ソレは突然目の前に現れた。

 ソレはまるで鏡で映したかのようで。

 でも決して鏡に映った虚像では有り得ない、現実的な存在。

 でも現実には有り得るはずの無い、仮想現実な存在。

 ソレは。

 僕等に、瓜二つで。


 でも、なにかが決定的に違っていた。









○MIRROR IMAGE LABYRINTH○















「…ったく、さっきから変な祭壇ばっかりだし、敵はいきなり強くなったりするし、挙句に誰かにそっくりな奴は出てくるし…」
「文句ばっか言うんじゃねぇよ、阿呆」
「こんな所にいつまでも居たら文句しか出てこなくなるよ」
 そう言ってやるとアルベルは心底嫌そうにこちらを睨みつけてきた。
 僕はそれに気付かないフリをして更に文句を並べ立てる。
「そもそも僕はこんな変な洞窟には入りたくないって言った筈だよね?それを無理矢理連れてきたのはアルベルなんだし僕にはアルベルに文句言う権利があると思うけど?」
「…いい加減黙れ、じゃねぇと殺すぞ」
 流石にそう言われるのはイタかったか、アルベルは僕を思い切り睨み付けるとそれきり黙った。
 …まぁ、僕も(多少の好奇心から)強く止めなかったのも事実なんだけど。  もしここでそんなこと言おうものなら、アルベルのことだ、きっと言いたい放題言ってくるに違いないから、黙っておく。
 けど、好い加減この謎な空間に僕もアルベルも辟易しているのもまた事実で。
 知り合いにそっくりで、でもどこかが決定的に違う奴は出てくるし。
 しかも出会い頭に戦いなんか挑んできたりして――
「……なんなんだよ、ここは…」
 ため息をつきながら眼前の扉を開ける。
 そこには――

「……またか」
 アルベルが隣で(かなり厭そうに)呟いた。
 かくいう僕も苦虫を噛み潰したような顔になっているのが自分でもわかる。

 そこにあったのは、祭壇だった。
 中央は水が張ってあり、それがまるで鏡のように天井を映している。

 水鏡――

「ここにも祭壇が…」
 ためしに、ほんの少しだけ水鏡に近づいてみる。
 途端
「!?」
 祭壇が…いや、
 水鏡が突然眩い光を放ちだした。
 そう、先ほど見た水鏡と同じように。
「またか!これで三度目だぞ!!
今度は何が出てくるって言うんだよ!?」
 思わず毒づく。
 その間にも光は少しづつ収束し、水鏡の上に突如現れた人物がゆっくりと鮮明に現れてくる。
「あれは……?」
 薄ぼんやりとした輪郭が、徐々にその姿を現していく。
 さらさらとした短めの髪。腰には剣。

 既視感。
 あれは。

「僕!?」
 思わず叫ぶ。
 ソレは、間違いなく僕だった。
 けれど、どこかが――
「…ちっ!」
 アルベルの舌打ちと、カタナの鍔鳴りで僕は我に返った。
 見れば、ソレは僕たちのほうを見ている。
「なっ…!?」
 なんなんだ、一体……!?
 その僕の言葉は途中で途切れた。
 光を失いかけた祭壇が、再び輝きだしたからだ。
 光を遮るようにもう一つ影が現れる。
「ん、もう一人…?」
 祭壇が徐々に光を失い、その二人の姿がはっきりとしてくる。

 それは。

 その姿は。

 まるで。

「まさか……」

 まるで鏡で映したかのようで。
 でも決して鏡に映った虚像では有り得ない、現実的な存在。
 でも現実には有り得るはずの無い、仮想現実な存在。

 そして、どこかが決定的に違う、存在。

 ソレは。

「アルベル……!?」

 血のイロをした冷たい瞳が、僕を見据えた。



* * * * *



「オイ、これはどういうことだ、クソ虫?またヘンな所に出たじゃねえか」
 『アルベル』が『僕』に話し掛ける。アルベルと同じ声で。
 僕は何も言えない。声が出ない。
 『アルベル』に答えたのは『僕』だった。
「さあ…どうやら不思議な場所に迷い込んじゃったみたいだね」
 しれっ、と答える『僕』を『アルベル』は思い切り睨みつける。どうやら癇に障ったらしい。
「さあ、じゃねえんだよ、阿呆。どこが『こっちが正解だ。間違いないよ』…だ。あきれてモノが言えねえ。これも全部まるまるまとめて全てテメエのせいだからな」
「だからさっきから謝ってるだろ?」
「ほう…お前の世界では、あれが謝ってることになるわけか。おめでたい話だ。悪いと思うならキチンと土下座しやがれ、阿呆が」
 二人の話はまるで緊張感がなくて、日常的で(寧ろ僕達の日常会話そのものだ)でもどこかが違う。
 まるで非現実めいた夢を見ているような感覚。
「土下座って…。それを言ったらこの間、領主に追っ手かけられたのはアルベルのせいだろ? お前なんて土下座どころか謝ることすらしなかったじゃないか」
「うるせえ。アレは、アレだってんだよ、阿呆。いい加減そんな古い話を持ち出すのは止めるんだな。でないとマジで殺すぞ」
 僕の隣でアルベルが言葉を失って立ち尽くしている。
 アルベルが茫然自失になるなんて珍しい。明日は槍でも降ってくるのかもしれないなぁ…
 まぁ現実逃避なんだけど。
 『僕』が大仰に肩をすくめて溜息をついた。
「全く、お前は凄めばいいと思ってるんだろ。いい加減に慣れたよ。大体、そんなこと出来ないくせに。意外と身内にはやさしいもんな、お前」
「何だと!クソ虫風情が偉そうに!出来ねえかどうか、今すぐ試してやろうか!!」
 『アルベル』が目に見えて激昂した。
 隣のアルベルも顔を引きつらせている。
 うーん、でも僕も心当たりあるなぁ。
 他人とは思えないよ。
「はいはい。そんなことより、まずは目の前の、この不思議な状況をなんとかしないといけないだろ?なかなかやりがいのありそうな顔してると思うぞ。正直…僕はいやだけどね」
 不意に、『僕』がこちらを振り向いた。
 その瞳に宿る光は。
 アルベルがカタナを構える。『僕』に向けて。
 『アルベル』がこちらを向いて目を細めた。
「…確かに、ぶっつぶし甲斐のありそうなツラしてやがるな」
 口の端を吊り上げて僕を見つめる瞳に宿る、光は。

 ――殺気。

「だろ?
じゃ、そろそろ行こうか」
 『僕』が微笑いながら、言う。
 まるで散歩にでも誘うかのように、気楽な口調で。
「ああ、張り切りすぎて、精々怪我しないようにしろよ、阿呆。後で面倒なことを押し付けられるのは全部俺なんだからな」
 『アルベル』のカタナの切っ先が、ゆらり、とこちらに向けられる。
「その言葉、そっくりそのままお返しするよ」
 『僕』が微笑いながら腰の剣を引き抜いた。
「………フェイト」
「わかってる」
 アルベルの忠告を聞くまでもなく、僕もまた腰の剣に手をかける。
 腰を落とし、半身を引いて、いつでも迎撃できる態勢を整える。
 ――わかっている。
 気を抜けば、殺られる。
「…行くぞ!!」
 『僕』の声を皮切りに、暗い洞窟に剣戟が響いた。



* * * * *



 ――『ソレ』が倒れたのは、僕らが戦い始めてから一体どれ位経った時のことだっただろう?
 『僕』が地に倒れる音と同時に、僕が取り落とした剣が洞窟に澄んだ音を響かせた。
「……オイ、生きてるかクソ虫」
「…ちゃんと生きてるよ。物騒なこと言うなよ…」
 喋ったということは、アルベルも生きてる。
 ――よかった…
 気が抜けたら、強張っていた身体の力も同時に抜けてしまったようで、僕はその場にへたり込んでしまった。
「ッおい!」
「だ、大丈夫…ちょっと気が抜けただけだよ」
 慌てて駆け寄ってこようとするアルベルを手で制して、ヒーリングの呪紋を唱える。
 蒼い光が僕を包んで、傷ついた身体を癒していく。
 それでも治りが遅いのは、いつもよりも傷が多く、しかもそれが深いからだろうか。
「……強かった、な」
「フン、そう思うのは貴様が弱いからだ」
 思わず呟いた言葉を、アルベルが鼻で笑い飛ばす。
「……だが、確かにあいつらは久々にやりがいのある相手だった」
 僕は思わず目を見開いた。
 アルベルが人を誉めるなんて。
「……やっぱり明日は槍でも降ってくるんじゃないだろうな…」
「今すぐここで殺されたいのか貴様は」
 そう言いながらもアルベルは動かない。
「そんなこと言ったって、どうせぼろぼろで動けないくせに」
 それは僕も同じだったけれど。
 『彼ら』は、本当に強かった。
 勝てたのが不思議なくらい。
 いや、本当に運が良かったとしか言えないぐらい、強かった。
 僕らにそっくりな『誰か』。
「………もし、また戦うことになったら」
 今度は勝てないかもしれない――
 そう続けようとした僕の言葉を、アルベルが遮った。
「今度はもっと完膚なきまでに叩きのめしてやるさ」
 次の俺は今の俺より強くなっているのだからな。
 アルベルの赤い瞳がそう言っている気がして。
「そう、だね」
 次は、もっと強く。
 決意の色を秘めた眼差しに、僕は少しだけ、微笑った。



* * * * *



「………で」
 怪我もすっかり治して、暫く休んで体力も回復して。
 僕たちは再び洞窟の中を調べ歩いたのだけれど、結局三つ目の祭壇の奥には何もなくて、しぶしぶ洞窟を出ることにした――のだけれど。
「さっきから脇目もふらずに突き進んでるみてぇだが、本当にこっちで合ってるんだろうな?クソ虫」
「……………………確かこの折れた柱の二つ目の角を………」
「オイ、聞いてんのかクソ虫」
「え?あ、ああ、こっちが正解だ、間違いないよ」
「……本当だろうな…」
 かなり胡散臭げにこっちを見ながら、それでも大人しくついて来てるあたり、アルベルも道は覚えてないんだろう。
 ………まぁ、アルベル『も』って事は……まぁその、なんていうか……
 でもここは確かに通った覚えのあるところだし、間違えてはいないと思う。多分。
 やがて――
「……あ、ほら、あそこの扉。出口じゃ……」
 そこまで言って、止まる。
「……アレのどこが出口に見えるってんだ、阿呆」
「………ごめん」
 そこにあったのは、祭壇だった。
 中央は水が張ってあり、それがまるで鏡のように天井を映している。

 水鏡――

「え…っと、元の場所に戻ってきちゃった……の、かな?」
「『戻ってきちゃった』じゃねぇだろ阿呆が。完全に道に迷ってんじゃねぇか」
「だからごめんって言ってるだろ。そう言うアルベルだって何も……」
 言いかけたその時。
 不可思議な輝きが、空間を満たした。
「なっ……!?」
 思わず両腕で目を庇う。
 それほどの量の光。
 けど、見えないということは回りの様子もわからないということで。
 何かに身体を包まれるような不可思議な感覚だけが伝わってくる。
 それが少しずつ収まってくるとともに辺りを包む光も次第に弱くなっているのがわかった。
 ――アルベルは…?
 隣にいるはずの彼の気配が感じられない。
 代わりに、懐かしいような、二つの気配。

「…!?」

 息を呑む気配が伝わってくる。
 僕はゆっくりと目を開けて――

 そして――

 見た。

 既視感。
 あれは。

「僕!?」

 『ソレ』が声を上げた。
 程なくして僕の隣に一本の光の柱が現れた。
 既視感。
 ――まさか……

「まさか……」

 僕の思い描いた動きそのままに『ソレ』が声を上げる。
 僕は唐突に理解した――気がした。
 これは、きっと。
 過去と未来の接点。
「アルベル……!?」

 虚像迷宮――

 隣で驚いたような気配。
 けれど、すぐにそれは鼻で笑い飛ばされた。
 気づいたんだ。アルベルも、きっと。
「オイ、これはどういうことだ、クソ虫?またヘンな所に出たじゃねえか」
 アルベルが僕に話し掛ける。恐らく、目の前の『アルベル』と同じ声で。
 だから僕も、微笑って答える。
 もしもこれが戯言じみた僕らの『過去』で『未来』だとしても。
 さっきのようにはいかない。
 いかせるものか。
 今の僕たちは目の前の過去の僕たちより強くなっているのだから。
 ――でも、まぁ

 たまにはこんな児戯のような狂言に付き合うのも、悪くないかもしれない――

「さあ…どうやら不思議な場所に迷い込んじゃったみたいだね」










END





台詞とか、いっしょーけんめー調べた覚えがあります…orz(自爆)
でもなぁ…実際そっくりなのが出てきたっつっても、全然色が違いますよねにこッ!(笑)
でもってあの会話ってかなりアルフェイですよねって思ってるんですけど違いますかそうですか。


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