒にやりましょ」
 それにマリエッタも賛成する。
「みんな……」
 皆の気持ちが嬉しかった。
 その優しさが――痛かった。
 皆が優しければ優しいほど、現実の棘が突き刺さる。
 一番共にいて欲しい人が――居ない事。
「それによ、マリア」
 扉の向こうから、いつもとは違う優しい声。
「今まで一緒だった奴がいないかも知れねぇが……その代わりに、オレ達がいるじゃねぇか」
 クリフ、ミラージュ、ランカー、マリエッタ、リーベル、スティング……
 血が繋がっていなくても、別の星の人間でも、皆は確かにマリアを受け入れてくれた、暖かな、『家族』なのだ。
 そう、とても暖かな、もう一つの、マリアの家族――
 不意に、外を拒絶していた扉が開いた。

 涙で顔をぐしゃぐしゃにしたマリアが見たのは、笑顔で彼女を迎えてくれた『家族』達だった。



* * * * *



「――わ、何かすごいのがある」
 クォーク所属艦、『ディプロ』歓談室に鎮座している巨大なツリーを見て、フェイトは驚きの声を漏らした。
 その反応を見て、隣にいたマリアがくすりと微笑う。
「もうすぐ地球時間でクリスマスでしょ?ここはこの時期になると何時もそうよ」
「へぇ……でも驚いたよ。クラウストロにもクリスマスって概念があるんだ?」
「ある訳ないでしょ」
「ふぅ〜ん、ないんだ……って、ないの?じゃなんでツリー?」
「私が教えたの。他にも……色々ね」
 言いながら、マリアは色とりどりに飾られたツリーを見る。
 あれから毎年、この場所にはツリーが飾られ、クリスマスを祝う。
 あのときの出来事は、彼女にとって忘れられない思い出の一つとなった。
 『クォーク』メンバーとの……大切な『家族』との、暖かく、優しい思い出。

 決して忘れることのない、強く暖かい絆。










END





カップリングのない話も結構書きます。本当はもうちょっとバックグラウンドを細かく書きたかったんですが時間切れで尻切れトンボと相成りましたあやややや。
クラウストロにクリスマスがない、とゆー認識は大丈夫なのか…そもそもこの時代にクリスマスって認識は(以下略)
オチつけるためにフェイト出してみたり、ディプロメンバー頑張って出してみたり、子供マリアが純真すぎて書きにくかったりと思い入れも多し。(笑)


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