どうしてだ。


 何だっていつもそう、お前は俺の知らない世界を、そんなに楽しそうに話すんだ。


 俺の知らない、俺の居ない世界を、何故、そんなに懐かしそうに話すんだ。


 そこは俺の居ない世界。俺が居るべきではない世界。


 ならば何故お前はその世界を求めるのか。


 ああ、その答えは分かっている。


 ただ、その答えを聞くのが、堪らなく――怖いだけだ。









○Monopoly○















「…でさ、なんとかそれを防いだと思ったら、それがフェイントで横に居た奴にパスされて、そのままシュートされそうになったんだよ。卑怯だろ?あっちの身長は190近いしさ。どうやっても防ぎようがないよあんなの…」
 俺の横で、連れが楽しそうに喋っている。
 俺はその話を適当に聞き流す。
 興味がないというのもそうだが、それ以上に話している内容が俺には全く理解できなかったからだ。
 連れが自分の故郷でやっていたスポーツの話らしい。
 滔々と話続けるその横顔は本当に楽しそうで、時折懐かしむような表情も浮かべている。
 どちらも、普段は見せないような表情だ。
 俺はというとこれ以上ないくらい不機嫌そうな表情を浮かべているであろうことが、自分にも分かる。
 勿論それは連れにも充分伝わったようで、暫くすると話を中断させて俺を睨み付けてきた。
「……なんだ」
 わざとぶっきらぼうにそう言うと、連れはますます眉間のシワを深くする。
「なんだじゃないだろ。アルベル、僕の話ちゃんと聞いてるのか?」
「聞いてねぇよ、阿呆」
「聞いてないっ…て、なんだよそれ!」
 俺の答えが気に喰わなかったのだろう、連れは憤慨して俺に文句を言ってくる。
「人が話してるのに聞いてないだって!?大体何なんだよ、ずっと不機嫌そうにぶすっとしててさ!」
 不機嫌だった事は認めるが、話を聞いてやる義理はない。
「阿呆。何で逐一テメェの話なんざ聞いてなけりゃいけないんだ?」
「なっ…!」
「大体今はもう戻れねぇところの話なんざ意味ねぇだろ。俺はそんな無意味な話は興味ねぇんだよ」
 そう言うと、連れはますます機嫌を悪くしたようだった。

 ――そうだ、そんな話は無意味以外の何物でもない。
 ――俺のいない世界の話など。

「…っ!」
 恐らく怒りの余り声も出ないのであろう連れをその場に残し、俺は顔を背けたままさっさと進むことにした。
 もうじき日も暮れる。街は目と鼻の先だったが急ぐに越したことはない。



* * * * *



「…なぁ、どうしたんだよアルベル」

 意を決したように連れが声を掛けてきたのは宿で質素な食事を終えた後だった。
「なんかずっと不機嫌でさ。何かあったのか?」
「…どぉもしねぇよ」
 そう、どうもしない。
 ただ、連れの話を不快に感じている、俺自身に憤っているだけだ。
「どうもしないって…現にどうにかしてるじゃないか…」
 一つ大仰に溜息をつくと、聞こえよがしにぼやく。
「あぁもぅ、ワケわかんないよ…」
 そう、確かに訳がわからない。
 連れの話の内容も、俺が不機嫌な理由さえ。

 ――いや、本当はわかっている。
 連れが、フェイトが、俺の知らない、俺のいない世界をあんなにも楽しそうに、懐かしそうに、――愛おしそうに話すのが、堪らなく不快なだけだ。
 わかっている。
 フェイトがもといた世界を求めるなら、俺はそれを止められない事。
 フェイトがもといた世界に帰りたいと望んでも、俺にはそれを止める権利はないという事。
 フェイトが俺ではなく元の世界を選んでも、俺はそれを受け入れねばならないという事。
 例え身体を暴力で縛ることが出来ても、心までは縛ることが出来ないという事。

 ――そうだ

 あいつがたった一言「帰りたい」と言ったなら、それで全ては済むことなのだ。
 俺にそれを止める術などないのだから。
 帰る場所も、帰る方法もないとは言っていたが、あいつの世界は広い。
 あいつの世界は俺の識る世界より遙かに広く、広く、――唯、広い。
 あいつのことだ、帰る場所など決してひとつではないだろう。
 帰る方法も探せばいくらでもあるのだろう。

 ――あいつには、俺の識らない世界があるのだから。

 ――そう、考えたら。

「………ばいいだろうが」
「え?」

 ――言葉が勝手に、口を突いて出ていた。

「帰りたければ、帰ればいいだろう?」
「……は?」
 一対の深緑色の瞳が、呆けたように俺を見返す。
「なっ…それ、どういう意味だよ!?アルベル!?」
「五月蝿ぇ…」
 今にもつかみ掛かって来そうな雰囲気のフェイトを手で制し、俺はそのまま席を立つ。
「どこ行くんだよ!?」
「阿呆。寝るに決まってんだろ」
 今は、この場を離れたかった。

 ――あいつの顔を、見ていたくなかった。
「…来るんじゃねぇぞ」
 一言だけ釘を刺し、俺は足早にその場を離れた。

 ――呆然と立ち尽くす、フェイトを残して。



* * * * *



「…クソッ…」

 何時まで経っても訪れぬ睡魔の気配に、苛つきながら俺は何度目とも知れぬ寝返りを打った。

 ――夜は気にいらねぇ。

 俺は眠るのが好きではない。
 睡眠と共に訪れる悪夢が、堪らなく欝陶しいからだ。
 見たくもない過去を幾度となく見せ付ける、悪夢。
 だが今日はどんな悪夢を見せられてもいいから眠りたい気分だった。
 なのに、普段は悪夢を引き連れ否応なく訪れる睡魔が今日に限って一向に訪れる気配はない。

 ――だから夜は嫌いなんだ。
 思い通りにならないことに更に苛立ちながら、また寝返りを打った、その時。
「…?」
 微かだが、何かを叩く音が聞こえた。
 それが気のせいではないことを証明するかのように――
「……アルベル。起きてる?」
 扉ごしに聞こえてきたのは、フェイトの声。
「………来るなと言ったぞ、阿呆」
 一瞬、無視することも考えたが、奴のことだ、例え俺が本当に眠っていたとしてもわざわざ起こしてくるに違いない。
「…ごめん。でも、どうしても話したくてさ…入っていいかな?」
「…勝手にしろ」
 言うが早いか、フェイトが扉を開けて部屋に入ってきた。
 ――やはり、最初から入るつもりでいやがったな。
 フェイトは足音も立てずに中へ進むと、そのまま俺のベッドに腰を降ろす。
 二人分の体重を受けたベッドが、ぎしりと嫌な音を立てた。
「……あのさ」
 横になったままの俺とは話しにくいのだろう、しきりに身じろぎするフェイトに合わせ、さして質の良くないスプリングが微かに悲鳴を上げる。
「なんだ」
「…えっと」
「俺は眠いんだ。話があるならさっさとしろ」
 それはフェイトを早く部屋から追い出すための方便だったが。
 ようやっと決意したようにフェイトは一つ頷き口を開いた。
「あのさ、アルベル…
アルベルは、僕にいなくなってほしいの?」


 瞬間。


 頭に何かをぶつけられたような衝撃が、俺を襲った。


 いなくなってほしい、だと?


「…何故、そう思う」

 思わず身を起こし、フェイトを見る。
 フェイトは――泣きそうな、辛そうな目で、微笑んでいた。
 俺が突然身を起こした事に驚いたのか、びくりと体を震わせる。
「だっ、…だって、アルベル、僕が話しててもなんかずっと不機嫌だったし、…さっきも、帰ればいいなんて……」
 しどろもどろだが、言いたい事は解る。
「…つまり、お前は俺の機嫌が悪いのはテメェのせいだって言いてぇのか」
「……違う、の?」
 上目遣いに俺を見る。
 哀しげな、淋しげな、棄てられる仔犬のように。
「…あぁ、確かにテメェのせいだな」
 俺が無性に苛ついてる原因は。
 そう言ってやると、フェイトはあからさまに傷ついた表情をした。

 哀しげな、淋しげな、深緑色の瞳。
 フェイトがじっと俺を見つめ、その深緑の瞳の中に俺が映る。

 瞳の中の俺は――

 哀しげな、淋しげな、棄てられる仔犬のような目を、していた。


 ――ああ。


 なんてことはない。


 棄てられるのは、哀しいのは、


 ――淋しいのは。

「アルベル…?」



 ――そう、俺だ。


 コイツの純真な心は鏡となって、俺を映していたのだ。
 離れたくない、離したくないと願う、俺の心を。

 そうだ。

 俺は、あの時――神を滅ぼしたあの時から、決めていた筈だ。
 コイツを――絶対離さないと。

「……帰りたいか?」
 問う。
「………え?」
 もう一度、問う。
 答えを聞かぬ問いを。
「帰りたいかと、俺は聞いてる」

「僕は……」
「帰さねぇよ」
 間髪入れず、言う。
「テメェが何と言っても、テメェは絶対に帰さねぇ」
「…………」
 例えどんなに元の世界が恋しかろうとも。
「テメェは、俺のモノなんだからな」



「……………っ!?」
 その瞬間、フェイトが顔を真っ赤にしてその場から飛び退こうとする。
 俺はそれを見逃さず、フェイトを抱きすくめる形で自由を奪ってやる。
「なっ、なっ、なっ、なっ、なっ」
「何が言いてェのかわかんねェよ阿呆」
 依然顔を真っ赤にしたまま言葉を詰まらせるフェイトの耳元で、俺の顔が見えぬように顔を隠しながら、囁く。
 流石に今の顔は――見られたくない。
「なっ、なんなんだよ一体ッ!?急に不機嫌になったり怒ったりしたと思ったら、…こ、こんな」
「五月蝿い。元はといえば全部テメェのせいだ」
「何もしてないだろっ!」
「帰りたそうにしてたじゃねェか」
「してないっっ!!」
「ここ最近ずっと自分の世界の話しかしてねぇだろ」
 更になにか返されるものと思っていたのだが、何故か急にフェイトがぴたりと黙り込んだ。
「…おい?」
「…もしかして、さ」
「何だ」
「もしかして、僕が自分の世界の話ばっかりしてたから、僕が帰りたがってるって、そう思ったの?」
「違うのか」
 そう尋いた瞬間、フェイトが思い切り吹き出した。
「あっ…ははは、あははははは!!」
「おい、一体何なんだ…」
 フェイトの笑いは治まらない。
「ははっ…ははは、あはははは…」
「おいっ!何だってんだ一体!」
 少しキツめに睨むと、ようやくフェイトは笑うのを止めた。
 尤も、まだ少し余韻が残っていたが。
「ご、ごめん…まさかアルベルがそんな風に考えてるなんて、思ってもみなかったから…」
「どういう意味だ」
 意味が掴めず眉宇をひそめると、コイツは――
「僕がずっと僕の世界の事を話してたのは、アルベルに僕の事をもっと知ってもらいたかったからだよ」

 ――コイツは。

 コイツは何を言ってるんだ。
「ほら、アルベルって自分の事とか滅多に話さないだろ?僕はアルベルの事、もっと知りたいのに…だからさ、僕が僕の事を話せばアルベルも自分の事、話してくれるかなって思ったんだ。……僕の事も、もっと知ってもらいたいし、僕もアルベルの事、もっと一杯知りたいから、さ」

 つまり。

 コイツが引っ切りなしに自分の世界の話をしていたのは。

 とどのつまりは俺のためということで。

「だって、僕は…ずっと、アルベルと一緒にいたいって、思ってるから…」
「………そうか」

 その言葉だけをやっと搾り出して。
 残りの胸の内の言葉分、フェイトを抱く力を強くする。
「ちょっ…痛いよ、アルベル…」
「知らねぇよ」
 二人とも、文句を言いながら笑いあう。
 目の前にある大事な物を抱き締めながら。
 何物にも代えられぬ、得難き物を。

 愛おしいと思う、その気持ちを。

 そうだ、例え何があったとしても、コイツを手放したりなどしない。

 コイツの全ては俺のモノなのだから。

 そしてそれを――その気持ちを、人は独占欲と呼ぶ。

 コイツの全ては俺のモノ。


 それは――愛情という名の、鎖。










END





monopoly=独占する、所有する。(モノに対する所有権とかを指す)なんかビミョーに間違ったタイトルハハン。
ていうか記念すべき初SS…なんです、が…ゴメン死にたい。マジ葬りたい。書き直す気力もない。orz


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