世界が変わるまで、あと一時間。

 待ち人は、まだ来ない。








○つながるじかん○















 丸い、シンプルなデザインの置き時計を、渋い顔でにらめっこしながら、太陽はむぅ、と幾度目とも知れぬうなり声を上げた。
 その丁度反対側では、すっかり大きく育ったボンが、うなり続ける太陽を尻目にすやすや寝息を立てている。
 太陽がうなり声を上げ始めてから数時間。
 とうとう限界に達したか、うなり声は突如叫び声に変わった。
「っあー!!遅い遅い遅いッ!!まだ来ないのかよ、あいつはッ!!」
 癇癪声に驚いて、ボンがびくりと身を震わせた。
 何事かと太陽を見て、すぐに呆れた表情に変わる。
「たいよーう……まだやってるの?お正月にはまだ早いよ?」
「文句言うなら寝てればいいだろー!」
 親切な忠告にも耳を貸さず、太陽はまた時計と睨めっこを始める。
 すっかり呆れ返ったボンが、やれやれ、といわんばかりに一つ大きく欠伸をして、再び瞼を閉じた。
 それを横目で睨みながら、太陽は手に持つ時計の贈り主に想いを馳せる。
 世界が変わるまで、あと一時間。
 待ち人は、まだ来ない。



 一緒に新年を迎えよう。

 言い出したのは、エースだった。
「一緒に……って、何言ってんだよ、オレは こっち(アフリカ支部)でお前はそっち( 日本)。どー考えても無理だろー?」
『勝手に無理って決め付けるなよ、太陽』
 放り出したままのK−BOYは、だが距離を感じさせないほどクリアに相手の音声を伝えてきて、もしかしたら自分の声の震えまで伝わっているんじゃないかと思うとマトモに視線を向けられなかった。
『僕がそっちまでいってやるよ』
「はぁ?お前、仕事放りだしてくるつもりかよ!?」
 流石に慌ててK−BOYを取れば、呆れたともつかぬ相手の声がじかに伝わってくる。
『あのなぁ……いくらなんでもそんなはずないだろ。休暇だよ、キューカ。丁度タイミングよく取れたんだ』
 伝わる電子音声にあわせてK−BOYがやれやれと言わんばかりのポーズを取る。頻繁に連絡を取る相手の行動をすっかり覚えてしまったK−BOYを、太陽はもう一度放り出した。
「最初からそう言えって〜……回りくどいよな、ホント」
『なんだ、嬉しくないのか、太陽?』
「そんなことでわいわい騒ぐほど子供じゃないっての!」
 なんて言いながら、口元はすっかり緩んでいて。
 見えていないはずなのに、遠くでエースが笑った気がした。
『じゃあ、楽しみに待ってろよ、太陽』
「エースこそ、焦って日にち間違えんなよ」

 約束のときまで、あと一時間。

 待ち人は、まだ来ない。



 こち、こち、こち、と時計は無常に時を刻む。
 少しずつ十一からずれる短針を見て、またため息がこぼれ出る。
 この時計の贈り主は、ちっとも訪れる気配を見せなくて。
 K−BOYで連絡を、と思っても、もしかしたら急の救助要請が入ったのかと思えば気軽に連絡を取ることも出来ない。
 歯痒い時間だけが過ぎていく。
 回る回る、時計の針は止まらない。

 この時計は、以前日本に戻ったときにエースから貰ったものだ。
 時計なら持ってる、と突っぱねた太陽にエースは笑って言った。
「お前のことだから、どうせ時間感覚あやふやだろ?」
 どーいう意味だよ、と文句を言う間もあらず、エースが取り出したのはもう一つの同じ意匠の時計。
「こっちは僕のだ。これで……同じ時間を共有できる、そう思うだろ?」
 恥ずかしげもなく言ってくれた世界で最も時間を共有したい人。
 共有しているはずの時間を見つめながら、ただただ待つしか出来なくて。

 世界が変わるまで、あと少し。

 待ち人は、まだ来ない。



 早く、早く来い。

 一緒に新年を、迎えよう。

 エース。



「……きろ、起きろって、起きろよ太陽!」
「……え?」
 耳になじむ声と揺さぶられた振動で、太陽はうっすら目を開いた。
 いつの間にか、眠っていたらしい。
 うすぼんやり視界が開けてきて、そして目に飛び込んできたのは――輝く金色と、二つのヒスイ。
「やっと起きたか。お前な、こっちが急いで来たってのになに気持ちよさそうに寝てんだよ。出迎えくらいしたらどーなんだ?」
「……って、エースっ!!」
 視界が開けて寝ぼけた頭が覚醒して、ようやっと太陽は事態を把握した。
 がば、と勢い良く身を起こし、勢い余ってエースにぶつかるような格好になってしまう。
「なんだよ太陽、言葉にならないくらい嬉しいってわけか?」
「違うッ!!お前、一緒に新年迎えるとか言っといて、遅れてきて謝る言葉もナシかよッ!!」
「……はァ?」
 今にも胸倉を掴みかからんばかりの勢いの太陽に、エースは怪訝そうな声を出すだけだ。
「何言ってんだよ太陽、そりゃあ、すこーし遅れたかもしれないけど……でも日が変わる前にちゃんと着いただろ?」
「なにが少しだよッ!……見ろよっ、もう六時過ぎてるじゃないか!」
 言ってずい、と手に持ったままだった時計をエースの眼前に差し出した。
 二人おそろいの時計は確かに正確なリズムで秒針を回しながら、現時刻――六時と少し――を差している。
「こっちは、ずっと待ってたんだぞ……!!」
 なんともやるせない気分に、太陽の声が滲む。
 エースは差し出された時計をまじまじと見つめたかと思うと、不意に吹き出した。
「おまっ……太陽、これッ……」
「笑うなッ!!遅れてるじゃんか!!」
「これ、僕が渡したやつだよな?」
「そ……そーだよッ!ちゃんと使ってるだろ!?」
「お前、これ、日本時間」
 …………
「え?」
 今度は太陽が、呆けた声を上げる番だった。
 慌てて壁にあった掛け時計――これはしっかり現地時間――を見る。針は十一時にもなっていないところだった。外も暗い。昼間であるはずがない。
 エースはそんな太陽を見て更に声を上げて笑う。まさしく大爆笑、である。
「これ渡すとき言っただろ、どうせ時間感覚あやふやだろって……っ、ははっ、お前、どうせ現地時間しか見てないと思ったから、わざわざこっち( 日本)の時間で合わせておいたってこれ渡すとき言わなかったっけ?……ははっ、っくるし……何?それとも日本時間で新年迎えたいほど僕のこと待ちわびてた?」
「……〜〜ッ」
 笑いたいだけ笑って言いたい放題のエースに、太陽は何も言い返せない。勘違いしたのは自分で、それですっかり待ち焦がれてたことをばらしてしまったのも自分なのだから、ただ顔を真っ赤にしてやり場のない怒りを溜め込むだけだ。
 そんな太陽を見て、エースは表情を柔らかく歪めた。
 時計を持っているほうの腕を掴んで引き寄せれば、二人の距離が一気に近くなる。
「怒るなよ。こっちはすっごく嬉しいんだぞ?そんなになるまで待っててもらえて、嬉しくないはずない」
「……こっちは、すっごく、辛かったんだからな……」
「わかってるって。ごめんな……待たせてさ」
 ぐ、と太陽は顔を伏せて、エースの胸元にこつ、と時計と一緒に拳をぶつけた。
「いーよ……間に合ったんだし」
 こち、こち、とエースの胸元で時計がリズムを刻む。
 それは心臓の鼓動と一緒に重なって、掌から伝わってくる。
 そして自分の心臓の鼓動も一緒になって、掌に流れ込んでいく。
 同じ時間を、共有している。
「あらためて……新年おめでとうってことで。」
「そう、だな。おめでとう、太陽」



 同じ時を共有する二人は。
 同じ時に新たな年を祝いあう。



 あけまして、おめでとう。

 今年も、よろしく。










END





…元旦〜、と思い浮かべて瞬間出てきたのが時差ネタ。でも太陽がアフリカのどの辺りにいるかわかんないから時差微妙。信用してはいけません!(自爆)太陽なら、勘違いしそうだと思ったんですけど、どうでしょう。(笑)
それにしても、これは一体いつの話になるんだろう…。
もしかしたら、時間的にあわせて六時とかにUPすべきなのかもですが、起きてられない気がするので(笑)
とりあえず、皆様あけましておめでとうございます、ってことで。
今年もよろしくお願いします!


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