どうして折角の合コンでこんなことになったんだ?
 自問自答するが答えは俺の中にない。
 帝人が非難がましい目をこちらに向けてくる。

 池袋駅前にある何の変哲もないカラオケボックス。その一室で俺は、正確には俺と帝人は、苦渋の決断を強いられている。
 部屋の中には俺たちの他にあと四人。そのうち三人は俺がナンパして意気投合した、知り合ったばっかりのオンナノコ。要するに合コンだ。

 そして目の前にはポッキー。プリッツにチョコレートがかかった、カラオケなんかのスナックセットには良くついてくるアレだ。この店のスナックセットもその例外でなく。ちなみにチョコレートはイチゴとかビターとかではない、極々フッツーのミルクチョコレートのタイプ。

 全員の手にあるのはテキトーな紙切れで作った籤。俺以外のメンバーの籤にはこれまた適当な数字が書かれている。所謂王様ゲームという奴だ。合コンの定番。定番中の定番。
 そして見事王様を引き当てた俺が、女の子とのハプニングを期待するべく自分とのポッキーゲームを指定したのも、これまた定番中の定番。そこまでの流れに何の過ちがあったというのだろう。
 ただ、そこに誤算があったとすれば、指名した番号のクジを持っているのが女の子ではなく、帝人だったということだ。
 そして今、自らが下した『王様命令絶対遵守』のルールに従い、ポッキーを前にして帝人と向かい合っている――と、そういうわけなのだが。

 男性陣の三人目にしてこの空気ではきっと唯一の味方であろう吉宗はというと部屋の隅で「自分は関係ありません」といった顔でのうのうとジュースを啜っていたりする。助け舟を出そうとかここは自分が一肌脱ごうとかそういった心意気はないらしい。

 逆に女性陣はというと皆こっちに期待の眼差しを向けている。「男の子同士とかかわいそーだしやり直さない?」とか言ってくれるような天使は残念ながらいなかった。皆小悪魔だ。

「……〜っておいおいおいどーすんだよこれマジでやらないとマズい雰囲気じゃねぇ?」
「そんなこと言ってそもそも誰のせいだと思ってんの……!」

 小声で何かいい抜け道はないか模索する俺に帝人もぼそぼそとした小声で非難を向けてくる。

「仕方ねーだろー合コンでそこにポッキーがあんだからさぁ……!」
「それ理由にならないからね? 巻き込まれた僕にとってはただただ迷惑なだけだからね??」
「ねーちょっと何ぼそぼそやってんのぉー」
「っ!」

 女性陣のブーイングに振り返ればそこには期待に満ちた麗しい瞳が三対。とても「ゴメンやり直していい〜?」なんて言い出せる空気ではなく。だからといって逃げ出すわけにもいかず。

 兎に角意志だけでも示さねばと、とりあえずポッキーの持ち手側を軽く咥えてみる。それを見た帝人も恐る恐る、もう一方を咥えた。
 おおおっ、とどよめきが走り、すぐに「いーけっ、いーけっ」と無責任なコールに変わる。

 いつも近くで見ているはずの顔が、今はやたらと至近距離にある。きっと横からではなくて正面から見ているからそう感じるのだろう、と頭の中の冷めた部分がやたら冷静に分析している。こんなに正面からまじまじと見ることなんてなかったから、余計だ。

 このまま食べ進めば、この距離はいずれゼロになる。
 ゼロに――

 がりっ。妙な音が口元で響いた。
 ポッキーの口に含んでいた部分を無意識に噛み砕いていたらしい。

 やばいやばいやばいコレ本気でゼロ距離フラグ? そう思いつつも口が勝手にポッキーを咀嚼し先へ進もうとしている。
 何よりやばいと思っているくせに心のどこかがそれでも良いかとか寧ろそうなっちゃえば良いのにとか思っているのがやばい。

 不意に帝人が視線を逸らした。羞恥に耐えかねたのか顔を真っ赤にしながら。
 それが至近距離で目に入って、胸の奥深くにある何かが疼いた。
 あ、これ本気でマズい。そう思った瞬間、

 ぱき。

 乾いた音が聞こえた。

「え」

 もうあと十センチもなかった距離が急速に離れていく。
 咥えっぱなしのポッキーの先が――ぱっきりと折られて、なくなっていた。

 顔を上げる。すると目の前で帝人がチョコのついた部分の大半をがりがり咀嚼しているところだった。
 要するに、ゲームに耐え切れなくなった帝人がポッキーをばっきり折って持っていったのだ。しかもご丁寧にチョコの部分は殆ど持っていく形で。

「なッ……ちょ、帝人ぉ!?」

 もぐもぐもぐ、文句は受け付けません、と言わんばかりにそっぽを向く帝人。

 戸惑ったのはギャラリーの方も同じだ。彼女たちとしては二人がそのまま食べ進めてゼロ距離になってそれを冷やかすのが目的だったわけで、それを途中で強制終了されてしまって今まで盛り上げてきたテンションをどこにやればいいかわからなくなっているといった状況だ。

「え……これってアリなん?」
「わかんない……」
「えーこれじゃどっちが勝ちかわかんなくない?」
「ていうかそもそもポッキーゲームってどうなったら勝ちなの?」
「さあ……沢山食べたほうが勝ち、みたいな?」
「じゃあ今のは竜ヶ峰君の勝ちってこと?」

 いかん、空気が白けている。
 というかこのままだと何か俺負けムードっぽくない?
 いやいやいやここで俺が負けとかありえないでしょ! 男のプライドに賭けて!

「帝人っ」

 何、という顔で帝人が振り返る。
 こうなったらヤケだ。男を見せてやろうじゃないか!

「お前にゃー負けねぇッ」
「は、――ッ!?!?」

 帝人の顎を捕まえてそのまま食べかけのポッキーを奪う。とは言ってももう手許にはポッキーなどない。その過半は既に口の中だ。だからそこから奪うしかないわけで、そうなったらもう手段はこれしかない。

 俺は捕らえた手で口を開かせ、中身を貰う。
 つまりは、ゼロ距離で。

「――っンンッ!!」

 鼻にかかった声が耳に甘ったるく響く。そう、何故か妙に甘い。絡みつくチョコレートの甘さが舌先に痺れる。
 生まれてこの方野郎のクチビルなんて触った覚えもないけれど、帝人のそれは思った以上にふわふわしていて柔らかくて、まるで女の子のそれと一緒だ。

 あ、これはマズいな、と理性の部分が警鐘を鳴らす。けれどもう遅い。一度触れてしまったものは、知ってしまった感触は、そうすぐ手放すことなんて出来ないワケで。

 甘ったるくて痺れるような感覚は、そうそう手放せるモンじゃない。

 女性陣がキャァ、と黄色い悲鳴を上げた。
 部屋の隅で吉宗があんぐりと口を開けてこちらを凝視している。

 とりあえずきっちりと隅からスミまで甘いチョコレートの味を堪能したところで、押さえていた手を離す。目の前にあった顔がゆっくりと離れていく。あれ、俺って結局何をしようとしてたんだっけ、とぼんやりする頭で考えて、あーそうだポッキーゲームだ、と改めて思い出した。

「――これで俺の勝ちな?」
「へ……はぁ……?」

 息苦しかったのか、ぜいぜいと肩を上下させているのが何故か妙に艶かしく見えて思わず視線を逸らす。「はいじゃー次次仕切りなおしー!」と威勢良く言ってみるものの、頭の中は空っぽだった。
 いや、正確にはその一瞬前の出来事が――触れた唇の柔らかさと真っ赤に染まった顔が何故か妙に脳裏にこびりついてしまって。

 このゲームの目的はオンナノコとのゼロ距離ハプニング。
 の、はずなのに。
 なんだかもう、どうでも良くなってしまった。




















ポッキー&プリッツの日なので。正臣一人称って珍しいねー
しかしこれカップリングか?と問われると未満です、としか…



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