「…………」
「…………」
 暑さもこれから日増しに厳しくなる七月。
 帝人は軽く羽織らされたそれの端をつまみながら、困惑した表情を浮かべて目の前の人物をちろりと見上げた。
 目の前の人物は相変わらず表情を変えぬまま、ただじっと帝人を見つめている。
「…………」
「…………」
 沈黙。
 目の前の彼が何か思案しているらしいことはわかるが、一体何を考えているのか帝人にはさっぱりわからない。
 というか、流石にこの格好のままで放置しておかないで欲しいと思う。
 何せ今、帝人は上に羽織っているものを取り払ったら、下着だけという状況なのだ。
 成り行き上仕方ない、しかも半分は自分のせいとはいえ、なんだか泣きたくなる。
「…………」
 顎に細い指を宛がったまま動かない人物に、帝人はとうとう耐え切れなくなって声をかけた。
「……あの、幽さん?」
 声をかけられた人物――平和島幽はその声が聞こえているのかいないのか、かく、と右に傾けていた頭を左に傾けて、ぽつりと小さく呟いた。
「……流石に……これは無理かな」
「え、むり、って」
「丈。ちょっと長すぎる」
 つい、と幽が指差したのは帝人の足元だ。
 見るとなるほど、羽織っている浴衣の裾は地に着くどころか足先までを隠してしまいかねない状態である。
「女性用ならおはしょりで調節できるけど……男物はそれができないから」
 女性用にする?と無表情のまま訊ねてくる幽に、帝人はがっくりと肩を落として、言った。
「……やめときます……」



 そもそもの始まりは、一通のメールだった。
 静雄から帝人へ送られたそれは幽と三人で祭りに行かないかというもので。池袋に来てからそういうものとは無縁だと思い込んでいた帝人は、一も二もなく承諾した。勿論、それが静雄からの誘いだからという理由もあるが。
 そして当日、静雄の処へ訊ねて行った帝人が見たのは、三人分用意された浴衣だった。
『折角だから着てみるのもいいかなと思って』
 聞くと、幽の所属するプロダクションの社長が厚意で兄弟の浴衣を揃えてくれたのだという。
 ならばと帝人の分として、静雄の高校時代の浴衣を引っ張り出してきたのだそうだ。
『まあ、あんまり着ることもなかったしな』
 折角だし着てやってくれないか、という静雄の言葉が嬉しくて、頷いたは良いものの、生まれてこの方浴衣の着付けなどやったことがない。
 二人はどうやら何度か経験があるらしく着付けは問題ないということで、全く経験のない帝人には幽が浴衣を着付けてやることになったのだが。



「ちょっと、これは予想外」
「……すみません」
「謝らなくていいよ、別に君が悪いわけじゃないから」
 でもどうしようか、今から仕立て直すのは流石に時間がないかな、と呟く幽に、帝人は何やら情けない気分になった。
 そもそもこれは静雄の高校時代のもの、ということはその頃の彼のサイズで仕立てられているということだ。
 それに対して丈が余るということは、つまり。
(……いや、わかってるけどさ!静雄さん、高校の頃から絶対背高かっただろうし!わかってるけどさ……はぁ)
 心中でこっそりため息をつく。
 と、不意に二人の居る部屋のドアが開いた。
「帝人、幽、終わったか……って」
 顔を覗かせたのは静雄だ。
 別室で既に着付け終えていたらしく、覗かせた肩口に先程畳まれていた時に見た浴衣の柄が見えた。
 ――似合うなぁ……
 今の状況を忘れて、思わず見とれてしまう。
 静雄が呆れた表情を浮かべた。
「何だお前ら、まだ終わってなかったのか?」
「……兄さん」
 その声に漸う気付いたというように振り返った幽が、ぽん、とひとつ手を打った。
「アレ、どっかに仕舞ってあるかな」
「アレ?」
 ちょいちょいと静雄を手招きすると、
「…………」
 ボソボソ、と何やら小さく耳打ちする。
「――ああー……そうだな……あれば奥の三番目の段ボールじゃねぇか?」
「ん、了解」
 言って足早に部屋を出ていく幽の後ろ姿を眺めながら、帝人は小さく首を傾げた。
「……幽さん、何を探してるんですか?」
「あ?あー……いや、なんつうか……」
 らしくなく言葉を濁して視線を彷徨わせる静雄に、帝人はますます首を傾げる。
「つうかお前、せめてもうちょっとちゃんと羽織れ!……」
「……あった」
 別の部屋から幽の声が聞こえたかと思うと、手に先程まで見かけなかった布包みを持って戻ってきた。
「帝人君、それ脱いでこっち着てみて」
「え、は、はい」
 ひょいと手渡され、帝人は慌てて羽織っていた浴衣を脱ぐ。
 静雄が居心地悪そうにそっぽを向いた。
 するするっ、と受け取った包みを解くと、白地に藍の色合いが綺麗な浴衣が顔を見せた。
 幾分古い感もあるが、きっちり手入れして仕舞われていたらしく悪くなっている箇所は見当たらない。
 そっと袖を通してみると、さらさらの感触が心地良かった。
「……大丈夫そうだね」
 帝人の足元を見て、幽がふっと小さく息をつく。
「じゃあ、着付けるから帝人君裾持って真っ直ぐ立って。兄さんは出てって」
「おい、幽……」
「どうせ居辛いんでしょ」
 にべもなく言い切って幽は静雄を部屋から追い出すと、着付けを再開するべく帝人の方へと向き直った。



 それから数時間後。
 夕闇に暮れる屋台の間を、三つの浴衣姿が歩いていた。
 歩く度にからん、ころんという下駄の音が涼しげだ。
 あれから全員無事に着付けを終え、祭りの屋台へと繰り出しているところである。
 静雄は白地に薄藍の模様が涼しげなもの、幽は濃いめの紺地に控え目に刺繍が施されたシンプルなものを、それぞれ身に纏っている。
 二人とも、いかにも誂えたように良く似合っていた。
 そして二人の間を歩く帝人の浴衣は、白地に藍で細やかな模様が描かれたものだ。
 高校生が着るものとしては幾分幼げではあったが、彼自身の生来の顔立ちと相まって違和感なく馴染んでいた。
「あの、」
 左右を歩く二人に、帝人は小さく礼を告げる。
「ありがとうございます」
「ん、気にしなくていいよ」
「こっちが勝手にやったんだから気にするな」
 左右から同時に似たような答えが返ってきて、思わずくすりと笑ってしまう。
 そして帝人は、着付けてもらった時から気になっていたことを聞いてみることにした。
「それで、あの……これって……」
 どなたのなんでしょう、と視線で問う帝人に対し、幽が
「ああ、それは俺の中いtむぐ」
「だ、誰のだっていいじゃねぇか、なあ幽」
 何やら言いかけた幽の口を無理矢理塞いで静雄が乾いた笑いを浮かべる。
 もがもがと無表情に頷く幽と、二人の顔を交互に見遣りながら帝人もまた「はは……」と乾いた笑いを浮かべた。
「まあそうですよね、すみません変なこと聞いちゃって」
 ――中一かあ……
 実はしっかり聞こえていた幽の言葉に内心がっくりと肩を落としながら、帝人は先を歩く二人の後ろについて屋台の列へと飛び込んでいった。


















七夕ネタを提供したさいにいただいた「平和島兄弟から浴衣のおさがりとか!」とゆーネタを折角なので書いてみますた。
しかし流石に静雄のお下がりはサイズ的に無理だろう。わかってて書いた。悪かった。(笑)
平和島サンドは基本静帝前提でそこに+幽といった感じ。個人的に、弟みたいな扱いだと良いと思ってる(それサンドじゃないよね)
結果的にサンドどころかカップリング臭が全くなくなったという…(笑)


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