そもそも、コイツに作らせたのが間違いだった。








○愛情カレー○















 今、俺に背を向けて何やら鍋をかき回す姿を見ながら、俺はソイツに聞こえるよう大仰にため息をついた。
「何?アルベル、ため息なんかついて暇?」
 それを聞いて奴は何故か楽しげに、こちらも向かず声をかけてくる。
「ンな訳あるか」
 暇なだけならまだ――本当に欠片程度だが――マシだ。
 俺は今、めったに味わうことのない「憂鬱」な状況だった。
 憂鬱の原因は勿論コイツだ。
 コイツが蒼い髪を揺らしながら楽しげに鍋をかき回すたび――異様な匂いが鼻を突く。
 事の始まりは二、三日前からだ。
 コイツと二人旅を続け、久しぶりの野宿だったように思う。
 で――



「――で、夕食を僕が作れって?」
 心底不満そうに聞いてくるフェイトに、俺は肩をすくめる。
「俺は食事はどうでもいい。何か食いたかったら自分で作れって言ってるんだ」
 適当な岩に腰を下ろす。確かに日は暮れかけていたが、別段腹が減ってる訳でもなく、本当に食事などどうでも良かった。
「どうでもっ……って、何も食べない気かよ?」
「腹が減ったら適当に何か食えばいいだろうが」
「……そんなアバウトな……」
 呆れたような声を漏らし、だがフェイトは暫くすると「仕方ないなぁ」などとぶつぶつ呟きながら、こちらに背を向け荷物から何やら取り出し始めた。
 やたら底の深いでかい鍋やら(「寸胴」というらしい)フライ返しやらまな板やら包丁やら一体何処にそんなものを持ち歩いていたんだコイツは。
 やがてモノを刻む規則的なリズムがフェイトの鼻歌と共に聞こえてくる。
 そう言えば、俺はフェイトが一体どんなものを作るのか見たことがない。
 旅先で料理といえば大概女勢が何か作っていたし、ファクトリーに篭ることがあってもコイツは大抵調合をしていた。
 ……まぁ、背中越しに見ている分には(調合のように)おかしなものを作る気配は無さそうだが……
 好きでやっているなら放って置いてもかまわないだろう。
 俺はしばし、久々に触れるひんやりした夜の空気に身を預けた――



 鼻につく妙な匂いに、俺は意識を覚醒させた。
 どうやら少し眠っていたらしい。
 匂いの元をたどると――そこには案の定、フェイトの姿があった。
「おい」
 声をかけると、フェイトは先程とは打って変わった明るい表情を浮かべていた。
 こいつがこういう表情をしているときは、大抵何か企んでいるとか、そういうときだ。
「あ、アルベル、起きたんだ。丁度できたところだよ」
「……何がだ」
 嫌な予感がする。そしてことフェイトに関して俺の勘は外れたためしがない。――不本意なことに。
「え?わかんないかな、これって匂いとかでわかると思うんだけど」
 確かに先程から匂いはしている。貴族の女のつける香水を何種類も混ぜ合わせたような、甘ったるくて胸焼けのする匂いだ。
 これが料理の匂いとは到底思えない。
「カレーだよカレー。野宿の定番だろ?」
 こんな匂いのするカレーがあるか。
 そもそもなんでカレーが野宿の定番なんだ。
 瞬時に何種類かの突っ込み(漫才をしているつもりはないが、こればかりは突っ込まずにいられなかった)が脳裏を掠めたが、それを言葉にする前にフェイトが先制攻撃を仕掛けてきた。
「アルベル用に少し甘口にしてあるから、食べるよな?」
 アルベル甘党だしな。
 邪気のない笑顔で言ってくる。
 おい、いつから俺が甘党になった?
 などと反論することもできない。
 こんな笑顔を向けられたら、反論なんぞできそうもない。
 俺がそれに弱いって、コイツはわかってやっているのかも知れない。



 ――案の定、そのカレーと呼ばれる物体はこの世のものとは思えないほど、甘ったるかった。



 俺はその夜、フェイトが寝ている隙にその物体をギルドへ登録してやった。
 「激あまカレー」と名づけられたそれは二、三日もすれば町中に流通するだろう。
 俺ばかりがこれの被害に遭うのは不本意だ。興味を持った奴らにも同じ目に遭わせてやろうという、そんな意図だった。



 そして。



 街を訪れると、案の定その物体は流通していた。
 それだけならまだ良かったのだが、フェイトは自分の知らないうちに流通していたそれを何故かいたく気に入ったらしい。迷惑なことに。
 そして結局、フェイトは今夜も宿の食堂を借りて、甘ったるい物体を煮込んだ鍋をかき回している。
「もーちょっと待ってろよ、もう少しで完成するから」
 もはや何がどうなっているのかわからないその物体をかき回す姿を横目に、俺は再びため息をついた。
 それが完成すれば、またそれを食う羽目になる。
 断ることもできるだろうが、あの笑顔で迫られたら断るに断れない。
 そんな俺の心情を知ってか知らずか、フェイトが上機嫌で呟いた。

「やっぱ料理は愛情だよな♪」










END





「料理は愛情」なんて生易しい単語ですべて片付くのなら失敗作なんてこの世に存在しないと思います(笑)
それにしてもフェイトって激甘カレー作れたっけ?確認してないんだよね実は(マテ)
御題→「携帯サイトで10のお題」様より


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