「Trick or treat!」

 突然――そう本当にそれは突然だった――声を掛けられて、だが帝人は別段慌ても騒ぎもしなかった。
 下校途中の十字路である。
 帝人はただ歩みを進めていた足を止めて一度瞬きをした後、おもむろに肩掛け鞄の中をごそごそとまさぐり、何やら小さな包みを取り出すと、
「どうぞ」
 実に軽い口調で、目の前の物陰から飛び出してきた人物に向かってその包みを差し出した。掛けられた言葉に対して渡すものといえば、その包みの中身は菓子であろうことは容易に想像がつく。取引は成立である。

 ――の、はずなのだが。
 包みを渡されたその人物は明らかに不服そうな声を上げた。
「ええー帝人君なんでお菓子なんか用意しちゃってるわけ!?ここは「ごめんなさい僕お菓子持ってないんですだからいたずらでお願いします」じゃないの!?」
「……絶対そう言ってくるなってわかってて、用意しないはずないじゃないですか」
 帝人は大仰にため息をついた。
 今日が十月三十一日であることはカレンダーを見れば明らかで、そしてたいていどのカレンダーにも今日の日付には『ハロウィン』の文字が躍っていて、町中の菓子屋はここぞとばかりにハロウィンの装飾を施したお菓子を店頭に並べているのだから。
 そして、ことあるごとに新宿から池袋に足を運んではなにやらちょっかいをかけていくこの目の前の人物が、こんな分かりやすいイベントに乗ってこないはずがないのだから。
「僕はいたずらされる趣味はありません」
 きっぱり断言する帝人の心中を察したか、臨也は心底つまらなそうに「分かってるんなら乗ってくれればいいのに帝人君そーゆーとこつまんないんだよねぇ」などとぶつぶつ呟いている。
「で、コレ何?」
 興醒めした、といった表情で帝人が渡した包みをがさがさ開く。中から出てきたのはお化けカボチャ(ジャック・オー・ランタン)を模した小振りの棒付きキャンディー(ロリポップ)と、大小さまざまなキャンディがいくつか。
 臨也がいよいよつまらなさそうな表情を浮かべた。
「何これ……いたずらもさせて貰えないんならせめてお菓子とかは手作りなんですーv的なモノ期待してたのに、既製品?しかも飴?いくらなんでもさぁ、コレはないんじゃない?」
 はいあげる、と包みの中から適当にキャンディをひとつ帝人に渡しながら文句をぶちぶち言う臨也に、帝人はちょっとむっとしながらそれを受け取る。
「僕そんなに料理得意じゃないですし。それに飴に罪はないですよ」
 言いながら受け取ったキャンディの包みを開く。オレンジ色のそれを口に放り込めば甘酸っぱい味が広がった。飴とはいえそこそこの有名店のものを用意したのだから、美味しいのは当然だ。
 ……だというのに、この目の前の大人ときたら。
 同じようにキャンディの包みを乱暴に開いて口に放り込みながら、「つまらない、あーつまらない!」を連呼している。
「あーあー折角色々しようと思って楽しみにしてたのに!それがこんなちっぽけな飴だけで終わるなんて、ホンット拍子抜け、期待はずれだよ!」
(……何をする気だったんだ、何を!)
 手に持った棒付きキャンディ(ロリポップ)を振り回しながらなおもぶつくさとこぼす臨也に白い目を向けて、帝人はぼそ、と小さく呟く。
「……そこまで言うなら、臨也さんはそれなりの準備があるってことですよね」
「うん?」
 小さな声を聞き逃した臨也が振り向く。その顔に向かって帝人はびしぃッ!と人差し指を突きつけた。

「臨也さん、トリック・オア・トリート!」

 人差し指を突きつけられた秀麗な顔が、きょとん、とした表情を浮かべる。勝った!と帝人は内心で拳を握った。と、
「はい」
 ひょい、と目の前に差し出された包みに、今度は帝人がきょとんとした表情を浮かべた。
 先程自分が渡したものとは色も形も違う。
「……これ」
 人の悪そうな笑みを浮かべてこちらを見る臨也の顔と受け取った包みを交互に見比べながら、恐る恐るそれを開く。中に入っていたのは、
「パ、パンプキンパイ?」
 しかも手作りっぽい……!
 にぃ、と臨也が笑みを深くした。
「帝人君、俺がいたずらされるような人間だと思ったの?それを許すとでも?」
「……思いません、けど」
 だがここまで用意周到に準備しているとは。感心するを通り越して半ば呆れてしまう。勿論、先程の自分のことはしっかり棚に上げて。
「ふぅーん?」
 だが臨也はその顔に浮かべた笑みを崩そうとはせず、それどころかますますその笑みを深めた。――一見すると酷く優しげな、その実厭なことを考えていそうな、そんな笑みを。
「それでもいたずらしようとか思ったんだ?俺に?」
「……っ……」
 無意識に鞄の紐を握り締めて、俯く。その笑みから視線を逸らして、逃げるように。
 だが相手はそれを許してはくれない。追い討ちをかけるように、問い掛けが続く。
「じゃあ帝人君は一体俺にどんな事をしようとしてたのかなぁ……?ねえ教えてよ、品行方正で真面目な君が一体なにをするつもりだったのか」
 ねぇ?
 柔らかな声音でそう問いかけながら、上辺だけは優しい笑みをそっと帝人に寄せて、問う。
「…………」
 折角一本取れたと思ったのに!
 いつもどおりの涼しげな笑みが悔しい。ガリ、と奥歯が飴の表面を砕いた音が口の中に響いて。
 ――なら、せめて!
 帝人は突然がばっ!と顔を上げた。目の前にはいきなりの行動にほんの少し驚いたように目を瞠った顔。
 その顔に、逃げられないように胸元を掴まえそして、
 がちっ。
「ッ!?」
「〜っ……」
 互いの歯が当たってじわりと鈍い痛みが走る。だが帝人は気にせずに、そのまま口の中のソレを舌で無理矢理押し込んだ。
 オレンジ色の、甘酸っぱいソレを。
 口の中から形のあるモノが消え、代わりに合成オレンジの残り香と、相手の舌の体温だけが残った。
「……っ、ふ……」
 先刻とは逆に、ゆっくりと唇を離す。
 目の前に、完全に虚を衝かれた体の顔があった。
 それに少しだけ溜飲が下がる思いを感じながら、帝人は臨也のそれを真似るようにして笑みを作った。人の悪い、悪戯めいた笑みを。
「……こ、れくらいで勘弁してあげますよっ」
 ――少しだけ声が裏返ってしまったのは、内緒だ。



 後日、新宿のオフィスを訪れた波江が棒付きキャンディ(ロリポップ)を咥えて仕事をする臨也の姿を目にするのは、また別の話。




















時事に乗っかってハロウィンネタ。あれ…おかしいな…当初はもっとこう、甘い雰囲気のを予定してたんだがな…
予想以上にうざやさんがウザかったせいですねきっと!そうに違いない!俺は悪くヌェー



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