『――只今、電話に出ることが出来ません。ピーッという発信音の後に、メッセージを入れてください』





「――」



『帝人君?まだ、怒ってる?声が聞きたいから――、これ聞いたら、連絡』
 電源ボタンを押すと、声は最後の言葉を紡ぐことなく途切れた。
 後はいつもと同じ無機質な待受画面がぼんやりと薄闇の中に浮かぶだけだ。
 親指が小さく動いて、携帯のキーを操作する。待受画面が切り替わり、着信履歴の一覧が表示された。カーソルは一番上、最新の着信を選択している。
 発信者――折原臨也。
 親指がもう一度キーを操作すると更に画面が切り替わり、留守電に録音されているアナログな音声が再生され始める。
『帝人君?まだ、怒ってる?声が聞きたいから――』
 帝人はもう一度電源ボタンを押した。画面がまた、元の待受画面に戻る。
 もう何度同じことを繰り返しただろう。
 彼は部屋の隅に座り込んだまま、先刻から微動だにしていない。僅かに動くのは携帯を握り締めた指だけで、その指が動くたびにチカチカと切り替わる画面の光が、明かりも点いていない、薄暗い部屋の中をぼんやりと照らし出していた。
 切っ掛けは、とても些細なこと。
 何だったかももう思い出せないような、とても小さなことだ。
 けれど、どんな小さなことだったとしてもその時の自分にはとても重大なことで。
 無神経だとかもう顔も見たくないとかそんなことを散々喚いて逃げるように帰ってきて――しばらくして頭が冷えて、とんでもなく酷いことを言ってしまったと、数時間前の自分の言動に酷く落ち込んだ。
 そんな折に掛かってきた一本の電話。出るに出られず留守電になった携帯に吹き込まれたメッセージが、心に重くのしかかる。
『帝人君?まだ、怒ってる?声が聞きたいから――、これ聞いたら、連絡くれないかな』
 声を聞きたいのは自分も一緒だ。
 出来るなら今すぐ電話して、そして謝りたかった。
 けれどあれだけ派手に大見得切って飛び出してきた手前、今更なんと言って切り出せばいいのかわからない。
 謝ろう、でもなんて言えば、そんな思考の堂々巡りを繰り返しているうち、すっかり夜も更けてしまった。
 何度目かもわからないキー操作を繰り返した後――。
 ――やっぱり明日にしよう……。
 諦めて今日は眠ってしまおう。きっと明日にはいい考えも浮かんでいるかも――その時、不意に手の中の携帯が震えた。
「!」
 規則的に振動する携帯の画面を見て、帝人は目を瞠る。
 着信――折原臨也。
 携帯はしばらく振動を続けた後、留守電モードへと切り替わった。
『只今、電話に出ることが出来ません。ピーッという発信音の後に、メッセージをお入れください』
『……帝人君、今、君の家の前まで来てるんだけど』
「っ!?」
 驚いて顔を上げる。だが窓から見える外は真っ暗で、何も見えない。
 アナログ音声は更に続く。
『もし、帝人君がもう怒ってなかったら、顔、見せてもらえないかな……?』
 声はそこで途切れ、その代わりのように外の階段を上る音が近づいてくる。
 足音は丁度帝人の部屋の前で止まり――

 コンコン。

「――っ……」
 ドアを叩く音に反応して、身体がびくりと震えた。
 必要もないのに思わず息を潜めてしまう。
 今出て行って、謝ってしまえばそれで済む。わかっていても身体が動かない。言うことを聞かない。ただ部屋の端に座り込んだまま、意識だけが焦れたように外へと向かっている。
 しばらく無言が続いた後、ドアの向こう側で、ため息をつくのが聞こえた。
「……もう寝てるかな」
 小さく呟く声。そして再び階段を歩く音が聞こえてくる。
 少しずつ小さくなっていく音に、とうとう帝人は外へと飛び出していた。
「ッ臨……也、さ……」
 だが、部屋の外、階段にもその下にも人影らしきものはなく。外灯が頼りなげな光で辺りを薄く照らしているだけだ。
 ――間に合わなかった……。
 己の行動の遅さを呪いつつ、それでもまだ間に合うのではとそのまま外に出ようとして――ふわ、と、肩に何かが掛けられた。
「――え」
 よく見るとそれは見慣れた黒のジャケットで。驚いて振り返ると、
「そんな格好で外に出たら、風邪引くよ」
「……あ……」
「やー良かった、本当に眠ってたらどうしようと思ってたんだけどね」
 いつもと――数時間前と同じくにこりと笑いかけてくるその姿に、息が詰まりそうになる。
 謝らないと、言わないといけないことがあったはずで、けれどその言葉がどうしても出てこない。
 それでも何か言わないと……帝人は意を決したように大きく息を吸った。
「あ、あのっ、っ!」
 だが言葉の続きは軽く塞がれた唇に無理矢理押し込められる。そして浮かべた笑みがどこか悪戯めいたものに変わったかと思うと、
「実は――もう終電終わっちゃってるんだよね」
「え、そ、それって」
 明らかに確信犯と分かる台詞に思わず裏返った声が出る。帝人のその反応に、臨也がますます笑みを深くした。
「だからさ……これからゆっくり、帝人君の声、聞かせてよ。さっきから聞けなかった分。続きも……そこで聞くから」
「〜……っ……」
 有無を言わさぬ言葉にもはや拒否権はないと知る。
 だがきっと、どんな時であっても自分は断らないだろう。それが分かっていて言っているのだと分かるから、余計に悔しい。
 何だか負けた気がするから、帝人は何も言わずに部屋の奥へと引っ込む。
 その代わり――、家主の意思を示すように、部屋のドアは開け放したままだった。




















2010年春無料配布ペーパーで出した臨帝。確信犯のストーカーですねわかりまs



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