雲が手に届きそうな程近かった。
 白い物が前を掠め過ぎ、目を細めるとそれは風切り雲だと教えられた。
 そおっとそれに手を伸ばしてみても、手に触れるのは冷たい風だけ。
 初めて体験した空の世界は、冷たく痛く、――心を、打たれた。








○掴雲○















「――アルベル?」
 掛けられた声に振り向けば、そこにはフェイトが風に煽られた蒼い髪を懸命に押さえながら、こちらを見上げていた。
「どうかした?ぼーっとしてたけど」
「いや……」
「はっはーん、テメェもしや高所恐怖しょぶっ」
 何か得意げに言おうとしている筋肉男を(左の)肘で黙らせ、フェイトの方に向き直る。
 後方で何やら叫び声のようなものが聞こえた気がしたが、段々と遠ざかっているので気にしないことにする。
「雲が……近いな」
「え?ああ、空だし……」
 今、俺達は侯爵級ドラゴン――クロセルの背に乗り、シランドへと「飛んで」いた。
 その速さは疾風のドラゴンなど競べ様もなく。
 その高さは空と大地が反転したかと錯覚するほどに。
 風は冷たく空気は痛く、地を這う人間を嘲笑う。
 人間の力では届かぬ世界。
 無意識に俺は手を伸ばす。
 目の前を過ぎる雲に向かって。
 だが手はただ空を掴むばかりで、何も残らない。
「――届かない、よね」
 不意に、フェイトが呟いた。
「あんなに目の前なのに。
――どうして、って思うよね」
 淋しそうに呟く。
「――フェイト…」
「でもね」
 俺の言葉を遮るように口を開く。
 俺を真っ直ぐ見据えるその瞳には、流れ行く雲が映っていた。
「実は、もう掴んでるんだ」
「……?」
 言葉の意味が分からず戸惑う。
「ちゃんと掴んでるんだ。ただ見えないだけ。ずっとずっと捕まえられないと思ってても、実はちゃんとその手に掴んでる」
 そう言って、両手を広げ、目を閉じた。
 まるで見えない何かを受け入れるように。
 その時、一際強い風が俺達を煽った。
 クロセルが一瞬バランスを崩したのか、足元が揺れる。
「ッおい!?」
 揺れてバランスを崩し倒れかけたフェイトを慌てて支えてやると、フェイトは笑っていた。
「ありがとう。……ははっ、冷たい」
 そう言うフェイトの両手は、――いや、全身は僅かに湿っていた。
「――……?」
「――あ、なんで濡れてるかって?」
 不思議に思っているとフェイトがそれを代弁した。
「これは、今、僕が雲を掴んだからだよ」
「…………?」
 意味が分からず眉をひそめる。
「雲はそこにないように見えてもちゃんとそこにある。ちゃんと掴めてる。――雲の正体は水なんだ。だから、こんなふうに」
 目の前に差し出された腕につくのは無数の水滴。
 ――それだけじゃない。俺の全身も、湿気のようなものが取り巻いているのを感じた。
「ヒトって、目に見えないものをなかなか信じられないんだよね。雲もそう。掴んでいてもそれに気付かない」
 本当はとっくに掴めているのに。そう言って微笑う。
「掴んでいても、気付かない……か」
 この手に掴んでおきながら、気付かずにいたもの――
 一体どのくらいあるのだろう。
「でも、掴めないからこそ、ヒトは」
 どこまでも手を伸ばす。広い空に向かって。
「それを掴むために努力する。……そして成長する」
 上空に翳した手のひらを握り、胸元へと持っていく。
 それを途中で遮って掴まえ、俺のほうへと引き寄せる。
「何?アルベル」
「――いや……」
 雲は決して掴めない。
 けれど、俺は――

 今、間違いなく、雲を掴んだ。










END





超造語、且つ、フェイトがどんどん不思議系になってきていた頃の走り(笑)
しかもイミがわからないね。


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