「っアルベルの大馬鹿ー!!」
「ンだとこのド阿呆が!!」








○すぃーとらばーず。○















 平和な街の中に二つの怒号が響き渡った。
 道行く商人が、子供が、老人が何事かと振り返る。
 だが彼等を振り返らせた怒号の張本人達は注目の的になっていることも気にせず不毛な罵り合いを続けている。
 そして更にそこから離れた遠巻きから二人を見つめて、溜息をつく人影があった。
 他人を装っている彼等は二人と共に旅する仲間である。
 二人の喧嘩はいつもの事だったが、今日はまた一段と激しい。
 喧嘩の原因は二人の足元に転がっていた。
 両手を合わせたより少し大きい位の、白い箱。
 だが箱は無残に潰れ、あまつさえ中身と思しき焦茶の物体が隙間から覗いている。
 それは、フェイト手作りのザッハトルテだった。
 昨日からファクトリーに篭って作っていたものだ。
 それをアルベルに渡そうとして彼にあしらわれ、フェイトがバランスを崩した結果――
 この惨事となった訳である。

「…第一俺は甘いモンは喰わねェって言ってんだろうが。ンなもん俺の前に持ってくんじゃねェよ阿呆」
「っな…!そ、そこまで言うことないじゃないか…!!」
 アルベルの容赦のない言葉の数々にとうとうフェイトが涙ぐむ。
「おっ、おい…」
「うるさいっ!もう知るもんかっっ!!」
 アルベルが止める暇もなく、喚くだけ喚いたフェイトはそのまま走り去ってしまった。
 後には騒ぎを見物していた野次馬と、呆然と佇むアルベルだけが取り残された。



* * * * *



「………」
「あ〜らら、泣かしちゃったわね」
 二人の喧嘩が終わって野次馬も立ち去った後、立ちすくむアルベルに声をかけて来たのはマリアだった。
「五月蝿い。黙れ、阿呆」
「あなた、そんな事言ってていいのかしら?」
 アルベルの険悪な物言いにも臆する事なく、むしろどこかからかうような雰囲気でマリアは彼に接する。
「フェイトがあんなに怒った理由、知りたくはない?」
「…なんだと」
 流石に気にしていたのだろう、マリアのその言葉に僅かながら反応する。
 その反応を見て満足したか、マリアは一つ頷くとおもむろに懐からクォッドスキャナーを取り出した。
 見るのは地球標準時刻で表示されたカレンダーだ。
「…予想通りね」
「おい、何が予想通りなんだ」
「今日はね、フェイトの故郷で<バレンタイン>って呼ばれてる日なのよ」
「ばれ…?何だ、それは」
 聞き慣れぬ単語にアルベルが眉宇をひそめる。
「そうね…バレンタインって言うのは、有り体に言えば、年に一度、好きな人にチョコレートを渡す日の事よ」
「…なんだ、それは…そんな事をしてなんの意味がある」
 アルベルがいかにも興味なさそうに鼻を鳴らす。
 そんなアルベルをマリアは何故か少しだけ淋しげな目線で見遣った。
「そうね、確かにあなたにとっては無意味かもね…」
「…どういう意味だ」
 アルベルが険を孕んだ目でマリアを見る。
「あなたにとっては無意味でも、フェイトにとってはそうじゃなかったって事よ。いい?バレンタインは年に一度、好きな人に自分の想いをチョコレートにして渡せる日。自分の想いを素直に打ち明けられる日なの。じゃなきゃフェイトだって丸一日ファクトリーに篭ってまでこんなもの作らないわ」
 マリアが足元の箱に視線を向ける。
 フェイトの想いの結晶を。
「………」
「フェイトったら、わざわざリジェールに頼み込んでこれを作ったのよ。自分一人じゃ作れないから、って」
 フェイトが慣れない料理に悪戦苦闘する姿が目に浮かぶ。
 そんな彼の姿を想像し、心の中のなにかがちくりと痛んだ。
「……はいコレ」
「!」
 ひょいと無造作に手渡されたのは、先程まで足元に転がっていたはずの白い箱。
「これをどうするかはあなたの勝手よ…ただ、これがフェイトの気持ちだってこと、忘れないで」
 それだけ言うと、マリアは呆然とするアルベルを残してさっさとその場を立ち去ってしまった。
 アルベルの手に残された、形の歪んだ白い箱。
 その白い箱を見つめて、アルベルはただ、立ちすくんでいた。



* * * * *



 朝の陽光が腫れた目に刺さって、フェイトは目を覚ました。
「――…ん…」
 どうやら、昨日アルベルと喧嘩した後、宿に戻ってそのまま泣き疲れて眠ってしまったものらしい。
「…そっか…昨日…」
 はぁ、と一つ溜息をついて、時間を確かめようと枕元に目を遣る。
 と、そこには――
「あれ?」
 見慣れぬ白い紙切れが一枚。
 昨晩には確かになかったものだ。
「なんだろ…」
 それには何やら文字が書き付けてあった。
 ぶっきらぼうな文字で、一文だけ。
[もっと甘味を抑えとけ]
「…なんだよ…、我が儘な奴だな…」
 泣き腫らした目に、笑みが零れた。
* * * * *
「全く、二人とも不器用なんだから…」
 宿の食堂で、やれやれと言わんばかりに溜息をついたのはマリアである。
「ま、なんせあの二人だ。それはしゃーねーだろ」
 マリアの溜息に答えたのはクリフだった。
「どうせ一肌脱いでやらんと進展しないような連中だからな。ちょうどよかったんじゃねぇのか」
「…とか言って、本当は悔しいんでしょう」
「ンなっ!わけねぇだろ!」
 即座に否定したクリフだったが、声がしっかり裏返っている。
「まぁ今回は大人しく負けを認めときなさい」
「ぐぬうぅ…」
 クリフが心底悔しそうな声を上げるのを聞きながら、マリアはもう一度溜息をついた。
「どっちも前途多難ねぇ…」










END





バレンタイン向けに、なんかいっしょーけんめー頭をヒネらせて、コレだよorz
アルベルがアフォなホドツンデレになった。
そしてこれの幻(?)の続編は永久に闇に葬られたままです。南無。


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