《帝人君、来週誕生日だよね。とりあえず先に言っておくよ、オメデトウ》
[何で知ってるかはこの際訊きませんけど。まあ、ありがとうございます]
《何か欲しいモノとかある? ああ、ちなみに新宿のカッコイイ情報屋さんは皆のモノだからあげられないよ☆》
[そうですね僕も要りませんし]
《酷いなぁ》
[話振ったのはそっちでしょう……。ああ……、そうですね、臨也さんがもっと紳士的になってくれたらいいなと思います]
《え、何それ俺に王子様になれって言ってんの?》
[言ってませんから]



 そんな会話(チャット)をしたのが、つい先日のこと。



 そして、本日。
「………………」
「やあ、こんにちは」



 現れたのは、王子様でした。





 朝一番に聞こえた玄関のノックの音にああ朝からまたあの人か、とドアを開けた瞬間目に飛び込んできた目映いほどの白に、帝人は目を丸くした。
 半分まだ夢心地だった頭が一気に覚醒する。
「それともおはようかな? はは、寝癖ついてるよ」
 笑いながらすっと帝人の頭に手を伸ばしたその男に、帝人は思わず数歩後退った。
「あの、とりあえずひとつ訊いていいですか」
「いいけど、どうして逃げるの?」
「そりゃ逃げますよフツー……。一体どうしたんですか」
 帝人は後退ったまま、まじまじと玄関に立っているその男――折原臨也を注視(みつ)めた。
 好青年然とした爽やかな笑みを浮かべた顔は、いつもと同じく腹立たしいほどに整っていて、気を抜けば思わず見とれてしまいそうになる。
 だが今日はそれ以上に彼の格好が帝人の視線を釘付けにしていた。
 一言で言い表すなら――
「その格好……王子様のコスプレか何かですか、臨也さん」
 普段と違う真白な衣装、純白のマントに頭上に輝く王冠。
 その姿たるや、幼い少女が夢見る童話に出てくる王子様の姿そのものである。だが生憎とここは現代日本、さらに言うなら日本の中心、さらに言えば東京都庁所在地のお隣である。
 確かにサンシャインの辺りにはこういった人間が時折歩いていたりしないわけではないが、今、知り合いがそんな格好で突然家を訪ねてくる理由がさっぱりわからない。
「いざや?」
 だが当の本人は何故か不思議そうに首を傾げ、逆に問うた。
「誰か別の人間と間違えていないかな?」
「は? え、臨也さんじゃ……ない、んです、か?」
 だって、どう見ても(変な格好をした)臨也さんじゃないですか、と怪訝そうに眉をひそめる帝人に、その青年はゆっくりと頭を振った。
「違うよ。俺はその『イザヤ』じゃない」
「……えーと、じゃあ、どちらさまですか?」
 まだ疑わしげな目で視線を寄越す帝人に、臨也そっくりの男は「うーん」と形のよい顎に手を上げながらなにやら思案げに首を傾げた。
「そうだなぁ……俺を知ってる人間には『素晴らしき日々』と呼ばれていたけれど」
「それ、名前ですか?」
「さあ。どっちにしろ呼びにくいし、日々也でいいよ」
 適当だなぁ……と心の中で呟きながら、帝人はそれで、と本題を切り出す。
「……で、その日々也さんが僕に一体なんの用ですか?」
 帝人が訊ねると、日比也はその臨也そっくりの顔に蕩けそうなほど優しい微笑を浮かべて、答えた。
「勿論、君を迎えに来たんだよ、帝人君」
「は?」
 思わず間抜けな声が出る。だが日々也はそんなことなどお構いなしにすっと優雅な所作で帝人の手を取った。
「それじゃあ、行こうか」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください!?」
 そのまま外に連れ出されそうになるのを必死に踏みとどまって抵抗する。このままなし崩しに連れ出されてしまえば、公衆の只中をコスプレ男と並んで歩く羽目になりかねない。それは困る。非常に困る。
「どうしたの? ああ、靴かな? 大丈夫、俺が抱えて行ってあげるから」
「抱っ……!? やめて下さいっていうか! 一体どこに行くっていうんですか!?」
「どこって……」
 必死な帝人の抵抗に、そこで日々也は初めて浮かべていた笑みを曇らせた。
「もしかして……覚えてない?」
「な、なにを」
「約束しただろ? 帝人君、君の誕生日に必ず迎えに来るって」
「は、そ、そんな約束全然身に覚えが」
「ああ――そうか、やっぱり」
 ない、とぶんぶん首を横に振る帝人の顎を、白い手袋に包まれた指が捉える。
 そのままくい、と持ち上げられ、帝人の視線は無理矢理日々也の方へ向けられた。
「帝人君、君はあいつに呪いをかけられてるんだ」
「の、呪い?」
「そう。全てを忘れてしまう呪い。俺のことや俺との約束を全て忘れてしまうように――でも大丈夫。その呪いは俺が解いてあげるから、安心して」
「いやあのだからそういう呪いとかなんとか全然掛けられた覚えもこれっぽっちもないんですけどちょ一体何しようとしてんですかッ!?」
「何って……呪いを解くんだから、ね?」
 にっこりと眼前で浮かべられた笑みは見惚れるほどに秀麗で。
「いや、あのなんですかその顔っ……って近い近い近いですってば!!」
「大丈夫、何も痛くなんてないから。寧ろ……気持ちイイ、かもよ?」
「よっ、良くない……!!」
 必死に抵抗しようとするが、顎にかけられた手と頬に触れた指がそれを許してくれない。
 それどころか帝人が抵抗しようと身を捩るたびに日比也が哀しげに顔を歪めるのが、何故か酷く申し訳ない気持ちになって。
 抵抗すら出来なくなってしまう。
 すぅっと細められた妖しい赤い光を宿す瞳、薄く吊り上げられた唇――それらが吐息のかかるほど近くに来ても帝人はただ、黙ってそれを受け入れることしか出来なくて。
 そして――





「……ッわああああああ!? ……あ、あ、あれ……?」
 ぺったんこの布団から叫び声を上げて飛び起きて、帝人は呆然と辺りを見回した。
 いつもどおりの自分の部屋だ。昨晩眠りについたときと何一つ変わらない――
「ゆ、夢オチ?」
 少しずつ意識が覚醒してきて、ようやく落ち着いてきたところで思わずポツリと呟く。最悪だ、と胸の中で小さく毒づきながら、帝人はズルズルと布団から這い出した。
(よりにもよって、あんな夢……)
 身支度を整えながらはぁ、と大きくため息をつく。欲求不満かなぁ、と頭の隅でちらりと考えてすぐにその考えを頭の中から追い払った。冗談ではない。
 とりあえずネットにでも繋ごうか、とパソコンの電源を入れようとした、その時。
 こんこんっ、と玄関のドアをノックする音が響いた。
「……」
 立ち上がろうとした体勢のまま、しばし硬直する。
 まさか正夢じゃないよね、いやいやいやないないないそれはない、ないったらない、絶対にない。そう心に言い聞かせながら帝人は恐る恐る玄関のドアを開けた。
 と。
「どちらさ……っ?」
 その瞬間、目の前を覆ったのはカラフルな色彩と華やかな香り。
「な、何これ? 花束?」
「そ、見ての通り花束。誰がどう見ても花束。帝人君、寝ぼけてる?」
 聞き覚えのある声に思わずぱっと顔を上げる。するとそこに見慣れた姿が立っていた。
「い、臨也さん?」
「はーい呼ばれて飛び出て新宿のカッコイイ情報屋の臨也さんです。って帝人君、ホントに寝ぼけてる?」
 訝しげな顔で立っている臨也は夢で見たような真白なマントも王冠も身につけてはいない。素地の良い黒のシャツとスラックスにジャケットといういつもどおりの姿だ。
 その事実に酷くほっとしながら帝人は差し出された花束を受け取る。
「ちゃんと目は覚めてますよ。……それより、これどうしたんですか?」
「どう、って……帝人君、誕生日じゃない、だから」
「だから? ですか?」
「そう。……この間言ってたでしょ、もっと紳士的にってさぁ。でも紳士的とか言われても正直具体的にどうすればいいかって指示がなかったからとりあえず花束持って来てみたの」
 不機嫌そうな態度でそんなことを言う臨也が可笑しくて、帝人はついぷっと吹き出してしまった。
 ほんの冗談のつもりだったというのに、まさかこんなことをしてくれるとは。
「……何? 何か不満?」
「いえ……不満なんて、そんなことないです。ありがとうございます。……でも、僕はいつもどおりの臨也さんでいいと思いますよ」
 笑ってそう答えると、途端に臨也の表情がぱあっと明るくなった。
「あ、そう? 帝人君そういうこと言っちゃうんだ? それじゃあいつもどおり帝人君ラブでいっちゃうよ? よしじゃあまずはゴハン食べに行こうか。ああそれとはいこれ花瓶。どうせ置いてないと思ったから持ってきてあげたよ」
「どうせってなんですかどうせって」
 口では文句を言いながらもありがたく受け取る。正直こんな大きな花束、どうやって飾ろうかと内心困っていたところだ。
 早速水を入れて、受け取った花束を活ける。ガラス製のシンプルな花瓶に色鮮やかな花が良く映えた。
 花瓶に帝人も知っている高級ブランドのロゴが入っていたことには気付かないふりをする。
「ほら早く行くよ」
「ちょ、引っ張らないでくださいよ! 待って待って今行きますから!」
 花瓶に花を活けているその間にもしきりに服の裾を引っ張ってくる臨也に辟易した声を上げながら、それでも。
(……やっぱり、いつもどおりのほうがいい、よね)
 まるで王子様だった夢の中のあの人も確かに格好良かったけれど。
 たとえ紳士的じゃなくても、たとえ王子様じゃなくても、たとえどんなに中身が非道な人間だとわかっていても。
 それでも自分はこの男以外の人間をもう選べないのだと気付いて、帝人はこっそり苦笑した。
「ああ、そうだ、帝人君」
「はい?」
「誕生日、おめでとう」
 顔を上げた瞬間に貰ったのは簡潔な言祝ぎと小さなキス。
 そんな、いかにも臨也らしい不意打ちな誕生日プレゼントに帝人は顔を赤く染めながら、微笑った。


















帝人様誕生日記念で何故か日々+臨×帝になりました。どうしてこうなった。
もともと春コミで無料配布用として書いていたものですが、中止となりましたのでこちらにうpさせていただきました。震災で被害に遭われた皆様に改めてお見舞い申し上げます。


そして柏野琥羽様に無理言って表紙用イラストとしていただいたのがこちら→サムネ
許可頂いたのでうpします、存分にご賞味くだされ…!


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